実は嬉しい事にこの2日間の間に、結構な数のお客さんが予約を入れに来てくれていた。
ライゼルと店先を造りながらも、俺はお客の予約の受付を行っていたのだ。
そしてほとんどのお客が、シャンプーとリンスを購入していった。
とてもありがたい。
もう在庫の8割方が履けてしまった為、美容材料屋さんに急遽発注を依頼したぐらいだ。
結局ライゼルはピザを4枚たいらげ、二人でワインを一本空けた処で帰っていった。
案の定帰りに愛剣のリリスを忘れて行きそうになり、俺は鞘ごと店外にぶん投げてやった。
「ジョニーの鬼ー!アホー!」
とライゼルが叫んでいたが、また忘れそうになったあいつが悪い。
忠告はした筈だ。
「煩せえ!とっとと帰りやがれ!」
俺はライゼルを追い出してやった。
アホが!
いい加減にせい!
でもこいつのこの忘れ物癖は治らんだろうな。
もはや病気だな。
はあ・・・どうでもいいか。
そんなライゼルの事は外っといて。
今日からは予約でいっぱいなのだ。
都合一週間は予約で埋まっている。
でも・・・予約の割合は、おじさんが7割の淑女が3割だった。
それにおじさん達の予約は全てシャンプーなのだ・・・
マリオさん・・・嬉しいのだが・・・
少々複雑な気分だった。
マリオさんはモニターの責務を忠実に全うしてくれたみたいだ。
ここは素直に頭を垂れておこう。
ありがとうございます。
そして淑女も・・・シャンプーが半分以上だった。
何故だ?・・・
このお店はシャンプー屋になってしまうのか?
否、そうではないだろう。
ライゼルが言うには、
「そもそも髪の毛を洗って貰う事が画期的なんだぞ!分かっているのか?ジョニー!」
そんな処らしい。
まあマリオさん達から話を聞くに、そんな感じだなとは思ってはいたが・・・
ここまでのインパクトだとは想像していなかった。
まだまだ俺は日本の感覚が抜けきっていないということだろう。
ここは考えを改めなければいけない。
俺は異世界で商売を始めると腹を括ったのだ。
これからは異世界に合わせていく必要がある。
必要に応じてだけどね。
開店の準備をしているとお客さんが来店した。
「いらっしゃいませ!こちらにどうぞ!」
さあ、始めようか。
腕まくりをして俺は準備を始める。
気合入れていくよー!
俺はシャンプー屋さんと成り変わっていた。
そして育毛剤が飛ぶ様に売れてしまった。
この世界の薄毛さん達が集まって来たのか?と思える程だった。
そしてそれに輪をかける様に、興奮したマリオさんがお店に飛び込んできた。
興奮がMAX状態だ。
「ジョニー店長!見てください!この髪を!」
マリオさんが頭を押し付けてきた。
今接客中なんだがな、ちょっと空気を読んでくれよ。
マリオさんらしくない。
でもそれほどまでに興奮しているのだろう。
実際マリオさんは鼻息を荒くしていた。
まあ落ち着いてくださいな。
マリオさんの天辺をよく見ると、其処にはハゲた頭皮から産毛が数本生えていた。
「おおっ!おめでとうございます!」
思わず大きな声で答えてしまっていた。
「これは凄いです!快挙です!」
マリオさんはお店のお客が引くほど叫んでいた。
だがおじさん達の反応は違っていた。
「なんと!それは素晴らしい!」
「救世主が現れたぞ!」
「正に神だ!」
神と髪をかけるんじゃないよ・・・
あまり笑えないぞ、神様を知る身としては・・・
女神様なんだけどね。
どうせ今も上から見てるんでしょ?
・・・
お!コンプライアンスは守っているな。
よしよし。
神様の事はいいとして、
「ハハハ・・・」
俺は笑うしかなかった。
ここは美容院です・・・アデランスではありません・・・
とは口が裂けても言えなかった。
言った処で、アデランスは通用しないよね。
そして数少ないカットをご希望の淑女達から俺は絶賛される事になった。
それこそ神様扱いだ。
「まあ!これは感動しますわ!」
「こんな髪形は斬新ですわ!」
「・・・私って・・・綺麗」
「ウッソ!可愛い!ジョニー店長マジ神!」
よし!良い反応だ!
美容院はこうでなくっちゃ!
綺麗になって喜んでくれる様を見ることが美容師の本懐ってね。
育毛を喜ぶことじゃないってな。
いや、決しておじさん達に囲まれている事が嫌な訳ではないんだよ。
でも・・・ハゲたおじさん達がこうも集まってくるとさ・・・
少々嫌になるってなもんでしょうが?
