表情を豹変した伯爵が、頭を抱えて蹲りだした。
悶絶して床を転がっている。
これは只事ではない。
何が起こったってんだ?
嘘だろ?
あまりの出来事に誰もが固まっていた。
俺も身体がいう事を利かない。

「ああ!・・・頭が痛い!・・・ああ・・・ああ!」
伯爵は態勢を起こすと、今度は座り込んでしまった。
その表情は苦痛で歪んでいる。
相当な激痛なんだろう。
今にも泡を吹きそうだ。

警護兵とお付きのバトラーが慌てふためく。

「伯爵様!」

「どうなさいましたか?」

「何が起こって・・・」
誰も事態を把握出来ていなかった。
慌てふためいて、あたふたするばかりだ。
観衆達も身を固めている。

でも俺は何となくピンと来てしまった。
ははーん、もしかして・・・このお店のチート能力に当てられたか?
それ以外に何があるというのか・・・
フフフフフ・・・俺のお店は最強だからね!
最強美容院『アンジェリ』で合っているのか?
違うか?

「痛い!ああ・・・痛い!・・・ああ、でも・・・スッキリする様な・・・はあ・・・おお!・・・おおおおおお!!!」
そう叫ぶと急に立ち上がった伯爵。
辺り一面を眺めると、挙動不審に歩き回り出した。
表情は一変して健康そうな顔色に変わっている。
そして身体を伸ばしたり、肩を回したりしていた。
いきなりのラジオ体操?
何してんの?この人・・・

「ちょっと、あなた!どうしたってのよ?」
慌てふためくフェリアッテ夫人。
お付きの者達は呆気に取られていた。
何も出来ず微動だにしない。。

「ああ・・・はっきりしている・・・くっきりしている・・・おお!」
目を見開く伯爵。

「あなた・・・いったい・・・」
伯爵は俺を見つけると、ずかずかと歩み寄ってくる。
それなりのプレッシャーだ。
そしていきなり俺に向かって右手を指しだしてきた。
思わず握り返してしまった。
これは条件反射だ。

何も考えず右手を握り返していた。
その後、思った。
これでいいのか?
でも握っちゃったよな・・・

「ありがとう!ジョニーとやら!やっと頭がはっきりしたぞ!」
そうか・・・
やっぱりな、だと思ったよ。
長年患ってきたチャームの効果が消えたのだろう。
やっと頭がはっきりとしたに違いない。

「それにずっと続いていた片頭痛が治ったみたいだ、視界も明るいぞ!」
それはよかったね。
まあ、口にはしないけど。

俺はほくそ笑んでいた。
さて、どう料理していこうかな?
こうなってしまえばこっちの物だ。
こちらのターン、いらっしゃーい!



いきなりの出来事にフェリアッテ夫人は戸惑っていた。
でしょうね!
しめしめだ!
さあ、反撃開始だ!

「そうですか、それは良かったですね。どうやらチャームの効果が消えたみたいですね」

「・・・チャーム?」
不思議がる伯爵。
首を傾げている。

「はい、魅惑の魔法ですよ。知りませんか?」

「魅惑の魔法?・・・」
バトラー風の執事が隣に並んだ。
フェリアッテ夫人がしまったと顔を顰める。

「伯爵、聞いたことがあります、そんな魔法があるという事を」
凛と背筋の伸びたバトラーが答えていた。
このバトラー、存在感が半端ない。
何者なんだよ。

「そうなのか?ギャバンよ」

「はい、しかし希少な種類の魔法です。我らの抱える魔導士でも使えると聞いたことはありません」
顎に手を当てて、考え込んでいる。

「ほう、して、どうしてジョニーはそれを知っているのだ?」
当然の疑問だな。
お答えしましょう。

「どうしても何も・・・俺も掛けられましたからね、チャームの魔法を」

「なんだと?!一体誰に?!」
俺は無言でファリアッテ夫人を見つめた。
フェリアッテ夫人は目を見開く。
そしてその表情がどんどん崩れていく。

「何じゃ・・・ジョニーよ・・・」
この婆あ・・・まさか逃げるつもりか?
そうはさせねえよ!

