数日後、予約日に伯爵がカットにやってきた。
あのバトラーのギャバンさんも着いて来ている。
後日聞いたのだが、このギャバンさんは伯爵の第一執事とのこと。
伯爵が最も信頼を置いている人物だ。

それにしてもこのギャバンさんには何とも言えない不思議な迫力を感じる。
何かの達人の様な、一芸極めた者が発するオーラを持っている。
伯爵はお店に入るなり俺に右手を差し出してきた。
勿論俺は握り返す。

「先日はありがとう、ジョニー店長」
伯爵は気さくだな。

「いえいえ、気にしないで下さい」
そう答えつつも、伯爵をカット台に誘導する。
俺達は共にチャームの魔法を掛けられたという共通項があるからか、妙なシンパシーを俺は感じている。
たぶん伯爵も同様だろう。
そんな表情をしていた。

「それにしても・・・どうしてこのお店に入るなり、チャームの魔法から解放されたんだろうか?」
意味深な視線で見つめられた。

「それは簡単なことです、俺の親友の大魔導士によって、このお店には悪い物を跳ね除ける魔法が掛かっているからですよ」

「そうなのか?!それは凄いな!」
アハハハ、これぞ真実に近い嘘だな。
俺の親友は『アンジェリ』だな。

「そんな魔法を使える魔導士がいるとは・・・世間は広いですな」
ギャバンさんが関心している。
ハハハ、ちょっと罪悪感。

「それで、どんな髪形がいいですか?」
俺は伯爵の髪に触れながら要望を聞く。
そう言えば今更だが、俺は髪結い組合の会員ではないけど、貴族の髪を切ってもいいんだよな?
こうなってしまってはどうでもいいか。
関係無いよね。

「そうだな、ここはジョニー店長に任せよう」
お!お任せか。
これは嬉しいな。
随分と信頼してくれている様だな。

「分かりました」
さて、どうしようか?
伯爵はこれぞ貴族といった金髪のオカッパヘアーだ。
この髪形の所為で幼く見える節すらある。
ここは一気にイメチェンだな。
それに限る。

首にタオルを巻いて、カットクロスを羽織ってもらう。
俺は櫛で髪を解きながら、ハサミを入れていく。
それにしても綺麗な金髪だ。

「その後、ファリアッテさんはどうなりましたか?」
聞かない訳にはいかないからね、俺としてはさ。
何となく想像はついているけどね。

「ジョニー店長には話しておかないといけないな・・・苦労をかけたしな」
伯爵は苦虫を噛み潰していた。
流石に口は重たいかな?

「そこは私めが・・・」
ギャバンさんがぐいっと前に出てきた。
頼りになるなあ。
一度咳をするとギャバンさんが語り出した。
鏡越しに一度視線を合わせる。

「その後のファリアッテは、魔封じの首輪を嵌められて投獄されました。伯爵を長年に渡って魔法で操っていたことは重罪に当たりますゆえ」
だろうね。

「この後の沙汰は決まってはおりませんが、妥当な判断としては・・・打ち首かと・・・」
ギャバンさんは淡々と話している様で、怒りを内側に秘めている話し方をしていた。
自分の主人を長年に渡って操ってくれたなと憤慨しているのだろう。
なんて忠義の人なんだろう。
感心するよ。

それにしても、やっぱりそうなるのか・・・
これを可哀そうだと思う俺は甘いのだろうか?
フェリアッテは重罪人だとは分かっている。
でも命あっての物種だろう。
命を粗末にし過ぎだ。

少々話は違うが、昔からそうだが、命を持って償うという事に、どうしても俺は疑問を持ってしまう。
日本でも重罪人には死刑が言い渡されて、有る時人知れず刑が執行されている。
有名人の場合はテレビの報道で知ることはできるのだが・・・
命で償うとは命と引き換えに罪を償うという事。
俺の感覚としては表現に困るのだが、それは安易な道だと思えてしまう。
本当に罪を償うと言うのなら、命が枯れ果てるまで罪の意識を背負って、不自由な状況で人間の尊厳を全く無視した状況で生を過ごして欲しいと思う。
毎日すまない事をしたと、反省する様な重労働や理不尽な状況下で過ごして貰いたい。
一番その本人にとって辛いと感じる環境下で天命を全うして欲しい。
それが罪を犯した本人にとって、一番嫌な事であると俺は想像する。
死ぬまで苦しんでくれと思ってしまう。

