約束の3日後を迎えた。
お店を遠巻きに人々が集まってきていた。
野次馬が無遠慮に集っている。
こんな事になるだろうと、マリオさんには屋台を出しませんかと声を掛けておいた。
マリオさんはノリノリで屋台を出していた。
何を販売するのかは俺は知らない。
お店の庭先の前の道路脇で、マリオさんは屋台を準備していた。
放置する訳にもいかず、俺は挨拶に訪れた。

「マリオさん、おはようございます」

「ジョニー店長おはようございます、この挨拶はマリオ家では定番になりましたよ」
マリオさんはニコニコしている。

「へえー、そうなんですね」

「して、ジョニー店長、今日は大丈夫なんでしょうか?」
心配の表情で見つめられてしまった。

「ええ、任せてください!」
俺は胸を張ってみせた。
絶対に負けませんて!
勝ちしかない!

「やっぱりジョニー店長は一味違う、相手はあのフェリアッテ夫人だというのに、一歩も引いていない」

「貴族かなんだか知りませんが、俺は横暴な輩は許しませんので」

「これは心強い!」
マリオさんは笑っていた。

「では屋台頑張ってくださいね」

「ありがとう御座います」
頭を下げるマリオさんに手を振って、俺はお店に戻った。
さあ、スイッチを入れようか。
美容師モード発動!ってね。



先ずは商人ギルドからの来客があった。
ギルドマスターのバッカスさんに、ミヤさんも居た。
他にも数名。
この人達は今回の審査員となる人達だろう。
バッカスさんは信頼のおける者達を集めると豪語していたから問題無いだろう。
全員が商人の風貌をしていたがそこは問われることではない。
バランスよく年齢、男女が分かれていた。
こういった細かい事もギルドマスターのバッカスさんの手配によるものだ。
流石はギルマス。
見た目とは打って変わって、詳細にも気を配れるみたいだ。
大変ありがたい。
本当はわざわざ足を運んでくれたので、お茶ぐらいは振舞いたい。
でも今回は止めておいた。
こういった些細な事も、後で突っ込まれては敵わないからだ。
始めて会った時のタックスリーさんではないが、審査員を取り込むつもりか、なんてフェリアッテ夫人に言われかねない。
ここは堪えるべきだろう。
それにしても審査員であろう商人達は、店内を目を皿のようにして見学していた。
商人魂が騒ぎ出したのか?
程々にしてくださいね。
今日はお店のお披露目に集まって貰った訳ではありませんのでね。

そして約束の時間から1時間遅れてフェリアッテ夫人と取り巻き、そしてドM眼鏡とあの壮年の女性メイドさんがやってきた。
わざと遅れてきやがったなこいつら。
こんな事で俺を苛立てることが出来るとでも?
想定内でございますよ。
宮本武蔵じゃあるまいし。
心構えは出来てるっての。

早速フェリアッテ夫人は偉そうにしている。
腰に手を当てて、俺のお店を繁々と眺めてにやけている。
物色でもしているだろう。
お前には何にもやらねえよ。
塵一つもな!

「ジョニーよ、来てやったぞ!オホホホホホ!このお店がわらわの物になるのか!」
扇子で口元を隠してほざいている。
この婆あ・・・今回の対決にはお店は関係ないだろうが!
坊主にしてやろうか!
おっと、これはいけない・・・冷静になるんだ俺よ・・・こんな簡単な挑発に乗ってはいけないな。
俺の心構えはどこへいった?
それにしてもほんとにこの婆あは癇に障るな。
たぶん俺は横暴な輩が許せないんだろう。
理不尽には抵抗したい。
俺ってそんなに反体制側だったのか?
我が事ながら少々意外だ。
否、理不尽が許せないのだろう。

壮年の女性を見ると、その顔には初めて見た時とは全く違う印象を受けた。
なんと化粧をしていたのである。
やられた!・・・まあ、許容範囲内だけどね。
簡単にはやらせないということか。
相手も手ぶらでは無いようだ。
相応の準備はしてきたよと。
まあこちとら、そもそも舐めて掛かる気はないんでね。
だから?という程度である。

