その夜、犬坂家の屋敷に、八犬士の血を継ぐ者たちが集っていた。

蒼真が懐から〈義の珠〉を取り出し、掌に乗せる。
珠は淡く脈打つように光っていた。

「これで全員が揃った。仁、義、礼、智、忠、信、考、悌。すべての珠がここにある」

その声に呼応するかのように、八つの珠が淡い光を放ち、静かに共鳴を始める。
まるで、久しく離れていた兄弟たちが再会を喜び合っているかのようだった。

だが、玲音が火を見つめながら言う。

「なのに、不思議なことがある」

皆の視線が彼に向けられる。

「本来、八つの珠が揃えば完全なる結界が発動し、怨霊の力は封じられるはずだ。それが、まだ成されていない」

焚き火の影越しに、藤雅が視線を交わす。

「つまり……揃っただけじゃ、ダメってことか」

美咲が頷き、懐から小さな式盤を取り出した。

木製の盤に彫られた八芒星の中心がかすかに揺らぎ、まるで裂け目のような波紋を広げている。

「八つの珠は、もともと怨霊封印のための“鍵”だった。でも今、それが何者かの手で歪められているの」

「玉梓だけじゃない……何かが動いている。別の意思が、背後に……」

景臣が落ち着いた口調で呟く。その言葉に、誰もが無言で頷く。

そして——玲音がふと、低い声で口を開いた。

「八つの珠と結界について記された古文書に、“第九の因”の存在がほのめかされていた」

空気が一瞬、凍りついた。

「第九……?」

千龍が思わず問い返す。

「八犬士に続く、九人目がいるということか……?」

重たい沈黙が降りた。障子の外で、風が笹を鳴らしている。

美咲が式盤を見つめながら静かに言う。

「真実は、南方の封地にあるはず。玉梓が退けられた、あの地。すべての因果が生まれ、終わった場所よ」

再び静けさが満ちる中、千龍がゆっくりと立ち上がる。

「なら、行こう。すべての始まりの場所へ」

八つの珠が一斉に微かに光を増し、その決意に応えるように共鳴した。

美咲の屋敷の天井を越えて、夜空に散る星々が、彼らの歩みを見下ろしていた。