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森の中心。巨大な岩に囲まれた円形の空間。

中央に鎮座する“封印の珠”。
かつて八犬士が封じた、玉梓の怨念を封印する最後の結界核には、明らかな異変が起きていた。

その表面には、まるで蛇が這ったような黒い亀裂が走り、そこから滲み出す霊気が周囲の大気を狂わせている。

「間に合わなかった……!」

美咲が符を掲げ、急いで結界を修復しようとするが――。

「もう遅いわよ」

どこからともなく、少女の声が響いた。

八犬士たちが一斉に警戒態勢を取る。

その声の主。闇の中からゆらりと姿を現したのは、黒い装束を纏った一人の少女だった。

年は美咲と同じくらいに見える。だが、その佇まいには異様な気配が漂っていた。空気が冷たくなり、周囲の光すら歪む。

「お前は誰だ」

玲音が低く問う。

少女は微笑むと、足元に黒い霊気を集めて、虚空に紋様を描いた。

「名乗るほどのものじゃない。でも、あえて言うなら、風露(ふうろ)」

「風露……?」

蒼真が唸る。

「その名前、記録にはない。お前、何者だ」

風露は微笑を浮かべたまま、背後の封印の珠に視線を移す。

「私は因じゃない。玉梓様がこの世界に再び足を踏み入れるために、現世に繋ぐ針として選んだ刺客。あなたたち八犬士にとっては、試練以上の存在かもね?」

一瞬、空気が変わった。

風露の足元から黒い気流が立ち昇り、それが獣のような形を成していく。
怨将とは明らかに異質な存在。より古く、より凶悪な霊的形態。

「これは……怨形……!」

美咲が目を見開く。

「怨将のさらに先、因果を固定する霊……これは完全に玉梓の力!」

風露が左手を掲げると、封印の珠が微かに悲鳴のような音を発する。

「その珠ね、もうすぐ砕ける。そしたら、あとは……第九の因が目を覚ますだけ。私はその露払いってわけ」

「第九の因、やっぱり存在してるんだな」

景臣が前へ出ると、仁の珠が淡く輝き、敵の動きを探る。

「でもそれがお前じゃないのなら……!」

「その通り、私なんかじゃない。第九の因は、もっと深くて怖い存在よ」

風露の目が一瞬、紫に光った。

「それを目覚めさせるために、あなたたち八犬士を揃えてあげたの。だって必要でしょう?全ての珠が揃っていないと、因果の器は開かないから」

「……!」

八犬士全員が一斉に視線を交わす。