森の奥へと進むごとに、空気は重く沈み、息をするのも困難になっていく。空には黒雲が垂れ込み、まるで世界そのものが拒絶しているようだった。

先頭を行く美咲は、歩みを止め、手の中に結界符を取り出す。

「この先は結界が歪んでる。誰かが、内側から封を壊そうとしてる」

蓮が周囲を見渡す。

「外からじゃなく、内から……ってことは、何かが覚醒しかけてるってことか?」

白夜が眉をひそめ、刀の柄に手を添えた。

「第九の因って、さっき言ってたよな。美咲、そいつは何なんだ?」

少しの沈黙の後、美咲が口を開いた。

「かつて八犬士に敗れた玉梓、彼女の怨念は封じられたはずだった。でも、完全には消えていなかった。断ち切れなかった“九つ目の因果”、それが今もなお、封地の奥に眠っている。いや、目覚めかけている」

「玉梓の残滓……!」

玲音が息を飲んだ。

「それがこの怨将どもを動かしていたってのか?」

「正確には、玉梓の意志に連なる者。誰かが、その因果を引き継いだのかもしれません」

蒼真の目が鋭く光る。

「じゃあ、その“第九の因”が完全に目覚めたら、また同じ戦いが繰り返されるってことか」

「いや……今回はそれ以上になる」

阿古夜が、森の気を読むように目を閉じた。

「これは、ただの怨霊の再誕じゃない。あれは――“因果を喰う存在”だ」

「因果を喰う?」

直人が眉をひそめる。

「つまり、俺たちの〈珠〉の力すら、取り込もうとしてるってことかよ」

「そういうことです」

鳳泉が空から舞い降りる。翼をたたみ、静かに地に足をつけると、冷えた声で告げた。

「このままでは、封地だけでなく、この地に宿る記憶そのものが消される。歴史ごと、呑み込まれるぞ」