滲んだ空の下、台本の空白に君を書いた。

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 梅雨はまだまだ明ける気配などなく、気がつけば定期公演は九日後に迫っていた。相変わらず晴れの日は少なくて、ジメジメとした稽古部屋で下校時刻ギリギリまで稽古する。何度も繰り返し通し稽古を重ね、本番が近いのだという実感が湧いてくる。
 初めは不自然だった私の演技も、次第に自然なものになっているらしい。徐々に求められることのレベルも上がっていき、細かく指摘されることも部員の一人として認められているのだと感じる。あの雨に濡れた日、私だけで抱えていた感情を高瀬先輩に打ち明けてから、感情的になる演技というのもわかってきた気がする。

「前から言ってたけど、明日は土曜だけど一日練ね。本番までラストスパートだから頑張りましょう」

 金曜日が終わり休日を迎えるが、呑気に喜ぶこともできない。定期公演前日の土曜日は、疲れを残さないために午前練だ。そのため明日は丸一日部活がある最後の日になる。明後日の日曜日は午前練だけで、その後の部活は放課後と前日の午前練だけなのだ。
 すっかり演劇部での活動が生活の一部になっており、休みは少ないが、その忙しささえも楽しく感じている。
 リュックを背負い部室を出ると、先に玄関にいた高瀬先輩と目が合う。今日も、もちろん陽葵と一緒に帰る約束をしている。その待ち合わせ場所である校門までの距離は、いつしか高瀬先輩と歩くようになっていた。
 あの話をして以降、下手に話しかけられないようにという高瀬先輩の気遣いなのかもしれない。たった数百メートルだが、その優しさに感謝しかない。傘が触れない距離で並んで歩く。

「幼なじみの子、見つけられる?」

 校門が見えてくると、そこには人がたくさん溢れている。陽葵は雨の日は玄関で待っていることもあるが、今日はそちらにはいなそうだ。校門をじっと見渡せば人の隙間から陽葵の姿を見つけられる。

「あそこ、いました」

 小さく指をさして伝えると、その光景に高瀬先輩は苦笑する。

「相変わらず、人が多いね」
「ですね……でも、今日はクラスメイトばかりなので大丈夫そうです」
「それはよかった」

 ある程度仲の良いクラスメイトだったので、普通に話しているだけだろう。声をかけるタイミングを考えながら陽葵を見つめる。

「じゃあ、ここで。お疲れ様でした」
「うん、気をつけて帰ってね」

 陽葵と目が合ったのをきっかけに高瀬先輩と別れる。彼は校門前の人混みを気にせず、そのまま歩いて見えなくなった。私も陽葵にゆっくりと近づき声をかける。

「やっと来た! 帰ろうか」

 私が近くに来ると陽葵は「またね」とクラスメイトに手を振り、呆気ないほどすぐに歩き出した。その背中を追うように私も歩きだし、隣に並ぶ。なぜか、陽葵の歩くスピードはいつもより少し早い。

「帰るの、私を待たなくてもいいのに」

 電車から降りても早足な陽葵に、そんなに早く帰りたかったのかと声をかける。演劇部の練習場所はテニスコートよりも校門から離れた場所にある。その上ギリギリまで部活をやっているため、毎回陽葵を待たせてしまっている。

「そういうんじゃないよ」
「じゃあ何? 今日、早足じゃん」

 少し斜め後ろから私が言うと、陽葵はやっと足を止めて振り返った。その表情はどこか不貞腐れているように見える。

「芽依今日も、私に声かけるの躊躇ってたでしょ。気づいてるなら早く声かけてくれたらいいのに」
「それは、みんなと話してたから邪魔かなって」
「そんなわけないじゃん。私は芽依を待ってるんだよ?」
「……ごめん」

 今までにない強めの口調で陽葵は捲し立てる。なぜこんなにも不機嫌なのか、私にはわからない。徐々に強さを増す雨の中、歩けば五分もかからずに家に着くというのに、私たちは足を止めている。

「芽依はいいよね、一人でも平気そうにしてる」
「なにそれ、嫌味?」

 突然投げかけられる言葉に、声が一段階低くなるのを感じる。

「違うよ、素直にそう思うの。芽依は私なんかいなくても、一人でもいつも平気な顔してる」
「そんなこと……」
「私には無理だもん。いつ、また一人になるのかってずっと不安で――芽依がいなかったら、今も一人ぼっちかもしれない。そう考えるだけで怖くて仕方ない」

 陽葵には似合わない乾いた笑いを零しながら言う。その表情はいつもより歪んでいて、ただそんな陽葵から放たれる言葉が私に突っかかる。

「平気なわけないじゃん。陽葵は何も知らないくせに」
「そうだね、何も話してくれないもん」

 陽葵はそう言い残してまた歩き出した。こんなに言われたことも言ったことも初めてで、私は足が動かないでいる。動揺で足は重たいのに、心はどこか妙に軽い気がする。自分の感情がバラバラに浮かんで、何が本当なのか分からなくなっていた。