俺もハゲそう・・・なんてな、それは無いな。たぶん・・・
ライゼルが何度か覗きに来たのだが、忙し過ぎて構ってはいられなかった。
すまないなライゼル。
また来てくれよな。
お前に手伝えることは流石に無いからな。
こいつに店員は無理だ。
ライゼルは我物顔で庭先を整えていた。
まあそこは任せるよ。
好きに弄ってくれ。
でもありがたかったのはシルビアちゃんだった。
シルビアちゃんは何かと痒い所に手の届く存在だ。
シルビアちゃんは朝一からお店に現れると、何を言う事も無く、普通にお店を手伝ってくれていた。
彼女がいなかったら俺はヘトヘトだっただろう。
彼女は商売人の娘ということもあり、レジの操作も直ぐに習得していた。
本当に助かる。
それこそ女神だ。
お客の誘導もお手の物だ。
彼女には昼飯と晩飯をふんだんに振舞う事になった。
本当は日当を払おうと思ったのだが、彼女は受け取らないと譲らなかった。
少々複雑な気分だ。
労働の対価はちゃんと払いたいのに。
なんで受け取ってくれないのだろうか?
「ジョニー店長、私は勝手に商売の勉強をしにやってきているのです。お金を貰う訳にはいきません、でも・・・甘味は食べたいですぅ・・・」
欲望に正直な子だ。
実に可愛らしい。
おぼこくていいね。
ほっこりしてしまうよ。
スイーツで良ければなんぼでも用意させて貰うよ。
俺はシルビアちゃんに、昼飯としてはサンドイッチを中心に準備した。
必ず何かしらのスイーツも添えて。
ツナサンドやタマゴサンド、そしてハムサンド。
シルビアちゃんはツナサンドが好みの様子。
その反応を見る限り、この世界にはツナは無いのかもしれないな。
毎回美味しそうに食べてくれている。
その笑顔を見るとこちらも力を容れたくなよるよね。
たんとお食べってね。
わしゃ食え食え爺いか?!
そして晩飯は自分を鼓舞して頑張って作ることにした。
多少の手抜きもあったがそこはご愛敬として欲しい。
でも何故だかシルビアちゃんは、インスタントフードを喜ぶ傾向にあった。
何でだろうね?
特にシルビアちゃんのお気に入りは、日●焼きそばUFOだった。
シルビアちゃんはペロッと3食はたいらげる。
それなりの大食感だ。
俺には無理です・・・絶対に翌日胃もたれするだろう・・・
俺から言わせれば、余りに時間が無くてインスタントに頼ってしまったことは否めない。
だって毎日20人近くのハゲたおっさんがシャンプーを受けに来ているんだよ?
もう俺の手はふやけ捲っているよ。
そろそろ指の皮が剥げそうだ。
ハゲの相手をしているが故に・・・
余り上手くないかな?
掛ってはいるよね?
面白くはないよな・・・わかってるよ!
でも嬉しい事もちょいちょいあった。
それはストレートパーマを受けたいという予約と、カラーを受けたいという予約があった事だった。
まだ1件づつしか無いのだが・・・
でも美容師としての仕事が出来ると嬉しくなってしまったのだった。
イングリスさん、ありがとう御座います。
なんとか美容師の威厳を保てております。
いや、シャンプーもれっきとした美容師の仕事なんだけね。
でもさ・・・やっぱり色々やりたいじゃない?
