数日後。
マリンヌさんとドM眼鏡と一人の女性がお店の営業終了後にやってきた。
マリアンヌさんは未だしも他の二人は意外だった。
何の用だろうか?
こちらの女性も見たことはある。
というか、この女性を俺は担当したことがある。
俺の記憶を舐めて貰っては困るな。
この人は髪結い組合ですれ違った際に、唯一頭を下げてくれた女性だ。
その時の視線はなんであなたがここに?
という驚きの視線を含んでいたからね。
それ以外の人達は関わり合いを持ちたくないという雰囲気がムンムンだったからね。
しっかりと覚えているよ。
マリアンヌさんの要件は分かっている。
娘さんとそのご主人のお店の相談だろう。
と思っていたのだが、全く違っていた。
最初に話し出したのはマリアンヌさんだった。
随分と緊張した表情をしている。
「ジョニー店長、突然すいません。押し掛けまして」
「ええ、構いませんよ。どうしましたか?」
「それは・・・私をここで雇って貰えませんでしょうか?」
振り絞る様な声で話していた。
はい?
どうして?
娘さんの話じゃないの?
「それはいったい・・・髪結い組合の仕事や、髪結いさんのお仕事はどうするんですか?」
ドM眼鏡がマリアンヌさんに替わって答える。
「髪結い組合は事実上フェリアッテ様・・・失礼、フェリアッテの所有物でしたので、こうなってしまっては解散するしかないかと・・・」
そうなるのか・・・勿体ないな。
てかなんでお前が語ってるんだよ。
しゃしゃり出てくんなよ。
あ!これはあれだ・・・俺の罵倒待ちだな。
ドM眼鏡がそわそわしているしね。
そんな事に俺は簡単には付き合いませんよ。
というか解散になるきっかけを作ったのは俺なんだけどね。
許してくれよ。
悪気は無かったんだよ。
まあ成り行きだな。
「それは残念ですが、髪結い組合は運営方法を変えれば意味のある団体になるかと思いますが?」
「ですが・・・」
俺は手を挙げて制した。
「これまでがどうだったのかの詳細は分かりませんが、伝え聞く限りやり様はあるかと。カット代金の縛りを無くしたり、仕入れルートの限定化を無くすなどすれば、カット技術の交流なんかは意味があることだと思いますけどね」
「確かに・・・」
期先を制されて対応を変えたドM眼鏡。
すまんがお前の真意はどこにあるのだ?
本音を言えば付き合いきれないのだが・・・
何しに来たんだよ?
「これまでは会長が全ての権限を握っていたのかもしれないですが、合議制にすれば公平感も生まれるのではないでしょうか?」
「流石はジョニー店長、納得です」
マリアンヌさんは頷いていた。
ドM眼鏡は下を向いて考え込んでいる。
何か思う処があるんだろう。
目線を上げるとドM眼鏡が和やかに話し出す。
「であればジョニー店長に会長に就任しては貰えせんでしょうか?」
「はい?」
ちゃんと人の話し聞いていましたか?
これって新手の嫌がらせか?
「この国でのカット技術の最高峰はジョニー店長に他なりません」
あ・・・普通に本気だったみたいだ。
すまんが付き合いたくないよ。
あんた・・・俺を振り回すなよ。
「そうです!だからそれを学びたくて、雇って貰えないかと」
「私もです!給料は無くでも構いません!」
「待て!待て!待て!」
取っ散らかってんなあ。
一つ一つやっていこうよ。
絶対こっちのことを考えてないよね。
自分の意見を押し付けるのはよくありませんよ。
他者を尊重してくださいな。
「先ず今は髪結い組合の会長を行う程、余裕がありません。それに先ほども話した通り合議制にした方がいいですよ、ですよね?」
ドM眼鏡が項垂れる。
「マリアンヌさんと、えーと?」
いまいちよく分からない女性に俺は眼を向けた。
ここが日本であれば、ちゃんとカルテを執っているから名前も簡単に覚える事が出来るんだけどな。
悔やまれる処だ。
やっぱり日本で美容院がやりたい・・・
チッ・・・
「クリスタルです、クリスタル・エドモンドと申します!よろしくお願いします」
ああそうですか、ではいけないよね。
鬼気迫る表情をしているし。
あー、もう!
「二人を雇う前にせめてどれぐらいの腕前か見せて貰えませんか?マリアンヌさんは未だしもクリスタルさんの人となりすらも俺は知らないんでね。はいそうですかとも、お断りしますとも言えませんよ」
これぐらい分かって貰えますよね?
俺間違ってますか?
「確かに・・・すいません、気が急いてしまいました」
「ごもっともです」
下を向く二人。
はあ、分かって貰えたみたいだ。
ふう、それぐらい惚れ込んでくれたんだと、ここは前向きに受け止めておこう。
正直言えば嬉しい申し入れではある。
でもそれは二人の腕による。
ここは焦らずにいこう。
さて、どうしたもんか・・・
興味深々のシルビアちゃんが目を細めて観察していた。
まあそうなるよね。
「そう言えば今更ですが、お名前は?」
俺はドM眼鏡を見つめた。
姿勢を改めて眼鏡を上にくいっと上げると名乗り出す。
本人は至って真面目なのは分かっているが、俺はイラっとしている。
なにせ場を荒らされるのはムカつくからね!