前に出てきたバッカスさんが場を取り仕切る。
ギルマスともなるとこんな事も手慣れているのだろう。
通常運転感がある。
全員がバッカスさんに注目し、押し黙っている。
ギルマスは頼りになるなあ。

「これより、美容院『アンジェリ』のジョニー店長による、若返りの施術を行う!この勝負でジョニー店長が勝った暁には、ジョニー店長は美容師として認められる!」
店外から拍手が巻き起こった。
随分と人が集まったみたいだ。
店内の様子が少しでも見える様にと、入り口の扉は開かれた儘だ。
そうしたのは理由があり、人の眼に少しでも晒した方が良いという考えからだ。
あちらさんが何を仕掛けてくるか分からないからね。
人の眼に晒した方が、そんな小細工もしずらいということだよ。

「いいぞー!ジョニーやっちまえ!」

「遂に始まったぞ!」

「ワクワクするだで!」
観衆が騒いでいた。
ていうか、サンライズ・・・お前達ちゃんと仕事しろよな!
仕事しないと報酬の飯は食わせねえぞ!
特にモリゾー!お前警護してねえだろ!
観客になってんじゃねえか!

バッカスさんが続ける。

「では施術を受けられる方はどちらかな?」
分かってはいるのだろうが、観衆に分かり易くしようといった処か?
少々芝居がかっているけどね。

「私で御座います」
申し訳なさそうに壮年の女性メイドが手を軽く上げた。

「ではこちらに」
誘われるが儘にバッカスさんの隣に立ったメイドの女性。
全員の注目がメイドの女性に集まっている。
メイドの女性は注目を集めたくは無いのだろう、居心地が悪そうだ。
下を向いて押し黙っている。
ちょっと可哀そうだ。
でもこうして貰わないと対決にならない。
あと少々の辛抱ですよ。
我慢して下さいね。

「では審査員の方々、こちらの女性をよくご覧ください」
審査員は全員で7名。
審査員がまじまじと壮年のメイドさんを眺めている。
商人風の審査員達が目を細めていた。
顎に手を置いている者もいる。
これは審査なのだ、全員遠慮など無縁の行為だ。

「お名前は何と仰るのかな?」
バッカスさんが場を回す。

「わ、私はマリアンヌ・レジアスと申します。この様な大役を受け賜わり、光栄に存じております」
マリアンヌさんはガチガチに緊張している。
そりゃあそうだよな。
こんな観衆の眼に晒されることなんてまず無い事だろうし。

「マリアンヌさん、因みにご年齢は?」

「齢48になります・・・」
消え入りそうな声で答えていた。
辛い思いをさせて申し訳ないが、ここは辛抱して貰おう。

「ほう」

「なるほど」

「そうには見えんが・・・」
おそらく審査員には見た目としてはもう少し若く見えているのだろう。
化粧の効果だろうと思う。
40台前半と言われても不思議ではない。
実際に現段階での見た目年齢の平均は46歳であった。
それが集計して観衆に告げられた。

だが・・・俺から言わせると化粧が濃すぎている。
さて、どう料理しようか?
プランは既に出来上がっている。
でもここは少々手直しが必要だな。
もっと若返らせてやる!
美容師の本気を見せてやるよ!
さて、ショーの始まりだ!
イッツア、ショウターイム!ってな。