因みに、シャンプーで訪れた人達にも飲み物はちゃんと振舞った。
そしてこれはマリオさんの入知恵だろうが、コーヒーを頼む人がやたら多かった。
もうシルビアちゃんはコーヒーを淹れる事が出来る。
それも俺の拘りもしっかりと理解出来ている。
本当に助かる。
良く出来た子だ。
さて、これまでのことを少しおさらいしてみようと思う。
最近は怒涛の毎日を送っている。
そろそろ振り返りたくなるものだよ。
心して聞いて欲しい。
とは言っても大したことは無かったけどね。
マリオさん始め、シルビアちゃんやライゼル、そしてお客達との世間話で、この世界のイロハを俺は知ることになった。
最初にこの領地、つまりメイデンの領主はロッテルダム・フェン・ベルメゾン伯爵だ。
齢40を向かえる壮年の男性だ。
そしてその妻はマリアベル・ルナ・ベルメゾン夫人。
他にも第二夫人と第三夫人が居るらしい。
お盛んなことでなによりだ。
ちょっとうらやましいな。
でも3人も相手にするのは・・・まあいいか。
そして第二夫人が元髪結いさんらしい。
ライゼル曰く、第二夫人はあまり良い噂を聞かないらしい。
その名はフェリアッテ・ルミ・ベルメゾン。
マリオさんが言うには最近のベルメゾン家は、跡継ぎ問題が勃発しているらしく。
この第二夫人と本妻との間でバチバチとやりあっているらしい。
当の子供はまだ幼いらしいのだが。
よくある話らしく、俺には全く分からない世界だ。
所詮貴族社会なんてそんなものなんだろう。
俺とは余りに無縁な話だ。
そしてこの世界の文明は中世ヨーロッパ辺りかと思っていたが、もう少し文明は進んでいた。
ここは上方修正が必要だ。
機械という程の物は無いが、この世界には魔法があるのだ。
その魔法の恩恵を受けている事がよく分かった。
特に驚いたのはトイレが浄化の魔法という物で綺麗に保たれていることだった。
便器に浄化の魔法を付与してあるらしく、催した後に綺麗になるらしい。
とても便利なことです。
でも美容院にはウオシュレットがあるからね。
ライゼルなんてお湯がお尻に噴き出してきて、無茶苦茶ビビっていたからな。
あれは笑えた。
あのアホは下半身丸出しでトイレから飛び出してきたからね。
とは言ってもそこら中に魔導士が居る訳ではなく。
魔導士は国の中でも両手にも及ばない程しかいないらしい。
要は国内に10名も居ないということだ。
その魔導士は強制的に国に仕えなければならないみたいだ。
その魔導士のほとんどが国家防衛の為に軍に所属する事になるらしい。
まあ分からなくはない。
魔導士は戦力として確保しておかないといけない存在だという事だ。
待遇はそれなりに良いらしく。
そこいらの辺境伯並みの年収を得ている者もいる様だ。
それを嫌って、野に下っている野良の魔導士も中には居るとのこと。
まあ国勤めが嫌だという気持ちは分かる気がする。
だってお宮仕えは何かと制限をされたり、注目を集めてしまうんでしょ?
俺は嫌だな。
それに公務員の友人に言わせると、
「今の時代はコンプライアンスで雁字搦めにされて、後輩に叱責することすら憚られる」
ということらしい。
時代だね。
この世界にコンプライアンス意識があるのかは知らないが、その分作法やしきたりなんて物が存在するのだろう。
要は型っ苦しいのは苦手なんだよっていう話。
でも一度魔導士には会ってみたいものだ。
というより魔法を見てみたい。
ライゼルが言うには、
「魔導士なんて、真面じゃねえ!俺は会いたくねえな」
無茶苦茶嫌そうに話していた。
どうしてなのかは聞かなかった。
ライゼルの嫌がり様は本気だったからだ。
あのお気楽なライゼルがここまで嫌がるからには、それなりの理由があるのだろう。
でも魔法って・・・ワクワクしません?
そして聞いておいてよかった事は、税金関係や届け出に関してだった。
それを教えてくれたのはマリオさんだ。
マリオさん曰く、
「この土地で商売を始めるには、先ず商人ギルドに届け出を行う必要があります」
商人ギルド・・・胡散臭いと感じる。
でもここに届け出を行わないことは違法になってしまうらしい。
有難かったのは、開店してから一ヶ月以内であれば届け出は受理されるらしく。
事後でもいいという事だった。
そして税金だ。
要はベルメゾン家に支払わなければいけない税金だが、そのお店の種類や職業によって税金の金額が変わるらしい。
農家ならば収穫量の15%。
鍛冶等の生産業は売上の10%。
俺達サービス業は売上の概ね10%だ。
この概ねが引っかかる。
ここにはその時の流行り等が加味される事になるらしい・・・
はあ?
無茶苦茶アバウト過ぎて訳が分からん。
結局は金が集まる所からたくさん税金を取ってやろうという魂胆が透けて見えている。
ふざけんな!
と言いたい処だが、ここは従うしかないだろう。
俺が好き好んでこの世界に来た訳では無いのだが・・・
ここは大人の対応で、受け止めるしかあるまいよ。
はあ・・・女神に文句でも言ってやろうか?
こうなるとお供えは無しかな?