「私は髪結い組合の副会長を務めております、アイレクス・ゴールドバーグです。お見知りおきを」
アイレクスさんね。
はいはい。
ドMのアイレクスね。
いっそのことドム・アイレクスで良いんじゃないか?
その方が覚えやすくないか?
「アイレクスさんのご用件は?」
「私は・・・マリアンヌさんがこのお店に伺うと聞いたので、着いてきました」
はあ・・・暇なのね。
要はやる事が無いのね。
髪結い組合が解散してしまったからだろうね。
でもさあ、何かしらあるんじゃないですか?
出来ることが。
「そうですか、今日はもう時間も遅いので面接だけにさせて下さい。実技に関しては日を改めさせてくれませんか?」
「畏まりました」
「そうします」
グウウーーー!
シルビアちゃんのお腹の鳴った音が響き渡った。
恥ずかしそうに照れているシルビアちゃん。
そうだった・・・いつもならまかないの時間だった。
しょうがないよね。
ここはシルビアちゃんを責めてはいけないよな。
これは生理現象だからね。
もっと言うと俺も何かを口にしたいぐらい腹が減っている。
今日は昼飯を真面に食べられないほど忙しかったからね。
昼飯抜きなんてもう慣れっこですよ。
「飯にしましょうか?」
タイミングを間違ったかとすまなさそうにしている三人。
気にしなさんなっての。
やれやれ・・・にしてもどうしようか?
流石に放置とはいかないよね。
しょうがない、本当はライゼル達から貰った野菜と肉がまだまだ残っているから、野菜炒め
でも作ろうかと考えていたが、この人数ともなると一苦労だしな。
よし!ここは緊急処置だ。
しょうがない、あれを出そう。
というより手抜きが出来る口実を俺は求めているかもしれない。
だって楽に済むならそれに越したことはないでしょ?
違うかね?
「シルビアちゃん、テーブルと椅子を人数分準備してくれ。あとフォークも」
「はい!準備します」
「いえ!ジョニー店長お構いなく」
「そうです、私達のことはお気になさらず」
そうともいかんだろう。
簡単な飯ぐらい出しますよ。
「大丈夫です、直ぐに出来ますので」
「そんな」
「申し訳ありません」
「期待大!」
アイレクスさんだけ無遠慮に笑顔だった。
ドMの思考はよく分からん。
こいつ本気で一度しばいてやろうか?
それはそれで癖になると面倒だよな。
そんなアイレクスさんの事はさておき、俺はお湯を準備した。
流石に5人分を瞬間湯沸かし器では賄えないので、普通にお湯も沸かした。
緊急処置とは何のことかと言うと、ペ●ングの事である。
それも麺50%増量である。
これがどうしても食べたくなる時があるんだよね。
今日はそうでもなかったけど。
いつ食べても美味しいからいいけどさ。
これで今日は手抜きをしようということだ。
残念ながら5人分のお湯をシンクに流したが、ボクン!は無かった。
まだお店のシンクは新しいということだろう。
ちょと胸を撫で降ろしてしまった。
あれはイベントみたいなものだから、無ければ無いで少々寂しい。
出来上がったペ●ングをテーブルに並べると。
「幸せの匂い・・・」
「なんて食欲をそそる匂い」
「もう美味しい!」
既に胃袋を掴んでいた。
気持ちは分かるよ。
まあ良いから食ってくれよ。
では実食!ダダン!
全員ががっつく様にペ●ングを堪能していた。
最高だな。
アイレクスさんに関しては眼鏡を曇らせていた。
そんな料理だったっけ?
汁物ではないぞ。
それだけがっついているんだろう。
ゆっくりと味わって食ってくれよ。
「因みにここの従業員になると毎日美味しい料理が無料で食べられるんですよ!」
ドヤ顔のシルビアちゃん。
こら!シルビアちゃん、煽るんじゃありません!
でもこの時間がシルビアちゃんの至高の時間だからね。
これ本人談です。
今日のスイーツはプリンでした。
はい、分かってますよね?