「ではジョニー店長の施術を開始します、誰も邪魔をしない様に。よろしいですかな?」
バッカスさんは全体を見まわした後にフェリアッテ夫人を見定めた。

「ふん!」
フェリアッテ夫人はそっぽを向いている。

「ではジョニー店長、開始!」

「さて、始めようか!」
俺は早速マリアンヌさんをカット台に誘導した。
マリアンヌさんは緊張でシドロモドロだ。
そうなるよね・・・ごめんね。

「こちらにお掛けください」

「はい・・・」
マリアンヌさんは緊張で未だガチガチだ。
そこにそれとなく声を掛ける。

「そりゃあ緊張しますよね?でもここは楽しみましょう。せっかくこれから若返るんだから」

「そ・・・そうですね・・・」
俺の発言が意外だったのか、マリアンヌさんはびっくりして俺を見つめていた。

「こんなに大勢に見られたら嫌ですよね?」

「それは・・・まあ」
よし、言質は捕ったぞ。

「シルビアちゃんいいかな?」

「はい!」
元気よくシルビアちゃんが答える。
そして衝立が並べられた。
ライジングサンのメンバーも手を貸している。

「ちょっと待つがよい!何をしておるのじゃ!」
フェリアッテ夫人から早速いちゃもんが入る。
はいはい、言ってろ。

「なんですか?お客さんの要望に応えただけですが?」

「それでは見えんではないか?」

「見える必要がどこにあると?」

「それは・・・」
フェリアッテ夫人が苛立った表情を浮かべる。

「美容師はお客さんの要望に最大限に答えるんですよ、髪結いさんとは違うということですね」
敢えて嫌味を言ってやった。
こんなのは序の口ですよ。

「クッ!・・・まあよい・・・」
観衆が眺めている手前では騒ぎ立てることは憚られるということなのか、フェリアッテ夫人は矛を収めた。
もっと食い込んでくるかと思ったが、まあいいだろう。
多少は空気を読めるみたいだな。
よしよし。
勝負は始まったばかりだ。
俺は不要な考えを脇に置いて、マリアンヌさんの髪の毛に集中した。



俺の施術を簡単に見せるかよってな!
先ずはこっちのペースに巻き込んだな。
幸先は良好って話だ。
想定通りだ。

「シルビアちゃん、よろしく」

「はい!準備します!」
俺はマリアンヌさんの髪に触れて、髪質を確認する。
なるほど・・・これは簡単に染まりそうだ。
髪形は髪が肩よりも少し長め、白髪交じりの髪が年齢を感じさせる。
前髪は作っておらず、癖もほとんどない。
要約すると施術を施しやすい髪だ。
本当は幼く見せる為に前髪を作りたいが、ハサミを使えないので控えなければならない。
勿体無いな。
まぁそれぐらいハンデがあっていいでしょう。

俺はマリアンヌさんの首にタオルを巻き、クロスに袖を通して貰ってからカラーを始めた。
若返りといったらこれでしょう。
先ずは顔と髪の境に保護クリームを塗っていく。
顔の輪郭に沿って丁寧に。
これはカラー剤が皮膚を染めない様にする為だ。
無くても良いとは思うが念の為にね。

手袋を嵌めて、刷毛と櫛を用意する。
そしてカラー剤をシルビアちゃんから受け取り、髪に塗っていく。
俺は小声で会話を始めた。
それには意味がある。
少しでもリラックスして貰う為だ。
俺は只の話好きでは無いから勘違いしないでくれよ。
これは美容師の処世術である。

「マリアンヌさんは髪結いさんなんですか?」

「はい・・・」
鏡越しの会話だ。
美容師になった頃には、これに慣れるのに結構時間が掛かった。
というのも、人の顔は左右対称ではない。
鏡越しに映る顔には違和感を感じるのだ。
特に正面からよく見ている顔となると尚更だ。
時折あんた誰だ?と言いたくなるぐらい違和感を感じることもあるのだ。

「リラックスして下さいね、ちゃんと若返らせてみせますからね」
俺は気楽に声を掛けた。

「ええ・・・」
マリアンヌさんは困った表情を浮かべていた。
俺はそれに構わずに会話を続ける。

「マリアンヌさんは髪結いさん暦何年目なんですか?」

「私は・・・答えていいのやら・・・」
どぎまぎとしている。
やっぱりな・・・なにかしらフェリアッテ夫人からおうせ遣っているのだろう。
だと思ったよ。

「ほう・・・もしかして、フェリアッテ夫人から話すなと言われているんですか?」

「・・・」
無言で答えていた。
だろうね。
でもそれでは面白くもなんともない。
さてジョニー劇場の始まりだ!