その女神だが、少々面倒臭いことに成っていた。
日に日に要求が激しくなってきていたのだ。
要は我儘放題になっているという事だ。
正直俺は腹に据えかねている。
「丈二や、次はシャンプーとリンスをお供えしてたもれ」
「丈二や、明日はワインをお供えしてたもれ」
「丈二や、あの女子が食しておった日●焼きそばUFOがよい、ちゃんと出来上がった物をお供えしてたもれ」
いい加減俺はぶち切れそうだった。
そんな事もあって、俺は強気に出ることにした。
駄目女神め!いい加減成敗してやる!
「丈二や、カレーライスがよい、出来上がった物をお供えしてたもれ」
相変わらず無遠慮に声が届けられる。
「・・・」
「丈二や、聞いておるかえ?」
「・・・」
「丈二や!」
上から目線の発言が事の終わりを告げた。
「女神様・・・最近要求が過激になってきていますよね?」
「・・・そんなことはあらぬ」
一度言葉につまったな、さては・・・自覚はあるな。
「あまり我儘を言うようでしたら、もうお供えは行いませんので悪しからず」
「な!・・・」
間から動揺が伺える。
「いいですね?」
ここは強気にでなくては。
「丈二や!そんな事をするともうこの異世界には来れなくなるのやえ!よいのかえ?」
はあ?勝手に異世界に俺のお店を繋げておいて言う台詞かね?
「全然構いませんが?!そもそも異世界に来たいなんて俺は望んでいませんでしたけどね!!!」
これ偽らざる本音です!
根に持ってますよ、俺は!
今から無かった事にして貰っても全然構いませんけどね!
「ななっ!・・・」
「ななっ!じゃありません!いいですか?俺は日本で美容院を開きたかったのであって、俺の意思とは関係なく勝手に異世界と繋げたんですよね?違いますか?どんな理由があってそんなことをしたんですか?」
「それは・・・言えぬのじゃ・・・」
答える気はないってか・・・
だと思ったよ・・・
いつかは明かしてくれるのだろうか?
「いいですよ、教えてくれなくても!という事は、お供えしなければ日本でお店を営業できるってことですよね?」
そんな事はないだろうが言いたくて仕方が無い!
いい加減懲らしめてやる!
「そうではないやえ・・・」
でしょうね!
「もしかして・・・女神様ともあろう者が、お供え品欲しさに脅迫紛いですか?はあ?あり得んでしょう?訴えるぞ!!!」
「うう・・・」
前もそうだったがこの女神様は、訴えるに過剰反応してないか?
もしかしてどこかに本当に訴えることが出来る場所があるのか?
それは俺の知る場所だとか?
あり得る・・・あり得るぞ・・・もしかして・・・フフフ・・・たぶんあそこだな・・・
「と言う事で、訴えさせて頂きます!」
「待たれよ!・・・」
必死な声色が耳を突く。
「・・・何でしょうか?」
「・・・すまなかったやえ」
今度はしょんぼりとした声色が耳を撫でる。
「はい?」
「許してたもれ・・・」
どうしたもんかねえ?
「・・・はあ?」
「悪かったえ・・・調子に乗ってしまったやえ・・・」
まあ分かってくれたみたいだな。
しょうがない。
「あのですね・・・俺も暇では無いんですよ・・・」
「分かっておる・・・」
「何も本気でお供え物をしないなんて考えていませんよ」
「本当かえ?」
爆下がりのテンションがビクッと上がってきている。
「はい・・・多少の要求には答えますが、限度があります!」
「・・・」
ここははっきりと言っておこう。
「こうします、一日200円までとします」
なんで無言なんだ?
さては考えているな。
でも計算なんて真面にしていないだろう。
どうせ答えに窮しているだけに決まっている。
「・・・」
「いいですね!」
もう押し切ろう。
それでおしまいだな。
手がかかるなー、本当に女神なのか?
疑ってしまうよ。
「はい・・・」
「そして何をお供えするのかはこちらで決めます!多少の要求は聞きますが、基本こちらで決めます!いいですね?」
「はい・・・」
声がしょぼくれている。
「ということで、今日はお供えは無しです!」
「うう・・・」
反省なさい!
「また明日からお供え致します」
「よ、よろしくお願いします・・・」
これで懲らしめることが出来たな?
はあ、手間がかかるな。
にしても俺の美容院を異世界に繋げた理由ってなんなんだろうか?
