ここからは放置時間になる。
さて、次のサービスを開始しましょうかね。

「そろそろ放置時間になります、お客さんにはお飲み物をお出ししているのですが、何か要望はありますか?」

少し躊躇ったマリアンヌさんであったが、
「でしたら、コーヒーという物を飲んでみたいです」

「いいですよ」
おそらくこのお店に来た事がある髪結いさん達からコーヒーの事を聞いていたのだろう。
他にもこのお店に来た客からは、コーヒーの噂を聞いたというお客が多かったからね。

「準備しますので少々お待ち下さい」

「はい」
俺はカラー剤を塗り終えて、シルビアちゃんにコーヒーを淹れる様に頼んだ。
シルビアちゃんがてきぱきとコーヒーの準備に入る。

「ここからは時間を置きます」

「分かりました、因みにこれは何を塗って貰ったのでしょうか?」

「それは・・・後で教えますよ。お楽しみってね」

「まあ」
マリアンヌさんは笑顔だ。
随分打ち解けてくれたみたいだ。
会話が上手く嵌ったようだ。

数分後、シルビアちゃんがコーヒーを持って来てくれた。
それにしても外野が煩い。

「なんじゃこの匂いは?」

「和む香り・・・」

「おっ!コーヒーだな!」
この声はライゼルだな、あいつの我物顔が浮かびそうだ。

「ジョニーよ、わらわにもそれを寄越せ!」
フェリアッテ夫人が偉そうに命令してきた。
はあ・・・ほんとに世話が焼ける。
俺は衝立から顔を出すと。

「嫌です!・・・」
と強めに言い放った。

「何でじゃ!」
俺は無言でフェリアッテ夫人を睨みつけた。
本当は中指を立ててやりたい。
お行儀が悪いからしないけどね。

「クッ!・・・まあよい!」
俺の無言のプレッシャーに屈した様だ。
婆あが、お前には絶対にやらねえよ!
コーヒーを飲んだマリアンヌさんが声を漏らした。

「不思議な味です、ほろ苦く・・・そして深みのある味・・・」
言いたいことは分かるよ。

「これが癖になるんですよね」

「分かる気がします」

「ですよね、もしよかったらこちらも入れてみて下さい。まろやかになってもっと飲みやすくなりますよ。入れ過ぎには注意です」
俺はコーヒーフレッシュを手渡した。
受け取るとマリンヌさんがゆっくりとコーヒーフレッシュを淹れる。

「それぐらいですね」
マリアンヌさんはスプーンを手に取って掻き混ぜている。
そして一口含む。

「ん?・・・これは・・・飲みやすい・・・美味しい・・・」
満足した顔をしていた。
よかった、口に合ったみたいだ。
俺は断然ブラック派だが、女性は甘みがあった方がいいだろう。

そうこうしていると、放置時間が過ぎた。
カラー剤を洗い流すためにマリアンヌさんをシャンプー台に誘導する。
洗い流すのはシルビアちゃんに任せた。
するとフェリアッテ夫人がシャンプー台に近づいてきた。

俺は制止せずに外っておいた。
髪を洗い流すぐらいは見せてやっても構わない。
それにシルビアちゃんの技術だしね。
すると、真面目な表情を浮かべたフェリアッテ夫人が質問を投げかけてきた。

「これは何と言う魔道具なのじゃ?」

「これはシャンプー台です」

「シャンプー台・・・はて?聞いたことがないが、これが例のお湯のでる魔道具か・・・なるほど・・・」
シャンプー台を繁々と眺めていた。
フェリアッテ夫人も腐っても髪結いさんなのだろう、施術が気になってしょうがないみたいだ。
シルビアちゃんが我関せずにカラー剤を流すのに集中していた。
それでいいよシルビアちゃん。
グッジョブです!
集中集中!

そしてカラー剤を流し終わったマリアンヌさんを、シルビアちゃんがオゾンマシーンに誘導する。
オゾン装置に繋がったキャップをマリアンヌさんの頭に被せる。
シルビアちゃんがスイッチを入れた。
するとオゾンの特徴的な臭いがお店に充満する。

「ん?この匂いは・・・」

「何とも言えない匂い・・・」
騒ぎ出すフェリアッテ一同。
いちいち煩い外野だな。
黙ってろっての。
さて・・・オゾンが終わったら・・・
これは見物だな。



オゾンの時間は10分だ。
この10分間に起きた出来事を話すと、無遠慮にお店の部屋の扉を開けようとするフェリアッテ夫人を冒険者達がガードしていた。
いい加減呆れたバッカスさんが、フェリアッテ夫人に苦言を呈していた。

「御夫人、興味があるのは分かりますが、止めて下さい。ここはジョニーのお店です。あなたのお店ではありませんよ!」

「ギルマスよ、そうは言うが直にこのお店はわらわの物になるのじゃ、良いであろう?」
眉を潜めるバッカスさん。

「何を根拠にあなたの物になると?勝負はついてませんよ、それに仮にジョニーが勝負に負けたとあっても、このお店があなたの物になるなど約束に含まれておりませんが?」
不敵に笑うフェリアッテ夫人。

「フフフ・・・アハハハ!・・・甘い甘い!この三日間わらわが何もせずに只時を過ごしていたと?何も準備を行っていなかったとでも?」

「・・・それは・・・どういうことですか?」
身構えるバッカスさん。

「ハハハハ!直に分ろうものよ!」
これは聞き捨てならないな。
なにかしらフェリアッテ夫人はこのお店を我物にしようと画策していたということか?
ふざけやがって!
畜生!
何をしやがった!
これはいけない。
今は考えても仕方がない・・・今は勝負に集中しよう。
糞う!
気になる!