目がハートになっていましたよ。
これでもかってぐらいにね。
この子の甘味好きは極まっているなあ。
片付けを済ませて、面談を始めた。
本来面談となれば一対一だろうが、今回はそうはいかない。
それはシルビアちゃんにも二人の事を知って貰う必要があるからだ。
もし一緒に働くのならシルビアちゃんにも、二人の人となりを知っておかなければいけないだろう。
それは面談を受ける二人にも言える事だ。
この二人がどういう関係かは知らないが、お互いを知っておく必要はあるだろう。
今後の事を考えるとそうなってしまう。
面談には1時間の時間を有した。
聞き及んだ事を簡単に纏めると。
マリアンヌさんは、若くして髪結いさんになることを目指して、知り合いのお店に勤めた。
その後独立してお店を経営していたみたいだ。
この独立を機に髪結い組合に加盟。
数年に渡って髪結い屋を頑張っていたみたいだ。
そしてその腕をフェリアッテに買われて、フェリアッテの専属メイドになったとの話だった。
折角のお店は早々に手放すことになったらしい。
家族関係は前に述べた通りであるが、旦那さんは冒険者を経た後に冒険者ギルドの教官になったらしい。
今回この様に雇ってくれと思い至った理由は、カット技術もそうだが、どうやらメイクに強烈な興味を持ったみたいだ。
その気持ちはよく分かる。
若返った自分を維持したいと涙ながらに語っていた。
猛烈な熱意を込めてメイクの勉強をさせて欲しいと熱弁されてしまった。
最近は余りハサミを持っていないことに自信なさげではあったが。
ここは確かめてみるしかない。
でもスタイリストに拘る必要は無いからね。
メイキャッパーとしてその才を活かすという事も出来る。
ここは様子見だな。
人間性は問題ないことは既に知っている。
即戦力と考えて良いのかもしれない。
そしてクリスタルさんだが、齢30歳の女性だ。
ここからはクリスタルちゃんだな。
俺より五つも年下だし。
話を聞く限り、職人肌の気質がある。
髪結いさんになったのは、本当に髪に関わる事がそもそも大好きで、誰かの髪を切ったりセットしたりすることが大好きみたいだ。
ある意味生粋の髪結いさんだね。
期待値が高まる。
お店を持ったのは20代半ば。
お店は泣かず飛ばずで、髪結い組合には義務として所属した。
そしてその腕と向上心を買われて幹部にまで一気に登り詰めた様だ。
しかし、髪結い組合の有り様に、常に違和感を感じていたみたいだ。
技術を極めた者がお客を得られると信じている節がある。
気持ちは分かる。
でも美容院の経営はそうはいかない。
彼女はそれをまだ分かってはいないみたいだ。
これは磨けば光りそうだ。
実にやりがいを感じる。
正確としては勝気な性格で、負けず嫌いな感じ。
少々根を詰めるタイプである事が気になる。
俺に自分の髪を『アンジェリ』でカットして貰った時には、既にここに勤めたいと考えていたようである。
簡単に纏めるとこんな感じだった。
本当はもっと掘り下げたかったのだが、ライジングサンが無遠慮に来店してしまったのだ。
こいつらが来ると面接を続けることは出来ない。
なにより、シルビアちゃんの送迎をお願いしなければならない。
シルビアちゃんはしょっちゅう、
「私一人で帰れます!」
と言うのだが、そうはいかない。
だって色々聞く限り、この世界はそれなりに物騒だ。
しょっちゅう追剥や誘拐などがあるみたいだ。
それにシルビアちゃんはマリオ商会のご息女だ。
夜の一人歩きなんて、誘拐されてしまう可能性は高いだろう。
誘拐犯からしたら格好の的だよ。
シルビアちゃんは自衛の手段は持ち合わせていないのだからさ。
ここは守って貰いましょうよ。
というのも、今ではマリオ商会は飛ぶ鳥を落とす程の勢いで急成長を遂げていた。
それは俺がサスペンションをマリオさんに教えた事に起因する。
マリオさんはその技術の実用化に成功していたのだ。
それによって、馬車を買うならマリオ商会と一世を風靡していた。
注文した馬車の完成には半年はかかる程の人気ぶりだった。
注文先は貴族だけに留まらず、噂を聞つけた王族からも発注があったらしい。
流石はマリオさんだ。
いぶし銀の商人の腕がここに来て極まっている。
でもマリオさんに言わせると、
「それもこれも、アドバイスをくれたジョニー店長のお陰で御座います」
ということだった。
勘弁してくれよ。
照れるじゃないか。
申し訳ないが、俺がアドバイスしたことは他言無用とお願いしておいた。
只でさえフェリアッテとの一件で俺は注目を集めている。
これ以上は止めて欲しい。
察しのいいマリオさんはそんな事だろうと、言わずにいてくれていたみたいだ。
マリオさんには感謝だ。
お店は流行って欲しいのだが、違う注目は集めたくはない。
話を戻そうか。
実技面接は明日行うことになった。
明日は朝の8時には道具一式を持って来店する様に伝えてある。
そして可能であれば、カットを受ける人を同行させる様にとも話してある。
無理であれば、俺かシルビアちゃんがカットを受けることになるだろう。
是非見学させて欲しいとアイレクスさんから申し入れがあった。
どうにも気になってしょうがないらしい。
本当は断りたかったが、理由が思いつかなかった為受けることにした。
このドM眼鏡は何がしたいのかいまいち分からない。
単に興味が勝っているという気もするが。
さっぱり意図が分からない。
他にも髪結いさんを同行させたいと言われたが、それは流石に断った。
大挙されても困りますがな。
発表会にされては困る。
それに簡単に俺の技術は盗ませねえぞ。
マリアンヌさんとクリスタルちゃんは鼻息荒く帰っていった。
随分と気合が入っていますなあ。
肩の力を抜いてください。
でないと良いカットは出来ませんよ。
でも、良い傾向ではある。
俺としては嬉しい限りだよ。
俺はシルビアちゃんに一言伝えておいた。
「シルビアちゃん、年齢としては年下で、髪結い歴も彼女達よりも短いが、このお店ではシルビアちゃんが先輩になる。遅れを取らない様にね」
「はい!元よりそのつもりです。それに私が目指しているのは髪結いさんではありません、美容師です!」
最高の笑顔をしていた。
「よし!最高の美容師を目指そう!」
「はい!」
良い返事です!