答えてはくれなかったが、反応を見るに何かしら理由がありそうな気がするな。
今は取り敢えずいいかな。
にしても・・・駄目女神め・・・いい加減にしろよな。
訴える先って、たぶんあそこだよな・・・あり得るな。
今はいいだろう・・・
フフフ。
俺は女神相手でも引かねえぞ。
ライゼルと店先を造りながらも、俺はお客の予約の受付を行っていたのだ。
そしてほとんどのお客が、シャンプーとリンスを購入していった。
とてもありがたい。
もう在庫の8割方が履けてしまった為、美容材料屋さんに急遽発注を依頼したぐらいだ。
結局ライゼルはピザを4枚たいらげ、二人でワインを一本空けた処で帰っていった。
案の定帰りに愛剣のリリスを忘れて行きそうになり、俺は鞘ごと店外にぶん投げてやった。
「ジョニーの鬼ー!アホー!」
とライゼルが叫んでいたが、また忘れそうになったあいつが悪い。
忠告はした筈だ。
「煩せえ!とっとと帰りやがれ!」
俺はライゼルを追い出してやった。
アホが!
いい加減にせい!
でもこいつのこの忘れ物癖は治らんだろうな。
もはや病気だな。
はあ・・・どうでもいいか。
そんなライゼルの事は外っといて。
今日からは予約でいっぱいなのだ。
都合一週間は予約で埋まっている。
でも・・・予約の割合は、おじさんが7割の淑女が3割だった。
それにおじさん達の予約は全てシャンプーなのだ・・・
マリオさん・・・嬉しいのだが・・・
少々複雑な気分だった。
マリオさんはモニターの責務を忠実に全うしてくれたみたいだ。
ここは素直に頭を垂れておこう。
ありがとうございます。
そして淑女も・・・シャンプーが半分以上だった。
何故だ?・・・
このお店はシャンプー屋になってしまうのか?
否、そうではないだろう。
ライゼルが言うには、
「そもそも髪の毛を洗って貰う事が画期的なんだぞ!分かっているのか?ジョニー!」
そんな処らしい。
まあマリオさん達から話を聞くに、そんな感じだなとは思ってはいたが・・・
ここまでのインパクトだとは想像していなかった。
まだまだ俺は日本の感覚が抜けきっていないということだろう。
ここは考えを改めなければいけない。
俺は異世界で商売を始めると腹を括ったのだ。
これからは異世界に合わせていく必要がある。
必要に応じてだけどね。
開店の準備をしているとお客さんが来店した。
「いらっしゃいませ!こちらにどうぞ!」
さあ、始めようか。
腕まくりをして俺は準備を始める。
気合入れていくよー!
俺はシャンプー屋さんと成り変わっていた。
そして育毛剤が飛ぶ様に売れてしまった。
この世界の薄毛さん達が集まって来たのか?と思える程だった。
そしてそれに輪をかける様に、興奮したマリオさんがお店に飛び込んできた。
興奮がMAX状態だ。
「ジョニー店長!見てください!この髪を!」
マリオさんが頭を押し付けてきた。
今接客中なんだがな、ちょっと空気を読んでくれよ。
マリオさんらしくない。
でもそれほどまでに興奮しているのだろう。
実際マリオさんは鼻息を荒くしていた。
まあ落ち着いてくださいな。
マリオさんの天辺をよく見ると、其処にはハゲた頭皮から産毛が数本生えていた。
「おおっ!おめでとうございます!」
思わず大きな声で答えてしまっていた。
「これは凄いです!快挙です!」
マリオさんはお店のお客が引くほど叫んでいた。
だがおじさん達の反応は違っていた。
「なんと!それは素晴らしい!」
「救世主が現れたぞ!」
「正に神だ!」
神と髪をかけるんじゃないよ・・・
あまり笑えないぞ、神様を知る身としては・・・
女神様なんだけどね。
どうせ今も上から見てるんでしょ?
・・・
お!コンプライアンスは守っているな。
よしよし。
神様の事はいいとして、
「ハハハ・・・」
俺は笑うしかなかった。
ここは美容院です・・・アデランスではありません・・・
とは口が裂けても言えなかった。
言った処で、アデランスは通用しないよね。
そして数少ないカットをご希望の淑女達から俺は絶賛される事になった。
それこそ神様扱いだ。
「まあ!これは感動しますわ!」
「こんな髪形は斬新ですわ!」
「・・・私って・・・綺麗」
「ウッソ!可愛い!ジョニー店長マジ神!」
よし!良い反応だ!
美容院はこうでなくっちゃ!
綺麗になって喜んでくれる様を見ることが美容師の本懐ってね。
育毛を喜ぶことじゃないってな。
いや、決しておじさん達に囲まれている事が嫌な訳ではないんだよ。
でも・・・ハゲたおじさん達がこうも集まってくるとさ・・・
少々嫌になるってなもんでしょうが?
