封印の珠が砕け、黒い霊気が天へと昇る中、風露は漆黒の着物を翻し、八犬士の前に立ちはだかった。

「玉梓様はもう復活された。あなたたちが今相手にしているのは、序章にすぎない」

その声は静かだったが、空気を震わせるような威圧を帯びていた。

「でも、その前に、あなたたち全員には退場してもらう」

次の瞬間、風露の背後に黒き羽根が顕現した。翼ではない。それは怨霊が凝縮した“羽根の形をした呪”だった。まるで悪夢の具現。

「来るぞ!」

蒼真が叫ぶと、義の珠が白く光を帯びて霊気を刀に宿す。

風露の手がかすかに動く。その瞬間、地面から黒蛇のような怨が飛び出し、八犬士たちを襲う。

「くっ!」

玲音が智の珠の光で術式を解析し、回避指示を叫ぶ。

「右回避! 巻き込み系じゃない、拘束型だ!」

蒼真と直人が前に出て、怨を斬り払うが、黒蛇は再生しながら迫る。

「霊力が無限に湧いてるのか……!」

蓮が手裏剣を投げ、時間を稼ぐ。

その隙に、美咲が結界符を地面に展開。

「陽転霊鎖。破邪結界、展開!」

一瞬、光の網が怨を焼き払うが――。

「甘いわね」

風露が手をかざすと、結界の外から別の空間が滲み出す。

「これは――!」

香夜が驚愕する。

「空間をねじ曲げてる。あの女、自身の周囲に”死相結界”を常時展開してる!」

「つまり、通常の術は通らないってことか……!」

犬飼白夜が刀を構える。

「なら、珠の力を通すしかない!」

白火と炎夜が空へ舞い、風露に迫る。

「炎翼斬陣!」

炎の羽が何十枚も広がり、旋風とともに風露を包囲する。

「焼け尽くせッ!」

だが、風露はその場で指を一本、立てた。

「黒花・無明!」

彼女の周囲に咲く黒蓮の花。その花びらがひとひら舞うたびに、炎が吸い込まれていく。

「火が、消える?」

「吸霊蓮か……!」

美咲が歯噛みする。

「これは……因果を反転させる術。私たちの霊力を逆に養分として取り込んでる!」

景臣が前に出ると、仁の珠が光を放ち、彼の太刀に祝福の力が宿る。

「なら、霊力に頼らず、意志で斬るまで!」

「景臣、待て!」

だが、止める間もなく景臣の刃が風露に迫る。

その瞬間、風露の目が光った。

「霊縫!」

無数の細い糸のような黒線が空間を走り、景臣の身体を絡め取る。

「……っ!」

「珠の力は素晴らしい。でも、それに頼った時点で魂は見えるの。あなたの仁、とても優しい。だからこそ、私はそれを――」

風露の指が動く。

景臣が膝をついた。

「景臣!!」

玲音が駆け寄る。智の珠を使い、術式の構成を読み取る。

「違う、これは霊縛じゃない。魂ごと、相手の感情を封じる術だ!」

「心を縫ってる!」

そこへ、千龍の声が響く。

「だったら、こっちの考で上書きする!」

考の珠が輝き、千龍の掌から放たれた術式が、景臣に重ねられる。

「思考を解放しろ、景臣! 信じろ、お前自身の意志を!」

景臣の珠が再び光を帯び、黒糸がぷつり、と切れた。

「すまない、もう大丈夫だ」

立ち上がる景臣の目に、迷いはなかった。

風露は微笑む。

「なるほど、さすが八犬士。だけど、じゃあこれならどう?」

風露の体が淡く光を放ち、背後から“もう一人の風露”が現れる。

「影分身?違う。それ以上に、これは――」

「自我複写だ」

風露の声が、二重に響いた。

「私の想い、記憶、怒り、呪い、全部が複数体で共有してる。つまり、私を一人だけ倒しても、終わらないのよ?」

戦場が、極端に不利な状況に傾き始めた。

美咲の式神たち、白火・炎夜・華蓮・香夜・奏夜・阿古夜・鳳泉が八犬士を守るように円陣を組む。

そして、美咲が静かに口を開いた。

「みんな、ここで揃った意味、わかるわよね?」

全員が頷く。

「私たちは、この戦いのために八珠を継いだ。なら、ここで示そう、八つの因果を超える力を!」

彼らの珠が一斉に輝く。

そして、八犬士たちと風露の全面戦争が始まった。