マリアンヌさんは随分と若返っていた。
その姿を見て、店内に動揺が走っている。
観衆や審査員がざわつく。
俺はそれを尻目に眺めながらも施術の続きを始める。
まだ俺の施術は終わってなんていない。
ここで終われるかっての。
まだまだ手は緩めないからな!
完膚なきまでに叩きのめしてやる!

マリアンヌさんは髪をまだ乾かしていないが、濡れ髪でもその風貌だけで充分に分かる程に若返っていた。
髪が黒色になっており、白髪が無くなっていたのだ。
俺が行った施術は所謂白髪染めだ。
これだけで見た目は10歳は若返る。
特に白髪染めはね。
他のカラーとはちょっと意味合いが違う。
要らない化粧が無ければもっと若返って見えただろう。
鏡を見たマリアンヌさんは絶句していた。
嬉しい反応だ。
思わずにやけそうになるが、まだ早い。

俺はここで終わらない。
白髪染めだけではまだまだ甘い。
これは初手と言える。
俺は10歳以上は若返えらせると言ったのだ。
これだけでも充分とも言えなくもないが・・・ここで終わってしまっては美容師の沽券に関わる。
もっとやれることは沢山ある。
まだまだ手は止まらないのだよ。



次に取り掛かったのは化粧を落とすことだった。
マリアンヌさんに話すと嘘でしょ?という顔をされた。
気持ちは分かる。
彼女にとっては訳が分からない行為だろう。
折角若返って見えているのに、老けてどうする?とでも考えているに違いない。
でもそこはちゃんと説明をしておいた。

それは、
「今の化粧はマリアンヌさんにいまいちマッチしていません、俺が化粧を施します。今よりもあなたに合ったものにね」

「そういうことですか」
マリアンヌさんは一気に期待値が上がったみたいだ。
期待の眼差しで見つめられてしまった。
マリアンヌさんは嬉しそうに笑顔になっている。
女性の美への渇望は凄い。
その欲望は深海よりも深いだろう。
女性の美意識を舐めてはいけない。
美しくなる為になら何でも行うだろう。
白雪姫の魔女がそうであった様に。
美しくなる為には他者の命すらも手に掛けるってね。
おー、怖!



さて俺流のメイクを始めようか。
先ずは要らないメイクを剥がしていこうか。
彼女にはこのメイクは合っていない。
取り繕う様なメイクであって、それは彼女の個性には全くマッチしていない。

要はくすみやそばかすを消しているだけのメイクだ。
今時の中学生でもこんなメイクはしないぞ。
色の濃淡を全く理解していない。
しょうがない、ここは教えてやろうか。
プロの腕の一端をね!



先ずはクレンジングを行う。
因みに教えておくと、洗顔は汚れを落とすのに対して、クレンジングは化粧を落とす物だ。
クレンジングを選ぶ基準は、オイルとクリームとジェルがあり、他にも数種類ある。

もう少し説明すると、オイルはメイク落ちがよくて、比較的すっきりする。
クリームはメイク馴染みが良く、突っ張りにくい。
ジェルは摩擦が抑えられる。
そんな特徴を持っている。

そして今回はオイルを選択する。
その理由はマリアンヌさんの化粧は濃いめだからだ。
俺は一度シャンプー台にマリアンヌさんを誘導し、髪をヘアゴムで束ねて貰ってから、クレンジングをして貰った。
洗ってあげる事も出来るが、本人に分かって欲しとの想いもあってそうした。
それにここは美容院であって、エステでは無いからね。

マリアンヌさんはすっきりしたとご満悦だ。
そしてマリアンヌさんはこんな事を言い出した。

「ジョニー店長、もう見られても大丈夫です」
どうやら気が変わったみたいだ。
たぶん髪色が変わったから気持ちが変化したのだろう。
若返った自分を見て欲しいと思ったのかもしれないな。
俺はシルビアちゃんに衝立を片付ける様に指示を出した。
一瞬シルビアちゃんは俺の指示を本当ですか?と疑ったが、指示に従ってくれた。
俺に全幅の信頼を置いてくれているのだろう。
なんてありがたい子だろうか、とても助かるよ。

「分かりました」

シルビアちゃんは元気よく答えて衝立の片づけを始めた。
ライゼル含め、数名の冒険者達も手伝っている。

「あら?見せて貰えるのかしら?」

「これは学ばなければ・・・」
髪結いさん達が反応する。

フェリアッテ夫人に至っては、
「やっとか!待ち詫びたぞ!オホホホホホ!」
偉そうに振舞っている。

この婆あはなんでここまで余裕なんだ?
マリアンヌさんの若返りを見ても一切の動揺を感じない。
どこまで経っても上から目線は変わらない。
俺には到底分からない。
なんでこんなにも他者を下に置こうとするのか。
そんなに他者を屈服させて、何が面白いというのか?



カット台に誘導してからヘアゴムを解いて、ブローを行った。
見学者の数名が既に反応している。

「凄い・・・やっぱり若返っている・・・」

「白髪が無くなっている・・・」

「ほう・・・これは・・・勝負あったか?」
フェリアッテ夫人は悔しがるかと思ったが、やはりそうでも無かった。
何かしらの謀略で余裕があるという事だろうか?
このブローを髪結いさん達が食い入るように眺めている。
俺はブローを終えて、メイクの準備を始めた。
さあ、ここからが本番だ!