分かり易く言えば、釈放の無い無期懲役が一番的を得ていると俺は考えている。
違うだろうか?
折角なのでその想いを言葉にしてみた。

「それは実に安易な判決ではないでしょうか?」
この発言に一瞬口元を緩めた伯爵。
魔法で操られていたとはいえ、少なからず愛情が残っているのだろう。
そんな気がする。
誰かにフェリアッテを擁護して欲しかったに違いない。

「というのは、死んでしまっては何も生みだしませんよね?」
上手く説明出来るだろうか?
この世界の人達の価値観を俺はまだいまいち知らない。
同意して貰えるとありがたいのだが。

「それはそうでしょうが・・・」
ギャバンさんは俺が何を言おうとしているのか図りきれずに困っていた。
説明してくれと視線が語っている。
少々お節介かもしれないが、話させて貰おう。

「死んでしまってはそれまでです、禍根を残すなんて言葉もありますが、終わらせる事は簡単です」

「それはそうですが・・・」

「であれば、死ぬまで後悔させる労働などをさせた方が、まだ生産的だと思いませんか?」

「なるほど・・・」
どうやら頭の回転の良いギャバンさんは、これだけの問答で俺の言いたい事を理解したみたいだ。
この人は恐ろしいな。
なんちゅう理解力だ。

「ジョニー店長の言う事は一理ありますな、要は簡単に死なせるよりも、死にたいと思う程の労働を課す方が国にとっても生産的だということですな、それに加えてこれまで不利益を与えてきた者達に利益となる労働を強いる。素晴らしい意見です!」
俺の言いたいことを簡単に纏めてくれた・・・
凄いな・・・
この人いったい何者だ?
今までこの異世界に来てから出会った人達の中でも、断トツでこの人が怖いぞ。
優秀過ぎないか?

「ギャバンさんは相当優秀な方の様ですね・・・」
顔が引き攣りそうだよ俺は。
俺はこの人を一番敵に回したくないよ。
そう本能的に感じる。

「いえ、そうでは御座いません。フェリアッテのチャームを長年に渡って見抜けませんでした。私の失態で御座います・・・」
それで怒りを内包した話し方をしていたんだな。
流石は忠義の人だ。
項垂れている姿すら気品を感じる。
これはフォローしないとね。

「あれは見抜けませんよ、私はたまたまチャームの魔法を掛けられたから分かっただけです」
でもお守りに守られていたけどね。
にしても、あの婆あに心奪われるなんて・・・背筋が凍るな。
想像しただけでもぞっとするよ。
本当にお守り様々だよ。
明日にでももう一度多めにお供えしようかな?
いや・・・止めておこう。
また女神様が調子に乗るに決まっている。

「実は疑う面はありました・・・しかし、証拠が無く・・・」
なるほどな、思い当たる処はあったみたいだな。
でも確証が無い、それに相手は第二夫人だ。
いくら伯爵が信頼を置いているギャバンさんでも、糾弾するなど憚られたということなんだろう。
それぐらいチャームの魔法は厄介だということだ。
人知れずフェリアッテは伯爵にチャームの魔法をかけていたに違いない。
恐ろしい事だ。
ギャバンさんの眼を掻い潜り続けたフェリアッテも大したものだよ。
そういう労力を違う事に使ったらよかったのにね。
まったく・・・

それにしても・・・伯爵の心が気になる。
長年の魔法の効果の所為で、心を病んで無いといいのだが・・・

でもその心配はなさそうだ。
伯爵を見る限り、そんな雰囲気を感じない。
顔つきも健康そのものだしね。
それよりも伯爵がこんな事を言い出した。

「でも本当に良かった、長年患っていた片頭痛は本当に嫌だった。あれは常に悩みの種だった。それにずっと頭がはっきりしなかったんだ・・・靄が掛かったかの様な感じだったんだ。随分と視界がはっきりしたよ」
心は大丈夫みたいだ。
というより、このお店のチート能力で心まで治してしまっているのかもしれない。

そういえば以前リックが、
「なあジョニー、このお店に来ると心が落ち着くな」
と言っていたことがある。

俺はお店の雰囲気を褒められたのかと思っていたが、違うみたいだ。
勘違いだった様だ、ちょっと恥ずかしいぞ。
そうなるとお店チートの線が濃いな。
『アンジェリ』さん、あざっす!
とても助かってます。

シャンプー空けの、さっぱりした顔をした伯爵が、急に上機嫌に話しだした。

「そうだ!ジョニー店長よ。今回の件で褒美を取らそうと思うが、何がよい?」
はい?褒美?

