封地へ向かう道は、かつての山道の名残を留めてはいたが、今や黒ずんだ樹々に覆われた瘴気の森と化していた。

「……空気が変だ。珠が反応してる」

蒼真が〈義の珠〉を手に警戒する。

「結界に歪みがある。空間が捻じれてるわ」

美咲が言い終わるより早く、道の先に——黒い霧が渦巻き始めた。

突如、地面が崩れ、空間が裂ける。

八犬士と美咲たちは、強烈な重力に引きずられるようにして、異界の裂け目へと落ちていった。

気がつくと、一行は森の中にいた。
ただし、先ほどとは違う。

血のように赤い空、倒錯した木々、地面を這う影が蠢いている。

「ここは……結界の裏。怨念が流れ込んだ、“裏側の世界”だ」
美咲の声が低くなる。

「歓迎してやろう、人の子らよ」
どこからともなく響いたのは、人とも獣ともつかぬ、耳を撫でるような不気味な声。

影の中から、四体の黒衣の怨霊武者が姿を現した。
鎧は砕け、体は半ば腐り、目には怨念の光が灯っている。

「……玉梓の僕、怨将か」

玲音が剣に手をかける。

四体の怨将は、かつて陰陽寮に仕えた者たちの成れの果て自我を失い、封印の力を逆に喰らった者たち。

「来るわよ、出てきて!」

美咲が命じると同時に、四柱の式が召喚された。

朱雀・風月、白虎・叶芽、蛇神の双子・奏夜と香夜。

戦闘が始まった。