「何じゃだと?しっかりと俺にチャームの魔法を掛けようとしてくれましたよね?!」
しらばっくれて右上を見ているフェリアッテ夫人。
ふざけやがって!

「そうだよな!眼鏡!」

「うう・・・」

「ううじゃねえ!眼鏡カチ割るぞ!はっきりと答えろ!」

「はいぃ!そうで御座いますー!」
やっぱりこいつはドMだ。
罵倒すればどうとでもなる。

「なんだと?」

「まさか・・・」
狼狽える伯爵とギャバンさん。

「間違いありませんよ、そうですよね?マリアンヌさん?」

「そうで御座います」
ここぞとばかりに胸を張るマリアンヌさん。
どうやら夫人に対して思う処があるみたいだ。
ここは乗っからなければと、他のフェリアッテ夫人のお付きの者達も俺の擁護に周った。
手の平返しとはこの事だ。

「そうでございます」

「夫人はチャームの魔法の使い手であります」

「仰る通りかと・・・」
血相を変えるフェリアッテ夫人。

「何を言っておる!お前達!わらわを裏切ると言うのか!」
凄んでいるが全員が目を合わす気はないみたいだ。

「伯爵様・・・これは・・・」
ギャバンさんが呟く。

「ああ・・・合点がいったな・・・」
どうやら思い当たる節があるみたいだ。

「その様ですね・・・」
伯爵がフェリアッテ夫人に向き直る。

「フェリアッテ・・・私のお前に対する愛情は偽物であったようだ・・・残念でしかたがない・・・」
視線が揺れるフェリアッテ夫人。

「そんな・・・」

「フェリアッテ・・・何年にも渡って私を操ってくれたみたいだな・・・その罪、決して軽くはないぞ」
膝から崩れ落ちるフェリアッテ夫人。

「・・・」
悲しみに染まった伯爵が告げる。

「・・・捉えよ」
伯爵は唇を噛みしめていた。
複雑な想いを噛み殺しているみたいだ。

その言葉に反応して、護衛兵達がフェリアッテ夫人を取り囲んだ。
立ち上がり、身構えるフェリアッテ夫人。
その眼はまだ死んではいない。
ゆらゆらと身体を揺らし、鬼気迫る表情をしている。

「ええい!わらわを捉えるじゃと?ちゃんちゃら可笑しわ!ナハハハハ!出来る物ならやってみせよ!」
この後に及んでまだ反抗の姿勢を見せるフェリアッテ夫人。
それなりの強心臓だ。
いや、もうこうなっては只のフェリアッテだな。
近づこうとする護衛兵に手を翳してフェリアッテが唱えた。

「チャーム!」
フェリアッテは勝気な表情を崩さない。
フェリアッテの眼が怪しく光る。
しかし、魔法は発動しなかった。
それはそうだろう。
このお店の中で魔法が発動できるとは思えない。
そんな事も分からないのか?
哀れだな。
これでフェリアッテがチャームを使えることが確定したな。
婆あめ!ハハハハハ!
チェックメイトだ!
その様を悲し気な眼で伯爵が眺めていた。

再び膝から崩れ落ちたフェリアッテは、後ろ手に縛られていた。
口だけは達者で、ギャーギャー騒いでいたが後の祭りだ。
警備の兵士に連行されて、フェリアッテは馬車に押し込まれていた。
一連の騒動に観衆のざわつきは収まらない。



はあ・・・やっと終わったな。
申し訳なさそうにモジモジしている伯爵。

「すまなかったな、ジョニーよ」
俺に対して頭を下げていた。
それをみて観衆がざわつく。

「ええ、ほんと疲れましたよ・・・」
これ本音です。
でもちゃんと頭を下げるとは、それなりの傑物だな。
偉そうな貴族様ではあるが、常識は持ち合わせているみたいだ。

「そうであったか・・・」

「まあ、これで俺も、このお店も安泰ということですね?」

「そうなるな・・・」

「ふう・・・もし良かったら、日を改めてお店にお越し下さい。美容院を堪能してみて下さい」
目線を挙げた伯爵。

「そう言ってくれるのか、ありがとう・・・」

「これも何かのご縁ですね」

「すまないな・・・では早速予約をしていこうか。ギャバン!後は任せる!」
こう告げると踵を返して帰ろうとする伯爵。
こうなってしまっては早くこの場から離れたいよね。
こう言ってはなんだが、俺としても早く帰って欲しい。
疲れてしまったのでね。

「ハッ!」
ギャバンさんが仰々しくお辞儀をしていた。
実に様になっている。

気さくに手を振ってお店を後にする伯爵。

「ではまたである!ジョニー!」

「「ありがとうございました!」」
俺はシルビアちゃんとハモっていた。
あれ?一瞬伯爵がライゼルに目礼したような・・・
気の所為かな?

