あやめは静かに次の獲物を見定める。
 赤ん坊は見世物としては効果的だが続けてこなしても価値は下がる。
 ならば女か老人。男ならいかにもみすぼらしいのを選べば、対比させた時に自分の美しさが際立つはずだ。
 あやめはこういう時、眉を八の字にすることを忘れない。この仕草ひとつで皆を救えない歯がゆさに苛まれていると勘違いさせ、それでも手の届く範囲を救おうとする献身だと刷り込む。
 ここで顔色を青ざめて見せるのも一興だ。おしろいをはたいているのは美しくみせるためもあるが、民衆のために身を粉にしているか弱き女を演出している。
 すうと瞼を伏せて視線を気取られないように獲物を探す。座り込んでいる男の足が赤黒く変色しているのが見えた。
 
(ああ、だいぶ穢れが進んでいるわね)
 
 捲りあげた裾から見える膝下がひどい色だ。放っておけば足全体が穢れに侵食されて使い物にならなくなる。
 あれくらいのものを祓えば、今日という日を派手に締めくくることができるだろう。
 あやめは思わせぶりに右手を掲げる。ざわめきが止んだ。輿に戻るそぶりのない彼女を群衆は期待の高まったまなざしで見つめている。
 
(そうよ、もっとわたしを見なさい。賞賛しなさい。わたしだけがなし得るこの技にひれ伏すといいわ)
 
 ぴんと伸ばした指先を思わせぶりに宙へすべらせる。あやめの一挙手一投足に皆が注目している。
 
 しかし――
 
「お、お待ちください!」
 
 割って入ったものがいた。
 なずなである。ぼろぼろの裾を引きずって、群衆とあやめの間に両腕を広げて立ちはだかる。
 
「ヨルの巫女さまはたいそうお疲れのご様子。休息を必要としております。どうか、皆様お引き取りくださいませ」
 
 高揚して殺気立つものもいる中で、はっきりと言い切ったなずなの瞳は涼やかであり、声音にはっきりと芯がある。
 食いさがろうとした男が気圧されて引き下がるのを、なずなの肩越しに見たあやめは小さく唇を噛んだ。
 
 なずなの分際で。
 
 不愉快だ。気分が悪い。下卑た言葉遣いなら胸糞が悪い、だ。
 けれどここで揉め事を見せるのは悪印象だ。
 
 (仕方ない、か)
 
 あやめは小さく息をついた。もちろん、落胆の溜息だと受け取られないようにするのはお手の物である。
 なずなの背にもたれるようにして「ありがとう」と掠れた声で返事をする。なずながあやめの肩を抱きかかえるようにして輿に戻した。
 なずなが輿の幕を下ろす瞬間、あやめは手を伸ばしてなずなの腕を掴む。
 擦り切れた布の上からぐっと爪を立てれば、食い込んだ痛みになずなは顔を顰めた。
 そのままぐいと引き寄せる。
 
「余計なこと、しないで」
 
 そう耳打ちして幕を内側から閉ざす。担ぎ手たちの掛け声が聞こえ、輿が持ち上がった。
 小さく舌打ちをする。
 輿の後ろから徒歩でついてくる足音が、耳障りだった。