「……パッとしないな」
全身鏡の前でくるりと一周回って、ぽつりとつぶやく。しわ一つないおろしたての制服が、新しい学校生活の始まりを否応なく実感させる。一か月前はこの制服を着られることを楽しみにしていたのに、今はどうにも気持ちが乗らない。
可愛い制服を着たところで私自身なにかが変わるわけもなく、ただ服に着られている印象にしかならない。じっと自分を見つめても眉間のしわが深くなるだけだ。気合を入れるように両手で頬を叩けば、鏡の中の私はどこか間抜けな顔をしていて、思わず視線を外してしまう。
気持ちを切り替えたくて、髪を整えながらもう一度鏡に視線を戻す。胸の下まで伸ばしたストレートの髪を高めの位置でポニーテールにすれば、顔も心も少し明るくなった気がした。
「芽依ー、陽葵ちゃん来てるよー」
少しでも制服に似合うように前髪を整えたとき、リビングの方からお母さんの声が飛んでくる。高校のために新しく買ったリュックを背負い、急いで玄関に出ると、そこにはあくびをした幼なじみの陽葵が待っていた。
「芽依、早く!」
何度目かわからないあくびをしながら急かす陽葵の姿に、思わず口元が緩む。もう十時だというのに寝ぼけ眼な陽葵は、入学式が楽しみで眠れなかったらしい。
真新しいローファーにゆっくりと足を通し外に出ると、陽葵がくるりと一周回ってスカートを揺らし、いたずらっぽく微笑んだ。春風に舞った桜の花びらが一枚、肩先でまっすぐに切られた陽葵の髪にそっととまる。
「陽葵、桜付いてるよ」
そう言って花びらに手を伸ばすと、陽葵は照れくさそうにそっと髪を撫でた。普段はまるで向日葵のような陽葵だが、この表情は桜が似合うほど儚く、思わず見惚れてしまいそうになる。映画のワンシーンのようなそのしぐさが、いつになくきれいに見えた。
当たり前のように陽葵の隣に並び、駅へと歩き出す。電車を含めて二十分ほどの通学路。なんでもない会話を交わしながら歩くうちに、私たちはあっという間に、新しい高校の校門をくぐっていた。
「同じクラスだよ!!」
弾けるような声、肩を叩かれ隣を見ると、陽葵は興奮気味に掲示板を指さしている。視線をたどると【一年三組】の欄に浅川芽依、そしてそのすぐ下に柏木陽葵と書かれている。
「今年も一緒だね!」
笑顔でハイタッチを求める陽葵に応え、「やったね」と目を細める。トンッと手に伝わる優しい衝撃、それはもう何度も繰り返してきた、私たちの春の恒例行事だ。幼なじみの陽葵と同じクラスになることへの安堵の裏に、今年もか……という複雑な感情が込み上げてくる。それに気づかないふりをして精一杯笑った。
「芽依と一緒なら高校も楽しめるなー」
「そうだね」
どこまでも澄んだ陽葵の目が、噓偽りない本心からの言葉なのだと伝えてくる。そんな目をまっすぐには見つめ返せなくて、気づかれないようにそっと視線を逸らす。そろそろ教室に向かおうと言う陽葵に手を引かれ、私はその手に引かれるまま歩き出す。ちらちらとこちらを見る同級生の気配に気づき、私は足元に視線を下げ呼吸を整える。
今年もだ。こんなのいつものこと、いつも通りだ。
私が何度経験しても慣れることのない、人から向けられる視線を、陽葵は一切気にしない。いや、きっとそれに気づいてすらいないのだろう。陽葵にとって、この空気はきっと“普通”なのだ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花――そんな陽葵が周りから見られることなど当たり前でしかない。ほんの半歩先を歩く陽葵の背中が、今はどうしようもなく遠くに思えた。
全身鏡の前でくるりと一周回って、ぽつりとつぶやく。しわ一つないおろしたての制服が、新しい学校生活の始まりを否応なく実感させる。一か月前はこの制服を着られることを楽しみにしていたのに、今はどうにも気持ちが乗らない。
可愛い制服を着たところで私自身なにかが変わるわけもなく、ただ服に着られている印象にしかならない。じっと自分を見つめても眉間のしわが深くなるだけだ。気合を入れるように両手で頬を叩けば、鏡の中の私はどこか間抜けな顔をしていて、思わず視線を外してしまう。
気持ちを切り替えたくて、髪を整えながらもう一度鏡に視線を戻す。胸の下まで伸ばしたストレートの髪を高めの位置でポニーテールにすれば、顔も心も少し明るくなった気がした。
「芽依ー、陽葵ちゃん来てるよー」
少しでも制服に似合うように前髪を整えたとき、リビングの方からお母さんの声が飛んでくる。高校のために新しく買ったリュックを背負い、急いで玄関に出ると、そこにはあくびをした幼なじみの陽葵が待っていた。
「芽依、早く!」
何度目かわからないあくびをしながら急かす陽葵の姿に、思わず口元が緩む。もう十時だというのに寝ぼけ眼な陽葵は、入学式が楽しみで眠れなかったらしい。
真新しいローファーにゆっくりと足を通し外に出ると、陽葵がくるりと一周回ってスカートを揺らし、いたずらっぽく微笑んだ。春風に舞った桜の花びらが一枚、肩先でまっすぐに切られた陽葵の髪にそっととまる。
「陽葵、桜付いてるよ」
そう言って花びらに手を伸ばすと、陽葵は照れくさそうにそっと髪を撫でた。普段はまるで向日葵のような陽葵だが、この表情は桜が似合うほど儚く、思わず見惚れてしまいそうになる。映画のワンシーンのようなそのしぐさが、いつになくきれいに見えた。
当たり前のように陽葵の隣に並び、駅へと歩き出す。電車を含めて二十分ほどの通学路。なんでもない会話を交わしながら歩くうちに、私たちはあっという間に、新しい高校の校門をくぐっていた。
「同じクラスだよ!!」
弾けるような声、肩を叩かれ隣を見ると、陽葵は興奮気味に掲示板を指さしている。視線をたどると【一年三組】の欄に浅川芽依、そしてそのすぐ下に柏木陽葵と書かれている。
「今年も一緒だね!」
笑顔でハイタッチを求める陽葵に応え、「やったね」と目を細める。トンッと手に伝わる優しい衝撃、それはもう何度も繰り返してきた、私たちの春の恒例行事だ。幼なじみの陽葵と同じクラスになることへの安堵の裏に、今年もか……という複雑な感情が込み上げてくる。それに気づかないふりをして精一杯笑った。
「芽依と一緒なら高校も楽しめるなー」
「そうだね」
どこまでも澄んだ陽葵の目が、噓偽りない本心からの言葉なのだと伝えてくる。そんな目をまっすぐには見つめ返せなくて、気づかれないようにそっと視線を逸らす。そろそろ教室に向かおうと言う陽葵に手を引かれ、私はその手に引かれるまま歩き出す。ちらちらとこちらを見る同級生の気配に気づき、私は足元に視線を下げ呼吸を整える。
今年もだ。こんなのいつものこと、いつも通りだ。
私が何度経験しても慣れることのない、人から向けられる視線を、陽葵は一切気にしない。いや、きっとそれに気づいてすらいないのだろう。陽葵にとって、この空気はきっと“普通”なのだ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花――そんな陽葵が周りから見られることなど当たり前でしかない。ほんの半歩先を歩く陽葵の背中が、今はどうしようもなく遠くに思えた。