俺もハゲそう・・・なんてな、それは無いな。たぶん・・・
ライゼルが何度か覗きに来たのだが、忙し過ぎて構ってはいられなかった。
すまないなライゼル。
また来てくれよな。
お前に手伝えることは流石に無いからな。
こいつに店員は無理だ。
ライゼルは我物顔で庭先を整えていた。
まあそこは任せるよ。
好きに弄ってくれ。
でもありがたかったのはシルビアちゃんだった。
シルビアちゃんは何かと痒い所に手の届く存在だ。
シルビアちゃんは朝一からお店に現れると、何を言う事も無く、普通にお店を手伝ってくれていた。
彼女がいなかったら俺はヘトヘトだっただろう。
彼女は商売人の娘ということもあり、レジの操作も直ぐに習得していた。
本当に助かる。
それこそ女神だ。
お客の誘導もお手の物だ。
彼女には昼飯と晩飯をふんだんに振舞う事になった。
本当は日当を払おうと思ったのだが、彼女は受け取らないと譲らなかった。
少々複雑な気分だ。
労働の対価はちゃんと払いたいのに。
なんで受け取ってくれないのだろうか?
「ジョニー店長、私は勝手に商売の勉強をしにやってきているのです。お金を貰う訳にはいきません、でも・・・甘味は食べたいですぅ・・・」
欲望に正直な子だ。
実に可愛らしい。
おぼこくていいね。
ほっこりしてしまうよ。
スイーツで良ければなんぼでも用意させて貰うよ。
俺はシルビアちゃんに、昼飯としてはサンドイッチを中心に準備した。
必ず何かしらのスイーツも添えて。
ツナサンドやタマゴサンド、そしてハムサンド。
シルビアちゃんはツナサンドが好みの様子。
その反応を見る限り、この世界にはツナは無いのかもしれないな。
毎回美味しそうに食べてくれている。
その笑顔を見るとこちらも力を容れたくなよるよね。
たんとお食べってね。
わしゃ食え食え爺いか?!
そして晩飯は自分を鼓舞して頑張って作ることにした。
多少の手抜きもあったがそこはご愛敬として欲しい。
でも何故だかシルビアちゃんは、インスタントフードを喜ぶ傾向にあった。
何でだろうね?
特にシルビアちゃんのお気に入りは、日●焼きそばUFOだった。
シルビアちゃんはペロッと3食はたいらげる。
それなりの大食感だ。
俺には無理です・・・絶対に翌日胃もたれするだろう・・・
俺から言わせれば、余りに時間が無くてインスタントに頼ってしまったことは否めない。
だって毎日20人近くのハゲたおっさんがシャンプーを受けに来ているんだよ?
もう俺の手はふやけ捲っているよ。
そろそろ指の皮が剥げそうだ。
ハゲの相手をしているが故に・・・
余り上手くないかな?
掛ってはいるよね?
面白くはないよな・・・わかってるよ!
でも嬉しい事もちょいちょいあった。
それはストレートパーマを受けたいという予約と、カラーを受けたいという予約があった事だった。
まだ1件づつしか無いのだが・・・
でも美容師としての仕事が出来ると嬉しくなってしまったのだった。
イングリスさん、ありがとう御座います。
なんとか美容師の威厳を保てております。
いや、シャンプーもれっきとした美容師の仕事なんだけね。
でもさ・・・やっぱり色々やりたいじゃない?