この子は本当に凄いと感じる。
どうやら俺は最高の弟子に恵まれたみたいだ。
そしてその時は訪れた。
マリアンヌさんは娘さんを連れて来ていた。
おそらく例の娘さんなのだろう。
意味ありげな視線を俺に向けている。
後でお話しましょうね。
相談に乗りますよ。
気になりますよね?
クリスタルちゃんは友人を伴っていた。
男性の方なのだが、友人だと頑なに紹介された。
そうなると返って関係を疑ってしまうのだが?
別に異性の友人なんて珍しくもないだろうに。
この世界では違うのかな?
それを見守ろうとアイレクスさんも同行している。
来なくても良いのにね。
ていうかあんたの真意はどこにあるんだよ?
そしてカット技術のお披露目が始まった。
緊張の面持ちの両者は、モニター役の二人をカット台に誘導していた。
早速カットに入ろうとしている。
ちょっと待ってくれ!
「いいですか?まずはタオルとカットクロスを掛けて貰えませんかね?」
それぐらいしようよ。
「いいのですか?」
「しまった!忘れていた・・・」
どうやらガチガチに緊張しているのに加えて遠慮もあるみたいだ。
それぐらいの事は遠慮しないでくれよ、とは言えないな。
おそらく視界が相当狭くなっているのだろう。
しょうがないよね、ここは。
「遠慮も要りませんし、気軽にカットして下さい。現時点の腕を見せて貰うだけですので、畏まらなくてもいいです」
「はい」
「了解です」
シルビアちゃんは二人にカットクロスとタオルを渡していた。
するとクリスタルちゃんが割って入ってきた。
「そういえば、気になっていたのですが、このカットクロスの素材はなんでしょうか?とても高品質に思えます」
これは困ったな。
プラと言っても分からないよね。
「素材に関しては細かい事は知らないけども、この国には無い素材だと思うよ」
今度はアイレクスさんが割って入って来る。
「それは残念です、知りたかった・・・」
本当は教えれるけどすまないねえ。
その後の二人はというと、シルビアちゃんにタオルとカットクロスの使い方を教わっていた。
シルビアちゃんはどや顔だ。
止めなさいっての。
マウントは取らないでね。
後の人間関係に響くよ。
君が先輩で間違いはないのだからさ。
俺はそういう処は無下にはしないよ。
二人のカット技術は分かり易く言うと、横切りのカット方法だ。
今の日本からは30年ぐらい前の技術となる。
その原因はハサミと櫛にあるとも考えられる。
特にハサミは顕著にその影響を受ける。
俺のハサミは45度の角度が付いている。
それに比べて二人の使っているハサミにはそんな要素はない。
それに素材も気になる。
まあ、ハサミの詳細は言い出したら限が無い為、機会があったら詳細は話そうと思う。
後は櫛だ。
二人は木製の櫛を使っていた。
それに比べて俺の櫛はプラだ。
滑りが格段に違う。
ここは大きく違ってくる部分だ。
いずれにしても二人のカット技術に関しては予想よりも上をいっていたのが紛れもない感想だった。
嬉しい限りだ。
でもお客さんを丸投げ出来る程の技術は全く有していない。
でも使い様はある。
要は俺が仕上げに入ればいいということだ。
ちょっと胸を撫で降ろしてしまった。
俺は出来ましたという二人の言葉を受けて軽く頷く。
「では、手直しを行いますね。よく見ていて下さい」
「「はい!」」
腰にぶら下げているハサミを手に俺は仕上げを行う。
二人は真剣な表情で俺の仕上げを凝視していた。
勉強してくださいよ。
ここはこうでこう!
結果を言い渡す時が訪れた。
緊張の表情の二人はガチガチになっている。
まあそう緊張なさらずとも。
「結果を発表します・・・」
この場にいる全員が息を飲んでいた。
ドM眼鏡は関係ないでしょうが?
なんでお前まで緊張しているんだ?まあいいか。
「二人共、採用します!」
その言葉に笑顔が溢れる。
「やったー!」
「嬉しい!」
「よっしゃー!」
「フン!」
どうやら異世界美容院『アンジェリ』は次のステージに移りそうだ。
新しい『アンジェリ』が始まりそうな予感に俺は期待で胸が躍り出しそうだ。
ワクワク感が止まらない。
シルビアちゃんとハイタッチしていた。
それにしても、どうしてこうなった?