にしても・・・やっと勝負がついたようだ。
それにしても、なんでこうなった?
怒涛の展開だったな。
疲れたー!



店内は活気に沸いていた。
賛辞と偉業を称える声が後を絶たない。
特に警護の冒険者達や、見学に訪れた者達が騒いでいた。
フェリアッテはこんなにも嫌われていたんだな。
そう改めて感じた。
そりゃそうか。
あんな身勝手な輩はこれまでに会ったことが無い。
それにしても・・・伯爵は可哀そうだな。
これまで向けてきた愛情は偽物で、ましてや子供までいるし。
この先フェリアッテと間の子供はどうなるんだろうか?
俺の知ったことではないが・・・
子供に害はないが、無理だろうな・・・
廃嫡もあり得るのかもしれない。
俺が心配することでもないか・・・

さて、ライゼルが期待の眼差しを俺に向けている。

「ライゼル・・・バーベキューコンロを用意しろ」

「よっしゃキター!おい、お前達準備するぞ!」
勝手知ったるライゼルが冒険者達を指揮っていた。
バーベキューコンロが庭先に並べられる。
そして先日ホームセンターで購入した、庭先用のテーブルがセットされた。
ライジングサンは手慣れた作業で火を熾す。
この炭も冒険者達の手に寄って揃えられていた。
どうやら勝手にライゼルが手を回していたみたいだ。
今日に関しては助かる。
無茶苦茶疲れたからね。
もう、動きたくないよ。

それにしてもライゼルは食事の事になると頭が周る。
現金な奴だ。
肉も野菜も元はと言えばこいつらが持ってきた物だ。
安上がりで助かるよ。

俺達はバーベキューを楽しんだ。
そしてワインがグビグビと飲まれている。
全員遠慮など皆無だ。
勝利の美酒は旨かった。
モリゾーに至っては、既に2本目を飲みだしている。
底なしかよこいつは。
ライゼルも良い感じで酔っぱらっている。
珍しくリックまでペースが速い。
そしてライゼルからリクエストがあった。

「ジョニー!サッ●ロ一番を食わせてくれ!」

「私も!」

「俺も!」

「おでも!」
ほぼ全員が手を挙げていた。
身体に鞭打って最後の仕事をしましょうかね。
こうなると飯盒でちまちまとは作っていられないな。
ここは荒業に出るしかない。

「味は何がいいんだ?塩か?味噌か?」

「うーん、俺は塩!」

「私は味噌!」

「俺は塩!」
次々と要望が伝えられてくる。
聞くんじゃなかった・・・
間違ってしまった。

「よし、ここは両方を混ぜてしまおう!」

「おお!」

「そんな事が可能なのか?」

「あり得ねえ!」
これは一人で食べる分には出来ない芸当だ。
複数人で食べるからこそ出来る技だ。
そしてサッ●ロ一番は、塩と味噌を混ぜた味が一番旨いと俺は感じている。
少々贅沢だけどね・・・今では無理だが、20代の頃にはガッツリ食べたい時には時々行っていた。
若気の至りだな。
俺は鍋を準備して袋ラーメンをふんだんに作った。
簡単で助かる。
さあ食ってくれ!

「旨い!」

「最高!」

「深みのある味わい・・・」

「こんな旨い物がこの世にあったのか・・・」

「幸せの香り!」
やっぱりサッ●ロ一番は最強だな。
異世界でも通じる様だ。

こうして激動の一日は幕を下ろした。
明日は休みにしたい気分だ。
でも予約が入っているからそうともいかないんだよね。
人気店の悩みだな。
なんてな。
はあ、にしもて本当に疲れたよ。