「だと思いましたよ、でも安心して下さい・・・これぐらいのボリュームであれば、ほとんど聞こえていない筈ですよ」

「でしょうか?・・・」
不安げな表情を浮かべている。

「はい・・・ちょっと試してみますね」

「え?」
動揺するマリアンヌさんを無視して、俺は絶対にフェリアッテ夫人が反応する言葉を発した。

「フェリアッテ婆あ・・・」

「・・・」
二人で耳を欹てる。
マリンヌさんも興味深々だ。

「ね、聞こえてないですよね?」

「そのようです・・・」
胸を撫で降ろすマリアンヌさん。
どうして会話が聞こえないのか?
答えは簡単だ。
今日はいつもよりもBGMのボリュームを上げているんだよ。
少々耳障りなぐらいにね。
これで遠慮なく会話が出来る。

「せっかく若返るのに不精面では余りにもったいないですよ」

「・・・ですかね?」
遠慮気味に答えるマリアンヌさん。

「勿論ですよ」

「ウフフ・・・」
やっと笑顔になったマリアンヌさん。

「ジョニー店長は変わっていますね、面白いです」

「ん?」

「あのフェリアッテ様に噛みつくなんて・・・」
ああ、それね。

「それは・・・俺は許せないんですよ・・・自分の立場に物を言わせて傍若無人に好き勝手する輩がね」

「・・・」

「でもフェリアッテ夫人は俺から言わせると可哀そうな人なんです」
意外そうな顔をするマリアンヌさん。

「それは・・・」

「彼女の生い立ちは知りません・・・でも・・・恐らく愛情を受けて育ってこなかったんでしょうね。余りに人情味が無い」

「・・・」
マリアンヌさんは目線を落として何かを考えている様子。
ここは話を変えようか。
心の距離を詰めておきたい。

「因みにマリアンヌさんはお子さんは?」
会話はスムーズに進んで行く。

「はい・・・二人おります・・・長男は王城の兵士をしております。長女は商店に嫁ぎました」

「へえー、では安泰ですね」
少し首を傾げるマリアンヌさん。

「そうとは言えません・・・」

「それは?」
会話をしつつも手の動きは止めない。
髪の根元から髪先へとカラー剤を塗っていく。
髪全体に満遍なく。
刷毛を使って入念に。
その後塗り残しが無いようにクロスチェックを行う。
チェックが終わったら櫛と手で毛先を馴染ませていく。

「長女が嫁いだ先の商店はいまいち芳しくないみたいなんです」

「それはどうして?」

「食事を販売する露天商を行っているようですが・・・売れ行きがいまいちらしくて・・・」
冴えない様子のマリアンヌさん。

「ほう・・・因みに何を売っているのでしょうか?」

「それは・・・肉の串物を販売しています」

「なるほど・・・だったら俺が手を貸しましょうか?」
いくらでも手は貸せそうだ。
この世界の食事レベルをだいたい俺は既に把握できている。

「それはどういうことでしょうか?」

「こう見えて実は料理が得意でしてね。この国では無い調理法なども知っていますので、何かいいアドバイスができるかもしれないですよ」

「それはありがたい」
マリアンヌさんがパッと明るくなる。

「まあ気が向いたら娘さん含めて、お婿さんとお店に遊びにきてください」

「いいのですか?」
遠慮気味に答えるマリアンヌさん。

「全然構いませんよ、これは俺の趣味みたいなものですので、お構いなく」

「ではお言葉に甘えさせて頂きます」
マリアンヌさんは軽く頭を下げた。
さて、これでいいだろう。
俺は髪全体にカラー剤を塗り終えた。