マリンヌさんとドM眼鏡と一人の女性がお店の営業終了後にやってきた。
マリアンヌさんは未だしも他の二人は意外だった。
何の用だろうか?
こちらの女性も見たことはある。
というか、この女性を俺は担当したことがある。
俺の記憶を舐めて貰っては困るな。
この人は髪結い組合ですれ違った際に、唯一頭を下げてくれた女性だ。
その時の視線はなんであなたがここに?
という驚きの視線を含んでいたからね。
それ以外の人達は関わり合いを持ちたくないという雰囲気がムンムンだったからね。
しっかりと覚えているよ。
マリアンヌさんの要件は分かっている。
娘さんとそのご主人のお店の相談だろう。
と思っていたのだが、全く違っていた。
最初に話し出したのはマリアンヌさんだった。
随分と緊張した表情をしている。
「ジョニー店長、突然すいません。押し掛けまして」
「ええ、構いませんよ。どうしましたか?」
「それは・・・私をここで雇って貰えませんでしょうか?」
振り絞る様な声で話していた。
はい?
どうして?
娘さんの話じゃないの?
「それはいったい・・・髪結い組合の仕事や、髪結いさんのお仕事はどうするんですか?」
ドM眼鏡がマリアンヌさんに替わって答える。
「髪結い組合は事実上フェリアッテ様・・・失礼、フェリアッテの所有物でしたので、こうなってしまっては解散するしかないかと・・・」
そうなるのか・・・勿体ないな。
てかなんでお前が語ってるんだよ。
しゃしゃり出てくんなよ。
あ!これはあれだ・・・俺の罵倒待ちだな。
ドM眼鏡がそわそわしているしね。
そんな事に俺は簡単には付き合いませんよ。
というか解散になるきっかけを作ったのは俺なんだけどね。
許してくれよ。
悪気は無かったんだよ。
まあ成り行きだな。
「それは残念ですが、髪結い組合は運営方法を変えれば意味のある団体になるかと思いますが?」
「ですが・・・」
俺は手を挙げて制した。
「これまでがどうだったのかの詳細は分かりませんが、伝え聞く限りやり様はあるかと。カット代金の縛りを無くしたり、仕入れルートの限定化を無くすなどすれば、カット技術の交流なんかは意味があることだと思いますけどね」
「確かに・・・」
期先を制されて対応を変えたドM眼鏡。
すまんがお前の真意はどこにあるのだ?
本音を言えば付き合いきれないのだが・・・
何しに来たんだよ?
「これまでは会長が全ての権限を握っていたのかもしれないですが、合議制にすれば公平感も生まれるのではないでしょうか?」
「流石はジョニー店長、納得です」
マリアンヌさんは頷いていた。
ドM眼鏡は下を向いて考え込んでいる。
何か思う処があるんだろう。
目線を上げるとドM眼鏡が和やかに話し出す。
「であればジョニー店長に会長に就任しては貰えせんでしょうか?」
「はい?」
ちゃんと人の話し聞いていましたか?
これって新手の嫌がらせか?
「この国でのカット技術の最高峰はジョニー店長に他なりません」
あ・・・普通に本気だったみたいだ。
すまんが付き合いたくないよ。
あんた・・・俺を振り回すなよ。
「そうです!だからそれを学びたくて、雇って貰えないかと」
「私もです!給料は無くでも構いません!」
「待て!待て!待て!」
取っ散らかってんなあ。
一つ一つやっていこうよ。
絶対こっちのことを考えてないよね。
自分の意見を押し付けるのはよくありませんよ。
他者を尊重してくださいな。
「先ず今は髪結い組合の会長を行う程、余裕がありません。それに先ほども話した通り合議制にした方がいいですよ、ですよね?」
ドM眼鏡が項垂れる。
「マリアンヌさんと、えーと?」
いまいちよく分からない女性に俺は眼を向けた。
ここが日本であれば、ちゃんとカルテを執っているから名前も簡単に覚える事が出来るんだけどな。
悔やまれる処だ。
やっぱり日本で美容院がやりたい・・・
チッ・・・
「クリスタルです、クリスタル・エドモンドと申します!よろしくお願いします」
ああそうですか、ではいけないよね。
鬼気迫る表情をしているし。
あー、もう!
「二人を雇う前にせめてどれぐらいの腕前か見せて貰えませんか?マリアンヌさんは未だしもクリスタルさんの人となりすらも俺は知らないんでね。はいそうですかとも、お断りしますとも言えませんよ」
これぐらい分かって貰えますよね?
俺間違ってますか?
「確かに・・・すいません、気が急いてしまいました」
「ごもっともです」
下を向く二人。
はあ、分かって貰えたみたいだ。
ふう、それぐらい惚れ込んでくれたんだと、ここは前向きに受け止めておこう。
正直言えば嬉しい申し入れではある。
でもそれは二人の腕による。
ここは焦らずにいこう。
さて、どうしたもんか・・・
興味深々のシルビアちゃんが目を細めて観察していた。
まあそうなるよね。
「そう言えば今更ですが、お名前は?」
俺はドM眼鏡を見つめた。
姿勢を改めて眼鏡を上にくいっと上げると名乗り出す。
本人は至って真面目なのは分かっているが、俺はイラっとしている。
なにせ場を荒らされるのはムカつくからね!
