あやめとなずな、ふたりが七歳を迎えた夜のことだ。
 
「今日だけはこのお部屋で、ふたりだけで寝るのよ」
「どうして?」
「どうしても、よ」
 
 母親がいつになく強い口調であやめとなずなを薄暗い和室に閉じ込めた。
 床の間には白と黒の狐の置物が2つ、飾られている。
 ここはあやめ達家族が暮らす家ではない。知らないお屋敷だ。
 ここに来てからというもの、両親は知らない表情を見せてばかりだ。
 知らない大人のひとたちが、ふたりを無遠慮に眺めては何かこそこそ話し合っていたのを、あやめは居心地悪く感じていた。
 
「どちらが……だろうね」
「明日になればわかるさ」
 
 難しい話は理解できずとも、あやめとなずな、どちらかに何かが起こることはなんとなく見当がついた。
 あやめは隣のなずなを見る。ぽけっとした顔で立っているのを見るだけで、これが自分と同じ顔をしているという事実が胸の内側をがりがりと爪を立てて引っ掻いてくる。
 歩くたびにぎしぎし鳴る床が楽しかったのは昼間だけで、ふたりだけにされた今となっては床も畳も触れているのさえ嫌だ。障子に映る自分の影ひとつとっても不気味な化け物に見えてきた。
 
「あやめちゃん、こわい」
 
 なずながか細い声であやめの袖を握ってきた時、ほんの一瞬、あやめは「わたしも」と言いかけた。しかし実際に口をついたのは「それで?」という冷淡すぎる自分の声だった。
 なずなの手を振り払って、あやめは敷かれた布団に潜り込む。頭から掛け布団をかぶって目だけ覗かせれば、置いてけぼりになったなずなは、すんすんと鼻を鳴らしながら隣の布団に倒れるように横になった。
 
(ふうん、今日は泣かないんだ。泣いても誰も来てくれないから?)
 
 そう思いながらあやめはなずなに背を向ける。
 
「あやめちゃん、そっちいっていい?」
「いや」
 
 口もききたくない。
 
 あやめは固く目をつぶる。眠れない時には何かを数えればいいと知っていたあやめはその通りに心の中で数字を追った。
 きっと、なずなはあやめの半分も数字を知らない。
 ならば、あやめはなずなの分まで賢くあるべきだ。
 そんな考えで百まで数えた頃、あやめは静かに寝息を立てていた。