あやめは穢れを祓う、ヨルの巫女だ。
穢れとは何も無いところから涌くものではない。
悪意、病。
個人から芽生えたものが凝り固まって穢れを呼び、災いへと膨れ上がる。
ひとつひとつの災いは互いの持つ穢れを感じとっては引き寄せあう。それは混ざりあって大きな歪みとなり、果ては都じゅうを覆い尽く厄災となる。
厄災によって幾度も灰燼に帰してきたこの国で、穢れのうちに始末することが最良の手段であると人々が腐心するようになって数百年は経つだろう。
その手段がヨルの巫女である。
7つを迎える娘が持つ「証」。それがヨルの巫女に選ばれた根拠である。畏怖と賞賛を欲しいままにし、穢れに太刀打ちできる唯一の救世主だ。
穢れを受け、苦しむものを救える力を持つ娘。
縋れるものには我先にと群がるのが人間の性だ。
あやめがあの夜、なずなからむしり取ったあの赤い花は、あやめに不思議な力と両親に莫大な富をもたらした。
「ねえお母様。そのお着物、とっても似合っているわよ。その色、お好きなのね。よく着ているもの」
あやめは母親の周りをくるりと一周し、その背中に頬を寄せた。ともすれば己より小さくなりつつある背中を労る、仲睦まじい母娘のやりとりに見える。しかし、寄りかかられている母親は小さく喉を引き攣らせた。
「誰があつらえさせたものかしら?」
「……っ」
「ねえ?」
次にあやめは父親の腹に手を回して抱きつく。飢えることなく生きてきた壮年の男らしい腹囲だった。
「ご存知? 穢れは人間のみならず田畑にまで影響を及ぼすそうよ。懸命に耕しても実らないなんてかわいそうよね。そうそう。今日、穢れを祓った赤ん坊もガリガリにやせ細っていて……」
あやめは身を乗り出して父親を覗き込んだ。
「お父様……おいしいご飯が食べられて、お幸せね?」
殊更ゆっくりと言い聞かせるあやめの唇はつり上がっている。その瞳に宿るのは父の健康を慮る孝行娘の思いやりではない。
わなわなと震えながらも頷く父親をあやめは軽蔑の眼差しで見下した。男の背中を突き飛ばすようにして身を離す。
「お父様はわたしに意見できる立場だという自覚があるんでしょう。ならいくらでも仰って?」
「う……」
言葉に詰まる父親に、なずなを抱えた母親が寄り添う。
みすぼらしい娘に、情けない両親。着ているものに差はあれど、よほどこちらの方が似合いの親子だ。
穢れとは何も無いところから涌くものではない。
悪意、病。
個人から芽生えたものが凝り固まって穢れを呼び、災いへと膨れ上がる。
ひとつひとつの災いは互いの持つ穢れを感じとっては引き寄せあう。それは混ざりあって大きな歪みとなり、果ては都じゅうを覆い尽く厄災となる。
厄災によって幾度も灰燼に帰してきたこの国で、穢れのうちに始末することが最良の手段であると人々が腐心するようになって数百年は経つだろう。
その手段がヨルの巫女である。
7つを迎える娘が持つ「証」。それがヨルの巫女に選ばれた根拠である。畏怖と賞賛を欲しいままにし、穢れに太刀打ちできる唯一の救世主だ。
穢れを受け、苦しむものを救える力を持つ娘。
縋れるものには我先にと群がるのが人間の性だ。
あやめがあの夜、なずなからむしり取ったあの赤い花は、あやめに不思議な力と両親に莫大な富をもたらした。
「ねえお母様。そのお着物、とっても似合っているわよ。その色、お好きなのね。よく着ているもの」
あやめは母親の周りをくるりと一周し、その背中に頬を寄せた。ともすれば己より小さくなりつつある背中を労る、仲睦まじい母娘のやりとりに見える。しかし、寄りかかられている母親は小さく喉を引き攣らせた。
「誰があつらえさせたものかしら?」
「……っ」
「ねえ?」
次にあやめは父親の腹に手を回して抱きつく。飢えることなく生きてきた壮年の男らしい腹囲だった。
「ご存知? 穢れは人間のみならず田畑にまで影響を及ぼすそうよ。懸命に耕しても実らないなんてかわいそうよね。そうそう。今日、穢れを祓った赤ん坊もガリガリにやせ細っていて……」
あやめは身を乗り出して父親を覗き込んだ。
「お父様……おいしいご飯が食べられて、お幸せね?」
殊更ゆっくりと言い聞かせるあやめの唇はつり上がっている。その瞳に宿るのは父の健康を慮る孝行娘の思いやりではない。
わなわなと震えながらも頷く父親をあやめは軽蔑の眼差しで見下した。男の背中を突き飛ばすようにして身を離す。
「お父様はわたしに意見できる立場だという自覚があるんでしょう。ならいくらでも仰って?」
「う……」
言葉に詰まる父親に、なずなを抱えた母親が寄り添う。
みすぼらしい娘に、情けない両親。着ているものに差はあれど、よほどこちらの方が似合いの親子だ。



