花が散った青い春に何の意味があるのだろうか

「おはよう翼」

「おー、おはよ白木」

教室に入れば、先に登校していた白木がこちらに気づいて声をかけてきた。

隣の席の白木は俺の在籍するクラスのクラス長で、マドンナ的なポジションでもあった。

「今日、進路希望調査の紙の提出日だけど持ってきた?」

「…それまじ?」

「1週間ぐらい前から言われてたよ」

「5月ぐらいから毎月提出させられるから今月出したと思ってた」

「確かに分からなくなるよね」

「あー、だから先生に昨日呼ばれたのか。海も教えてくれればよかったに」

俺がそう言うと、白木は何故か眉を寄せていた。何か変なことを言っただろうか。少し不安になる。

すると、担任の先生が入ってきた。

先生はいつも通り出席を取り始める中、俺は慌てて机の中を探る。確かこの辺りに、

「…これか」

くしゃくしゃになった進路希望調査の紙を必死に伸ばす。

なんとか記入できる程度に伸ばしたところで先生がプリント回収の合図をかける。

「間に合わないじゃん」

「そもそも、それ印鑑が必要な書類だよ」

「印鑑は持ってる」

「堂々とそういうこと言わないの」

結局、進路希望調査は白紙のまま提出した。

その後、先生から呼び出しを食らうことは覚悟の上だ。




「さて、なんで呼ばれたのか分かるな?」

「……分かりません」

「くしゃくしゃな上に白紙の進路希望調査な」

放課後、案の定進路指導室に呼び出された。

昨日ぶりの進路指導室で、先生は呆れ顔でため息を吐きながら、俺と向かい合うように座った。

「お前、卒業後どうしたいんだ?」

「割と本気で1年留年もありかなと思ってます」

「いやなしだよ。卒業してくれ」

「ええー」

俺だって真面目に考えているのに。

外から運動部の掛け声が聞こえてくる。

今頃、同級生は最後の大会に向けて汗水垂らして部活をしているというのに、なぜ自分はこんなところにいるのだろう。

「俺は就職でも進学でも本人が進みたい道を全力で応援したい。でも迷うどころか白紙は流石にな」

「すいません」

「とりあえず、方向性だけでも決めないか?文系のクラスではあるが、戸田の成績なら理系でも行けると思うぞ」

「じゃあ理系で」

「……じゃあってなんだ」

「じゃあ文系で」

「……はぁ」

先生が深い溜息を吐いた。

海を待たせていることもあり、あまり遅くなりたくはない。

海はなりたい職業はあるらしかったが、それも昨日初耳だった。

お互い、進路の話はあまりしたことがなかったのだ。

「……水谷はどんな感じだった?」

「どんな感じって何がですか」

「進路とか夢とか」

「知らないです。あ、でも、昨日、初めて夢があるとは聞きました」

「昨日…?」

先生は不思議そうな顔をしている。

しかし、すぐに納得したように小さく笑った。

「じゃあ戸田から水谷に伝えといてくれないか。他の先生が言うには水谷も進路希望調査出してないみたいなんだよ」

「え、俺から言うんですか?」

「なんでも逃げ足が速いらしくてな。いつの間にかいないんだと」

「分かりました」

「そのついでに戸田もそろそろ進路決めておけ。せめて…そうだな。夏休み明けまでには決めておいてほしい。そこまで期限伸ばしてやるから、休みもちゃんと勉強しろよ」

「はーい」

そこで話は終わり、俺は急いで海と待ち合わせをしている駐輪場へと向かった。




 
「悪い、遅くなった」
「んーん、いいよ」

ぼんやりと遠くを眺めていたらしい海は声をかけるとこちらを見て微笑んでくれた。

昨日と同じようにスタンドを立てた自転車に乗ってカラカラと漕いでいる。

「そういえば、進路希望調査出せって先生が言ってたぞ」

「ちょっとやめてよ。翼まで先生たちの回し者になったの?」

「言い方悪すぎだろ」

「翼は出した?」

「おう。白紙だけどな」

「あはは、やっぱりね」


怒るどころかケラケラと笑う海に、俺も笑った。

あんな紙切れ1枚に書き込める程度の進路を考えるよりも駐輪場で駄弁っている時間の方が有意義に感じる。

まぁ、俺が進路なんて真剣に考えていないだけかもしれないが。

「今日はもう帰ろ」

「そうだな。部活ももう終わったっぽいし」

今日も話しながら自転車を押して歩いて帰れば、いつもの分かれ道に着いた。

何故かいつもより早く着いた気がする。

「じゃあな」

「うん」

海は手を振って帰って行った。

海の姿が見えなくなった後、俺はまたいつものように自転車を漕ぎだした。






 

「じゃあ今日で1学期は終わるけれど、今年は受験生だから勉強を疎かにしないように」

終業式を終え、教室に戻ると担任の先生がそう言った。

先生の言葉にクラスメイト達は面倒くさそうにしている。

俺もその内の1人だが。

午前だけの日程だけだったため、早々に鞄を持って海と待ち合わせをしている屋上へ向かう。

「海~」

屋上の錆びた扉を開けて、海を呼ぶ。

海はすぐに振り向いてくれた。

「待ったか?」

「ううん。僕もさっき来たばっかり」

「そっか」

2人で並んで空を見上げる。

暑くはあるが風の通りが良く、体感はいつもより涼しかった。

「いつも駐輪場なのになんで今日は屋上で待ち合わせだったんだ?」

「今日部活がないらしいから駐輪場混むかなって思ったから。あと、素直に屋上に上がってみたかった」

「なるほど」

確かに、普段は使われていない屋上の鍵が開いているというのは珍しいことだと思う。

上から下校する生徒を眺めるのも悪くはない。

「なぁ」

「ん~?」

「夏休みさ、海行かね?」

「勉強は?」

「いいじゃんそんなの」

俺がそういうと、海は少し困ったような表情をした。

そしてその表情とは逆に海の答えは意外にもOKで、俺らは夏休みに入ってすぐに行くことになった。