その時は突然訪れた。
営業時間内であるにも関わらず、土足でづかづかと奴らは踏み込んできた。
髪結い組合の手の者達だ。
迷惑な話である。

「美容院『アンジェリ』の丈二・神野!これを!」
女性三人組が勢いよくお店に雪崩れ込んで来る。
そして一枚の書状を俺に無理矢理押し付けてきた。
この三人の内二人は見覚えがある。
カットを受けに来ていた髪結いさんと思わしき人物だ。
毅然とした態度で俺の前に並んでいた。

遂に来やがったか・・・
面倒臭えなあ。
と言うのが本音だ。
でもお客さんの前だからそんなのは微塵にも感じさせない態度で接する。

「必ず来るように!」
真ん中に位置どる神経質そうな女性が叫んでいた。

「はあ・・・」
しょうがないので書状を受け取ることにした。
だって受け取らないといつまでも居座られそうなんだもん。

「では!」
三人組は踵を返して立ち去っていった。

突然の事に数名のお客さんが戸惑っている。
そりゃあそうなるだろうな。
俺も戸惑っているしね。

「すいません、驚かせてしまったみたいですね」
突然の出来事に謝っておいた。
俺が悪い訳でもないのだけれど。

「いや、大丈夫だが。何だったんだい?」
カットを受けている冒険者の男性が問いかけてきた。

「私にもちょっと分かりませんね、何でしょうか?」

「ジョニー店長、よろしいですか?」
シルビアちゃんが書状を受け取りにきた。

「ああ、頼むよ」
俺にはこの世界の言語は読めないからね。
勉強中ではあるけども、なかなかこれが難しい。
だって辞書すらないんだもん。
あったらもう少しは益しだと思うけどさ。
いまはどうでもいいか。

一読して身構えるシルビアちゃんが、怪訝な表情で読み上げる。

「美容院『アンジェリ』店主、丈二・神野、三日後の夜の8時に髪結い組合会館に出頭する様に、髪結い組合会長、フェリアッテ・ルミ・ベルメゾン」
店内に何とも言えない空気が流れる。
出頭って、俺はしょっ引かれるってか?
俺は悪事に手を染めた覚えはないぞ。
でも確かその名前って・・・

「店長さん、終わったな」
無遠慮に冒険者の客が呟いた。

「終わったとは?」
何がだよ?

「だって差出人はあのメイデンの領主ベルメゾン伯爵の第二夫人だろ?」

「みたいですね」

「みたいですねって・・・店長さんも呑気だねぇ」

「そうですか?」

「でもジョニー店長、どうするんですか?」
心配そうにシルビアちゃんが俺を見つめる。

「どうも何も、呼ばれる理由に心当たりは無いからなあ。まあでも行くしかないのか?」
バックレてやろうかな?
それが一番得策ってね。

「無視するのは得策ではねえな」
あれ?バレた?

「ですかね?」

「だってあのフェリアッテ・ルミ・ベルメゾンだぜ」

「・・・」
はあ、面倒臭い。
もうなんなんだよフェリアッテってよう。
この後この事が噂になっている事を俺は知る由もなかった。
この街の全員が知っているのでは?と言うぐらい話は広まっていたみたいだ。
この世界は噂が広まるのは早い様です。
皆さんお暇な事ですね。
娯楽が足りて無いのかな?



ライジングサンの面々がまた無遠慮に遊びに来た。
今日は珍しくこの世界の野菜を持参して来ていた。
この世界の野菜は呼び名こそ違っているが、日本の野菜とほとんど変わらない。
大根・玉ねぎ・人参・ジャガイモ・ピーマン・トマト等々。
大体は揃っている。
肉を大量に貰うより、こちらの方がありがたい。
今日は野菜炒めでも作ろうかな?
ポトフもいいかも?

メイランが夕方にカットの予約が入っていたからお迎えがてらか?
否、遊びに来ただけに違い無いな。
まあ別にいいけど。
そろそろ晩飯に金を取ろうかな?
いいよね?