「私は髪結い組合の副会長を務めております、アイレクス・ゴールドバーグです。お見知りおきを」
アイレクスさんね。
はいはい。
ドMのアイレクスね。
いっそのことドム・アイレクスで良いんじゃないか?
その方が覚えやすくないか?
「アイレクスさんのご用件は?」
「私は・・・マリアンヌさんがこのお店に伺うと聞いたので、着いてきました」
はあ・・・暇なのね。
要はやる事が無いのね。
髪結い組合が解散してしまったからだろうね。
でもさあ、何かしらあるんじゃないですか?
出来ることが。
「そうですか、今日はもう時間も遅いので面接だけにさせて下さい。実技に関しては日を改めさせてくれませんか?」
「畏まりました」
「そうします」
グウウーーー!
シルビアちゃんのお腹の鳴った音が響き渡った。
恥ずかしそうに照れているシルビアちゃん。
そうだった・・・いつもならまかないの時間だった。
しょうがないよね。
ここはシルビアちゃんを責めてはいけないよな。
これは生理現象だからね。
もっと言うと俺も何かを口にしたいぐらい腹が減っている。
今日は昼飯を真面に食べられないほど忙しかったからね。
昼飯抜きなんてもう慣れっこですよ。
「飯にしましょうか?」
タイミングを間違ったかとすまなさそうにしている三人。
気にしなさんなっての。
やれやれ・・・にしてもどうしようか?
流石に放置とはいかないよね。
しょうがない、本当はライゼル達から貰った野菜と肉がまだまだ残っているから、野菜炒め
でも作ろうかと考えていたが、この人数ともなると一苦労だしな。
よし!ここは緊急処置だ。
しょうがない、あれを出そう。
というより手抜きが出来る口実を俺は求めているかもしれない。
だって楽に済むならそれに越したことはないでしょ?
違うかね?
「シルビアちゃん、テーブルと椅子を人数分準備してくれ。あとフォークも」
「はい!準備します」
「いえ!ジョニー店長お構いなく」
「そうです、私達のことはお気になさらず」
そうともいかんだろう。
簡単な飯ぐらい出しますよ。
「大丈夫です、直ぐに出来ますので」
「そんな」
「申し訳ありません」
「期待大!」
アイレクスさんだけ無遠慮に笑顔だった。
ドMの思考はよく分からん。
こいつ本気で一度しばいてやろうか?
それはそれで癖になると面倒だよな。
そんなアイレクスさんの事はさておき、俺はお湯を準備した。
流石に5人分を瞬間湯沸かし器では賄えないので、普通にお湯も沸かした。
緊急処置とは何のことかと言うと、ペ●ングの事である。
それも麺50%増量である。
これがどうしても食べたくなる時があるんだよね。
今日はそうでもなかったけど。
いつ食べても美味しいからいいけどさ。
これで今日は手抜きをしようということだ。
残念ながら5人分のお湯をシンクに流したが、ボクン!は無かった。
まだお店のシンクは新しいということだろう。
ちょと胸を撫で降ろしてしまった。
あれはイベントみたいなものだから、無ければ無いで少々寂しい。
出来上がったペ●ングをテーブルに並べると。
「幸せの匂い・・・」
「なんて食欲をそそる匂い」
「もう美味しい!」
既に胃袋を掴んでいた。
気持ちは分かるよ。
まあ良いから食ってくれよ。
では実食!ダダン!
全員ががっつく様にペ●ングを堪能していた。
最高だな。
アイレクスさんに関しては眼鏡を曇らせていた。
そんな料理だったっけ?
汁物ではないぞ。
それだけがっついているんだろう。
ゆっくりと味わって食ってくれよ。
「因みにここの従業員になると毎日美味しい料理が無料で食べられるんですよ!」
ドヤ顔のシルビアちゃん。
こら!シルビアちゃん、煽るんじゃありません!
でもこの時間がシルビアちゃんの至高の時間だからね。
これ本人談です。
今日のスイーツはプリンでした。
はい、分かってますよね?