因みに、シャンプーで訪れた人達にも飲み物はちゃんと振舞った。
そしてこれはマリオさんの入知恵だろうが、コーヒーを頼む人がやたら多かった。
もうシルビアちゃんはコーヒーを淹れる事が出来る。
それも俺の拘りもしっかりと理解出来ている。
本当に助かる。
良く出来た子だ。
さて、これまでのことを少しおさらいしてみようと思う。
最近は怒涛の毎日を送っている。
そろそろ振り返りたくなるものだよ。
心して聞いて欲しい。
とは言っても大したことは無かったけどね。
マリオさん始め、シルビアちゃんやライゼル、そしてお客達との世間話で、この世界のイロハを俺は知ることになった。
最初にこの領地、つまりメイデンの領主はロッテルダム・フェン・ベルメゾン伯爵だ。
齢40を向かえる壮年の男性だ。
そしてその妻はマリアベル・ルナ・ベルメゾン夫人。
他にも第二夫人と第三夫人が居るらしい。
お盛んなことでなによりだ。
ちょっとうらやましいな。
でも3人も相手にするのは・・・まあいいか。
そして第二夫人が元髪結いさんらしい。
ライゼル曰く、第二夫人はあまり良い噂を聞かないらしい。
その名はフェリアッテ・ルミ・ベルメゾン。
マリオさんが言うには最近のベルメゾン家は、跡継ぎ問題が勃発しているらしく。
この第二夫人と本妻との間でバチバチとやりあっているらしい。
当の子供はまだ幼いらしいのだが。
よくある話らしく、俺には全く分からない世界だ。
所詮貴族社会なんてそんなものなんだろう。
俺とは余りに無縁な話だ。
そしてこの世界の文明は中世ヨーロッパ辺りかと思っていたが、もう少し文明は進んでいた。
ここは上方修正が必要だ。
機械という程の物は無いが、この世界には魔法があるのだ。
その魔法の恩恵を受けている事がよく分かった。
特に驚いたのはトイレが浄化の魔法という物で綺麗に保たれていることだった。
便器に浄化の魔法を付与してあるらしく、催した後に綺麗になるらしい。
とても便利なことです。
でも美容院にはウオシュレットがあるからね。
ライゼルなんてお湯がお尻に噴き出してきて、無茶苦茶ビビっていたからな。
あれは笑えた。
あのアホは下半身丸出しでトイレから飛び出してきたからね。
とは言ってもそこら中に魔導士が居る訳ではなく。
魔導士は国の中でも両手にも及ばない程しかいないらしい。
要は国内に10名も居ないということだ。
その魔導士は強制的に国に仕えなければならないみたいだ。
その魔導士のほとんどが国家防衛の為に軍に所属する事になるらしい。
まあ分からなくはない。
魔導士は戦力として確保しておかないといけない存在だという事だ。
待遇はそれなりに良いらしく。
そこいらの辺境伯並みの年収を得ている者もいる様だ。
それを嫌って、野に下っている野良の魔導士も中には居るとのこと。
まあ国勤めが嫌だという気持ちは分かる気がする。
だってお宮仕えは何かと制限をされたり、注目を集めてしまうんでしょ?
俺は嫌だな。
それに公務員の友人に言わせると、
「今の時代はコンプライアンスで雁字搦めにされて、後輩に叱責することすら憚られる」
ということらしい。
時代だね。
この世界にコンプライアンス意識があるのかは知らないが、その分作法やしきたりなんて物が存在するのだろう。
要は型っ苦しいのは苦手なんだよっていう話。
でも一度魔導士には会ってみたいものだ。
というより魔法を見てみたい。
ライゼルが言うには、
「魔導士なんて、真面じゃねえ!俺は会いたくねえな」
無茶苦茶嫌そうに話していた。
どうしてなのかは聞かなかった。
ライゼルの嫌がり様は本気だったからだ。
あのお気楽なライゼルがここまで嫌がるからには、それなりの理由があるのだろう。
でも魔法って・・・ワクワクしません?
そして聞いておいてよかった事は、税金関係や届け出に関してだった。
それを教えてくれたのはマリオさんだ。
マリオさん曰く、
「この土地で商売を始めるには、先ず商人ギルドに届け出を行う必要があります」
商人ギルド・・・胡散臭いと感じる。
でもここに届け出を行わないことは違法になってしまうらしい。
有難かったのは、開店してから一ヶ月以内であれば届け出は受理されるらしく。
事後でもいいという事だった。
そして税金だ。
要はベルメゾン家に支払わなければいけない税金だが、そのお店の種類や職業によって税金の金額が変わるらしい。
農家ならば収穫量の15%。
鍛冶等の生産業は売上の10%。
俺達サービス業は売上の概ね10%だ。
この概ねが引っかかる。
ここにはその時の流行り等が加味される事になるらしい・・・
はあ?
無茶苦茶アバウト過ぎて訳が分からん。
結局は金が集まる所からたくさん税金を取ってやろうという魂胆が透けて見えている。
ふざけんな!
と言いたい処だが、ここは従うしかないだろう。
俺が好き好んでこの世界に来た訳では無いのだが・・・
ここは大人の対応で、受け止めるしかあるまいよ。
はあ・・・女神に文句でも言ってやろうか?
こうなるとお供えは無しかな?
