夕暮れが山々を朱に染める頃、千龍たちは次の目的地へと歩を進めていた。

「怨霊の動きがまた活発になっている。次は“智”の珠を持つ者のもとへ急ぎましょう」

美咲が式盤を見つめながら言った。

「犬坂毛野の血を引く者……か」

蒼真がつぶやいた。

「智の珠、どんな力を持っているのだろう」

その村は、澄んだ小川のほとばしる里山の中にあった。
入り口には古びた神社があり、その鳥居をくぐると、優しい風が頬を撫でた。

「この村か……」

千龍は静かに息をつくと、森の奥から爽やかな風とともに一陣の気配が迫った。

「誰だ?」

藤雅が剣を構え、警戒の目を向ける。

「そこまでだ。よそ者は通さない」

鋭い声が響き渡り、一人の青年が姿を現した。
身長は高く、細身ながら筋肉の躍動を感じさせる。
黒髪をなびかせ、碧い瞳が深い知性を映していた。

「犬坂玲音、坂毛野の息子だ」

その声に、美咲が微かに息を呑んだ。

「智の珠、間違いない」

玲音は無言で千龍たちを見据えたまま、少しも動じずに言った。

「何の用だ、怨霊討伐に関わる者か?」

千龍は村雨を静かに納めながら答えた。

「そうだ、君の力が必要だ」

玲音は唇を引き結び、じっと千龍の目を見た。

「智の珠は、ただの知恵や学問ではない。状況を読む“洞察”と、“正しい判断”を司る。俺はその責任を負っている」

彼の声には重みがあり、その言葉が千龍たちの胸に深く響いた。

その時、森の中からまた怨霊の気配が漂い始める。

玲音は冷静に刀を抜き、構えた。

「戦いは避けられないようだな」

千龍も刀を握り締める。

「共に戦おう。智の力、見せてくれ」

玲音はゆっくりとうなずき、薄く微笑んだ。