目がハートになっていましたよ。
これでもかってぐらいにね。
この子の甘味好きは極まっているなあ。
片付けを済ませて、面談を始めた。
本来面談となれば一対一だろうが、今回はそうはいかない。
それはシルビアちゃんにも二人の事を知って貰う必要があるからだ。
もし一緒に働くのならシルビアちゃんにも、二人の人となりを知っておかなければいけないだろう。
それは面談を受ける二人にも言える事だ。
この二人がどういう関係かは知らないが、お互いを知っておく必要はあるだろう。
今後の事を考えるとそうなってしまう。
面談には1時間の時間を有した。
聞き及んだ事を簡単に纏めると。
マリアンヌさんは、若くして髪結いさんになることを目指して、知り合いのお店に勤めた。
その後独立してお店を経営していたみたいだ。
この独立を機に髪結い組合に加盟。
数年に渡って髪結い屋を頑張っていたみたいだ。
そしてその腕をフェリアッテに買われて、フェリアッテの専属メイドになったとの話だった。
折角のお店は早々に手放すことになったらしい。
家族関係は前に述べた通りであるが、旦那さんは冒険者を経た後に冒険者ギルドの教官になったらしい。
今回この様に雇ってくれと思い至った理由は、カット技術もそうだが、どうやらメイクに強烈な興味を持ったみたいだ。
その気持ちはよく分かる。
若返った自分を維持したいと涙ながらに語っていた。
猛烈な熱意を込めてメイクの勉強をさせて欲しいと熱弁されてしまった。
最近は余りハサミを持っていないことに自信なさげではあったが。
ここは確かめてみるしかない。
でもスタイリストに拘る必要は無いからね。
メイキャッパーとしてその才を活かすという事も出来る。
ここは様子見だな。
人間性は問題ないことは既に知っている。
即戦力と考えて良いのかもしれない。
そしてクリスタルさんだが、齢30歳の女性だ。
ここからはクリスタルちゃんだな。
俺より五つも年下だし。
話を聞く限り、職人肌の気質がある。
髪結いさんになったのは、本当に髪に関わる事がそもそも大好きで、誰かの髪を切ったりセットしたりすることが大好きみたいだ。
ある意味生粋の髪結いさんだね。
期待値が高まる。
お店を持ったのは20代半ば。
お店は泣かず飛ばずで、髪結い組合には義務として所属した。
そしてその腕と向上心を買われて幹部にまで一気に登り詰めた様だ。
しかし、髪結い組合の有り様に、常に違和感を感じていたみたいだ。
技術を極めた者がお客を得られると信じている節がある。
気持ちは分かる。
でも美容院の経営はそうはいかない。
彼女はそれをまだ分かってはいないみたいだ。
これは磨けば光りそうだ。
実にやりがいを感じる。
正確としては勝気な性格で、負けず嫌いな感じ。
少々根を詰めるタイプである事が気になる。
俺に自分の髪を『アンジェリ』でカットして貰った時には、既にここに勤めたいと考えていたようである。
簡単に纏めるとこんな感じだった。
本当はもっと掘り下げたかったのだが、ライジングサンが無遠慮に来店してしまったのだ。
こいつらが来ると面接を続けることは出来ない。
なにより、シルビアちゃんの送迎をお願いしなければならない。
シルビアちゃんはしょっちゅう、
「私一人で帰れます!」
と言うのだが、そうはいかない。
だって色々聞く限り、この世界はそれなりに物騒だ。
しょっちゅう追剥や誘拐などがあるみたいだ。
それにシルビアちゃんはマリオ商会のご息女だ。
夜の一人歩きなんて、誘拐されてしまう可能性は高いだろう。
誘拐犯からしたら格好の的だよ。
シルビアちゃんは自衛の手段は持ち合わせていないのだからさ。
ここは守って貰いましょうよ。
というのも、今ではマリオ商会は飛ぶ鳥を落とす程の勢いで急成長を遂げていた。
それは俺がサスペンションをマリオさんに教えた事に起因する。
マリオさんはその技術の実用化に成功していたのだ。
それによって、馬車を買うならマリオ商会と一世を風靡していた。
注文した馬車の完成には半年はかかる程の人気ぶりだった。
注文先は貴族だけに留まらず、噂を聞つけた王族からも発注があったらしい。
流石はマリオさんだ。
いぶし銀の商人の腕がここに来て極まっている。
でもマリオさんに言わせると、
「それもこれも、アドバイスをくれたジョニー店長のお陰で御座います」
ということだった。
勘弁してくれよ。
照れるじゃないか。
申し訳ないが、俺がアドバイスしたことは他言無用とお願いしておいた。
只でさえフェリアッテとの一件で俺は注目を集めている。
これ以上は止めて欲しい。
察しのいいマリオさんはそんな事だろうと、言わずにいてくれていたみたいだ。
マリオさんには感謝だ。
お店は流行って欲しいのだが、違う注目は集めたくはない。
話を戻そうか。
実技面接は明日行うことになった。
明日は朝の8時には道具一式を持って来店する様に伝えてある。
そして可能であれば、カットを受ける人を同行させる様にとも話してある。
無理であれば、俺かシルビアちゃんがカットを受けることになるだろう。
是非見学させて欲しいとアイレクスさんから申し入れがあった。
どうにも気になってしょうがないらしい。
本当は断りたかったが、理由が思いつかなかった為受けることにした。
このドM眼鏡は何がしたいのかいまいち分からない。
単に興味が勝っているという気もするが。
さっぱり意図が分からない。
他にも髪結いさんを同行させたいと言われたが、それは流石に断った。
大挙されても困りますがな。
発表会にされては困る。
それに簡単に俺の技術は盗ませねえぞ。
マリアンヌさんとクリスタルちゃんは鼻息荒く帰っていった。
随分と気合が入っていますなあ。
肩の力を抜いてください。
でないと良いカットは出来ませんよ。
でも、良い傾向ではある。
俺としては嬉しい限りだよ。
俺はシルビアちゃんに一言伝えておいた。
「シルビアちゃん、年齢としては年下で、髪結い歴も彼女達よりも短いが、このお店ではシルビアちゃんが先輩になる。遅れを取らない様にね」
「はい!元よりそのつもりです。それに私が目指しているのは髪結いさんではありません、美容師です!」
最高の笑顔をしていた。
「よし!最高の美容師を目指そう!」
「はい!」
良い返事です!