その女神だが、少々面倒臭いことに成っていた。
日に日に要求が激しくなってきていたのだ。
要は我儘放題になっているという事だ。
正直俺は腹に据えかねている。
「丈二や、次はシャンプーとリンスをお供えしてたもれ」
「丈二や、明日はワインをお供えしてたもれ」
「丈二や、あの女子が食しておった日●焼きそばUFOがよい、ちゃんと出来上がった物をお供えしてたもれ」
いい加減俺はぶち切れそうだった。
そんな事もあって、俺は強気に出ることにした。
駄目女神め!いい加減成敗してやる!
「丈二や、カレーライスがよい、出来上がった物をお供えしてたもれ」
相変わらず無遠慮に声が届けられる。
「・・・」
「丈二や、聞いておるかえ?」
「・・・」
「丈二や!」
上から目線の発言が事の終わりを告げた。
「女神様・・・最近要求が過激になってきていますよね?」
「・・・そんなことはあらぬ」
一度言葉につまったな、さては・・・自覚はあるな。
「あまり我儘を言うようでしたら、もうお供えは行いませんので悪しからず」
「な!・・・」
間から動揺が伺える。
「いいですね?」
ここは強気にでなくては。
「丈二や!そんな事をするともうこの異世界には来れなくなるのやえ!よいのかえ?」
はあ?勝手に異世界に俺のお店を繋げておいて言う台詞かね?
「全然構いませんが?!そもそも異世界に来たいなんて俺は望んでいませんでしたけどね!!!」
これ偽らざる本音です!
根に持ってますよ、俺は!
今から無かった事にして貰っても全然構いませんけどね!
「ななっ!・・・」
「ななっ!じゃありません!いいですか?俺は日本で美容院を開きたかったのであって、俺の意思とは関係なく勝手に異世界と繋げたんですよね?違いますか?どんな理由があってそんなことをしたんですか?」
「それは・・・言えぬのじゃ・・・」
答える気はないってか・・・
だと思ったよ・・・
いつかは明かしてくれるのだろうか?
「いいですよ、教えてくれなくても!という事は、お供えしなければ日本でお店を営業できるってことですよね?」
そんな事はないだろうが言いたくて仕方が無い!
いい加減懲らしめてやる!
「そうではないやえ・・・」
でしょうね!
「もしかして・・・女神様ともあろう者が、お供え品欲しさに脅迫紛いですか?はあ?あり得んでしょう?訴えるぞ!!!」
「うう・・・」
前もそうだったがこの女神様は、訴えるに過剰反応してないか?
もしかしてどこかに本当に訴えることが出来る場所があるのか?
それは俺の知る場所だとか?
あり得る・・・あり得るぞ・・・もしかして・・・フフフ・・・たぶんあそこだな・・・
「と言う事で、訴えさせて頂きます!」
「待たれよ!・・・」
必死な声色が耳を突く。
「・・・何でしょうか?」
「・・・すまなかったやえ」
今度はしょんぼりとした声色が耳を撫でる。
「はい?」
「許してたもれ・・・」
どうしたもんかねえ?
「・・・はあ?」
「悪かったえ・・・調子に乗ってしまったやえ・・・」
まあ分かってくれたみたいだな。
しょうがない。
「あのですね・・・俺も暇では無いんですよ・・・」
「分かっておる・・・」
「何も本気でお供え物をしないなんて考えていませんよ」
「本当かえ?」
爆下がりのテンションがビクッと上がってきている。
「はい・・・多少の要求には答えますが、限度があります!」
「・・・」
ここははっきりと言っておこう。
「こうします、一日200円までとします」
なんで無言なんだ?
さては考えているな。
でも計算なんて真面にしていないだろう。
どうせ答えに窮しているだけに決まっている。
「・・・」
「いいですね!」
もう押し切ろう。
それでおしまいだな。
手がかかるなー、本当に女神なのか?
疑ってしまうよ。
「はい・・・」
「そして何をお供えするのかはこちらで決めます!多少の要求は聞きますが、基本こちらで決めます!いいですね?」
「はい・・・」
声がしょぼくれている。
「ということで、今日はお供えは無しです!」
「うう・・・」
反省なさい!
「また明日からお供え致します」
「よ、よろしくお願いします・・・」
これで懲らしめることが出来たな?
はあ、手間がかかるな。
にしても俺の美容院を異世界に繋げた理由ってなんなんだろうか?
答えてはくれなかったが、反応を見るに何かしら理由がありそうな気がするな。
今は取り敢えずいいかな。
にしても・・・駄目女神め・・・いい加減にしろよな。
訴える先って、たぶんあそこだよな・・・あり得るな。
今はいいだろう・・・
フフフ。
俺は女神相手でも引かねえぞ。

