「せんせ~」
「どうした」
海の死から10年が経った。
俺は教育学部を卒業し、今は高校教師として日々忙しく過ごしている。
明るい生徒が多く、むしろ騒がしいぐらいなのだがそれなりに楽しい。
「質問してもいい?」
「授業に関わることならな」
「関係ないことだけどいい?」
「・・・聞くだけ聞こうか」
「そのヘアゴムって誰のなの?」
質問をしたいと言った生徒が、俺のカッターシャツの胸ポケットを指さした。そこにはあの時のヘアゴムが入っている。
「最初は没収した物だと思ってたけど、ずっと入ってるから先生の私物なんでしょ?」
「でも先生の髪短いよね~」
好き勝手に言う生徒たちを見回して溜息をつく。言及されては面倒なことは目に見えていた。
「なになに、恋人とか?」
「えー!先生の恋愛話聞きたーい」
「恋人じゃないし、俺のことに興味を持つな。授業続けるぞ」
教科書を持ち直せばクラス中からブーイングが起こる。
高校生というのは本当に元気だ。あと、しつこい。
「じゃあヒントちょうだい!」
「ね?気になって夜しか眠れないよ」
「そんなこと言って、お前らいつも授業中寝てるだろ」
いつも通り適当にあしらっていたのだが、今日に限って簡単に引いてくれない。
このまま授業を続けても聞いてくれないような気がしたから、諦めて教科書を置く。
「……大切な人の忘れ形見」
「うわ、意味深」
「先生の片想い?」
「だから恋愛感情はないって。そんな簡単な言葉では表せないんだよ」
「なんかキザ~」
「お前ら~…次の通知表楽しみにしておけよ」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ生徒とそれを見て笑うクラスメイトたち。
この学校の教室の窓からは、綺麗な海が見渡せた。