「ジョニー聞いたぞ!」
ライゼルである。
煩さ!ボリュームを考えろよな。

「何をだ?・・・」

「何をだって、遂に髪結い組合に呼び出されたらしいなお前」
珍しくライゼルが本気で心配しているみたいだ。
神妙な表情を浮かべている。

「ああ、そのことか。って、なんでライゼルが知ってるんだ?」

「はあ?噂になってるぞ!お前知らないのか?」
随分真剣だな。

「噂って・・・何だそれ?」

「お前なあ、大丈夫なのか?」
だかららしく無いっての。

「大丈夫も何も、俺には呼び出される心当たりがないんだけどな」

「とは言ってもな、相手はあのフェリアッテ・ルミ・ベルメゾンだぞ?」

「なあ、そもそもそのフェリアッテ・ルミ・ベルメゾンなんだが、そんなに身構える相手なのか?俺には分からんぞ」

「ジョニー・・・お前はこの国の出では無いから知らないだろうが、フェリアッテに関しては知らない奴はいない程その悪名は知れ渡っているんだぞ」

「悪名ねえ・・・」

「何より先ずはその出世欲ね」
メイランが割り込んできた。
これは珍しい。

「出世欲?」

「そうよ、髪結いさんが伯爵の第二夫人に上り詰めるなんて、前代未聞のことなのよ」
メイランはカットした髪が気に入ったのか、手櫛を通しながら話していた。

「ほう」

「確かに髪結いさんで王家に嫁いだ者や、貴族に嫁いだ者は居るわ、でもその扱いは殆どが妾でしかなくて、夫人に名を連ねるなんてなかなか無い事なのよ」

「へえ」
という事はそのフェリアッテは大出世したということなんだな。

「それだけではないわ」

「と言うと?」

「そもそもその第二夫人になったのには逸話があってね」

「逸話?」
なんかきな臭いねえ。

「そうよ、フェリアッテは髪結いを行う時に、媚薬を用いて伯爵を誘惑したということらしいわ・・・」

「はあ?媚薬?」

「なんで媚薬なんて物があるんだ?」

「それは魔法よ」
都合の良い事だよな。
魔法・・・何でも叶える魔法ってか?
俺の夢も叶えてくれよ。
俺の夢は日本で美容院を経営することです!
神様聞いてます?

「媚薬なんて作れるんだな」

「そういった魔法に長けた魔術師にとってはお手の物らしいわ・・・とは言ってもそんな物を入手するには相当のお金かコネが必要だけど」

「へえー」
でもそんなのって簡単にバレるんじゃないか?
効果も一時的だろうし。
永続的に効果のある媚薬なんて想像つかないけどな。
ほんとにあるの?

「それだけじゃなくて、性格もきついみたいなのよ。メイドを何人も首にしたとか」

「そうか」

「後継者争いは白熱しているみたいよ」
まだあるの?

「はあ・・・」

「第一王子に毒を盛ったとか、刺客を放ったなんて噂もあるのよ」

「マジかよ?」
それはちょっとやり過ぎじゃないですか?
怖いんですけど・・・

「噂の真意は定かではないけどね」
メイランも饒舌だな。
同じ女性として想う処があるのだろうか?

「なんにしても、行くしかないみたいだな」
全員が神妙な面持ちをしていた。
まあどうにかなるだろう。
俺はお気楽過ぎるのだろうか?



俺はお気楽ではあるのだが。
まだいまいち分かっていない異世界の。
さっぱり知らない人に呼び出されて。
ノーガードで向かっていくほどお気楽ではない。
呼び出してくれたようですが何か?という訳にはいかないだろう。

その為、それなりの問答を考えておこうと思う。
前提として全てが想像でしかないから、あくまで最終的にはアドリブになるのは否めないが。
ここはしょうがないだろう。

先ず相手さんは髪結い組合の会長兼メイデン領主の第二夫人。
フェリアッテ・ルミ・ベルメゾンだ。
呼ばれた先が髪結い組合会館となれば、間違いなく髪結いの話だろう。
即ちカットに関する話になると思う。
それに聞く処では第二夫人は元髪結いさんだ。
カット技術が気にならないとは思えない。
俺も日本の同業者の腕前は気になる。
時にユーチューブで閲覧することもあるぐらいだ。