この子は本当に凄いと感じる。
どうやら俺は最高の弟子に恵まれたみたいだ。
そしてその時は訪れた。
マリアンヌさんは娘さんを連れて来ていた。
おそらく例の娘さんなのだろう。
意味ありげな視線を俺に向けている。
後でお話しましょうね。
相談に乗りますよ。
気になりますよね?
クリスタルちゃんは友人を伴っていた。
男性の方なのだが、友人だと頑なに紹介された。
そうなると返って関係を疑ってしまうのだが?
別に異性の友人なんて珍しくもないだろうに。
この世界では違うのかな?
それを見守ろうとアイレクスさんも同行している。
来なくても良いのにね。
ていうかあんたの真意はどこにあるんだよ?
そしてカット技術のお披露目が始まった。
緊張の面持ちの両者は、モニター役の二人をカット台に誘導していた。
早速カットに入ろうとしている。
ちょっと待ってくれ!
「いいですか?まずはタオルとカットクロスを掛けて貰えませんかね?」
それぐらいしようよ。
「いいのですか?」
「しまった!忘れていた・・・」
どうやらガチガチに緊張しているのに加えて遠慮もあるみたいだ。
それぐらいの事は遠慮しないでくれよ、とは言えないな。
おそらく視界が相当狭くなっているのだろう。
しょうがないよね、ここは。
「遠慮も要りませんし、気軽にカットして下さい。現時点の腕を見せて貰うだけですので、畏まらなくてもいいです」
「はい」
「了解です」
シルビアちゃんは二人にカットクロスとタオルを渡していた。
するとクリスタルちゃんが割って入ってきた。
「そういえば、気になっていたのですが、このカットクロスの素材はなんでしょうか?とても高品質に思えます」
これは困ったな。
プラと言っても分からないよね。
「素材に関しては細かい事は知らないけども、この国には無い素材だと思うよ」
今度はアイレクスさんが割って入って来る。
「それは残念です、知りたかった・・・」
本当は教えれるけどすまないねえ。
その後の二人はというと、シルビアちゃんにタオルとカットクロスの使い方を教わっていた。
シルビアちゃんはどや顔だ。
止めなさいっての。
マウントは取らないでね。
後の人間関係に響くよ。
君が先輩で間違いはないのだからさ。
俺はそういう処は無下にはしないよ。
二人のカット技術は分かり易く言うと、横切りのカット方法だ。
今の日本からは30年ぐらい前の技術となる。
その原因はハサミと櫛にあるとも考えられる。
特にハサミは顕著にその影響を受ける。
俺のハサミは45度の角度が付いている。
それに比べて二人の使っているハサミにはそんな要素はない。
それに素材も気になる。
まあ、ハサミの詳細は言い出したら限が無い為、機会があったら詳細は話そうと思う。
後は櫛だ。
二人は木製の櫛を使っていた。
それに比べて俺の櫛はプラだ。
滑りが格段に違う。
ここは大きく違ってくる部分だ。
いずれにしても二人のカット技術に関しては予想よりも上をいっていたのが紛れもない感想だった。
嬉しい限りだ。
でもお客さんを丸投げ出来る程の技術は全く有していない。
でも使い様はある。
要は俺が仕上げに入ればいいということだ。
ちょっと胸を撫で降ろしてしまった。
俺は出来ましたという二人の言葉を受けて軽く頷く。
「では、手直しを行いますね。よく見ていて下さい」
「「はい!」」
腰にぶら下げているハサミを手に俺は仕上げを行う。
二人は真剣な表情で俺の仕上げを凝視していた。
勉強してくださいよ。
ここはこうでこう!
結果を言い渡す時が訪れた。
緊張の表情の二人はガチガチになっている。
まあそう緊張なさらずとも。
「結果を発表します・・・」
この場にいる全員が息を飲んでいた。
ドM眼鏡は関係ないでしょうが?
なんでお前まで緊張しているんだ?まあいいか。
「二人共、採用します!」
その言葉に笑顔が溢れる。
「やったー!」
「嬉しい!」
「よっしゃー!」
「フン!」
どうやら異世界美容院『アンジェリ』は次のステージに移りそうだ。
新しい『アンジェリ』が始まりそうな予感に俺は期待で胸が躍り出しそうだ。
ワクワク感が止まらない。
シルビアちゃんとハイタッチしていた。
それにしても、どうしてこうなった?