「褒美ですか?」
急すぎて困るのだが?

「そうだ、そちの活躍は目を見張るものがあった。褒美を取らせて当然と言えよう。そうよな?ギャバンよ!」

「仰る通りかと」
軽く頭を下げるギャバンさん。
いきなりそんなこと言われてもなあ・・・
どうしようか?

「何でも好きに言うがよい!私に可能なことであれば何でも叶えてみせよう」
にっこり笑顔で言われてしまった。
これは困ったな・・・思いつかないな・・・
住宅ローンを肩代わりしてくれなんて言えないしな。
日本と異世界を混ぜ合わせてはいけない。
混ぜるな危険ってね。
それに褒美なんて貰った経験がないから、相場すらもさっぱり分からん。

「ちょっと考えてもいいですか?」
こう言うしかなかった。

「構わんぞ」
にしても、褒美を貰えるみたいだ。
どうしようか?
今は思いつかないな。
本当に困ったぞ。



イメチェンに満足した伯爵が喜んでいた。
相当気に入ったのか鏡をずっと眺めている。

「ほう!私にはこの髪形の方が似合う様だ。そうは思わんか?ギャバンよ!」

「お似合いで御座います」
ウンウンと頷くギャバンさん。
髪形は所謂長めのツーブロックだ。
トップとサイドが長めということ。
ツーブロック部分はしっかりと刈り込んでいる。
少々攻めてみた。
実際伯爵はよく似合っていた。
イケメンが際立っている。

おそらく伯爵は俺とたいして変わらない年齢だと思うが、見ようによっては20台に見える。
イケメンは狡い。
俺もこれぐらいイケメンだったらな。
羨ましいよ、全く。
お付きの者達の評判も良い。
メイドであろう侍女は目をハートにしていた。
後にこの髪形が伯爵ヘアーとして人気を博すのだが、この時の俺は知る由もなかった。
因みに俺も似た様な髪形をしている。

折角なのでもっと手を入れることにした。

「伯爵、整髪料は着けますか?」

「整髪料とな?」
おっと、知らないよね。
教えておきましょうか。

「整髪料とは髪形を整えたり、固定させる為に髪に塗布するヘアースタイリング剤のことです」

「ほう、よく分からんがお願いしよう」
折角だから気合を入れて、髪全体が浮かび上がる様にセットすることにした。
実は地味に手間が掛かる。
まあ伯爵の喜びようが嬉しくなったので俺も肩を回してみたということだよ。
俺も分かり易いよね。
要は簡単に調子に乗るし、煽てられれば頭に乗るってことだよ。
単純なんでね俺は。
この性格は今更変えられまへんがな。

使用したのはヘアースプレーだ。
櫛とドライヤーで形を作っていく。
これが結構大変な作業だ。
最後に髪全体にヘアースプレーを吹きかけながらドライヤーで固めていく。
伯爵の髪はそれなりに太くしっかりしている為、その様にセットした。
この髪質なら簡単だ。
よし、上手く纏まったな。
鏡越しにどうですかと目線で問いかける。

「おおー!」

「これは良い!」

「こんなセットが出来るとは・・・」
大満足の伯爵。
鏡に映る自分を嬉しそうに眺めていた。
決め顔をして楽しんでいる。
はいはい、イケメンですよ。
なんならスマホで撮ってあげましょうか?
しないけどね。
伯爵の様子をインスタに上げたらバズるかも・・・
止めておこう。
ここはふざけてはいけない。
この貴公子は誰だと騒がれた日には俺は日本に帰れなくなる。
おー怖!
止めておこう。

「伯爵様、若返りましたな」
ギャバンさんが感心していた。

「フフフ・・・」
満更でもない伯爵。

「ジョニー店長、その整髪料とやらを二本ほど頂こうか」

「ありがとうございます。シルビアちゃん準備して」

「畏まりました!」
シルビアちゃんがせっせと働いている。

「ではジョニー店長、またな。褒美の件、考えておくように」
念を押されてしまった。
隣でギャバンさんが深々とお辞儀をしていた。
こうして伯爵一行が帰っていった。
満足してくれて何よりだが、褒美は・・・
どうしようか?
要らないとは言えないよな?
本当に今はなにも思いつかない。
これはこれで困ったな・・・
はあ、参ったよ。