おそらく数名の俺のカットを受けた髪結いさんから、俺のカットの話は聞いている筈だ。
まさかダイレクトに切り方を教えろとは言ってこないとは思うが、あり得るかもしれないな。
まあ教えないけどね。
俺の積み重ねてきた技術をそう安々と教える訳にはいかないな。
家の従業員になると言うなら話は別だが。
本当に知りたいならカットを受けにこればいい。
その時は一客として迎え入れよう。
是非見て盗んで下さいってね。
まあ無理でしょうけど。

もしかしてこの場で髪を切ってくれなんて言われるだろうか?
カット道具を持ってこいとは書いてなかったみたいだから、それはないか・・・
ハサミを貸すからやってみろなんて言われても絶対にやらねえからな。
他人のハサミを使うなんてあり得ない。
貸す側の身にもなってみろってんだ。
俺なら絶対に使わせない。
一発で要らない癖がつきかねない。
それぐらいハサミは繊細なんだよ。
おっと、過程の話に俺は何を剥きになっているんだか・・・
頭を冷やそうか。

一番嫌なのはカットをしている事を理由に、髪結い組合に入る様に強要されることだな。
これは最もあり得る事だろう。
この辺はちょっとギルマスに相談だな。
この街の髪結いさんは、全員組合に加入しなければいけないルールがあるのか聞いておこうと思う。
其処に加えて言われそうなのはお店だよな。
髪結い屋だといちゃもんを付けられかねない。
ファリアッテ夫人がもし噂通りの人物だとしたら。
間違いなく他者を下に置こうとするタイプだ。
どうにかして俺を髪結いさんに仕立て上げて、美容院を髪結い屋さんにする様に説き伏せてくるだろう。
これは断固拒否だ。
絶対に拒否してやる。
俺の美容院は必ず守る。
何が何でもだ!



翌日。
俺は商人ギルドに伺い、ギルマスのバッカスさんに相談した。
既にバッカスさんも、俺が髪結い組合に呼び出されたことは噂として耳にしており。
来ると思っていたと歓迎された。

バッカスさんに確認した事は主に二点。
髪結いさんは髪結い組合に加入しなければいけないルールがあるのか?
俺の美容院を髪結い屋と仕立て上げる事が可能なのか?
となる。

髪結いさんは組合に加入しなければいけないルールがあるのかについては、厳密には無い模様。
しかし、この街の髪結いさんは漏れなく加入している現状がある為、もしかしたら逃げ切る事は難しいかもしれなとのことだった。
所謂既成事実のルール化というやつだ。
ルールにはないのだが、現状がそうなっている為、それに倣った行動規範が求められるという話だ。
これは唸るしかなかった。
ルールや法律ではないからどうなのか?
と苦言を呈したが、そこはやはり難しいだろうというのがバッカスさんの見解だった。
まあ俺も無理を言っているなという自覚はあったのだがね。
足掻いてみたのだが・・・どうしたものか・・・
要検討だな。

でも良かったのは、俺の美容院を髪結い屋に仕立て上げることは出来ないとお墨付きをもらった。
これは簡単な話で、商人ギルドの届け出が美容院となっているからである。
それをお店のオーナーの意思や意向に関係なく、他者が勝手にお店の用途を変更をする事等は不可能なのだ。
それは立場や地位に関係無くだ。
でなければ商人ギルドの存在意義がない、とバッカスさんが胸を張っていた。
だろうね。
というかそうあって貰わないと困る。
こちとら登録料をちゃんと払っているのだから。

そもそも商人ギルドは国を跨いで活動している組織である。
国からも一定の距離を置いている。
あくまで独立した組織なのだ。
いくら伯爵の第二夫人だからと言っても、ここに踏み込むことは容易ではない。
ここについては胸を撫で降ろす俺であった。
最悪の場合、お店は守れるなと。

どうやらいろいろと想定しておかなければいけないみたいだ。
あー、面倒臭い!
愚痴りたくもなるってもんでしょう?
それにしてもなんでこうなった?