「……巫女様! そのようなこと、おれたちがやりますから!」
「あああ、巫女様のお顔に泥がはねて」
 
 おろおろと手をこまねいている男たちの間で華奢な影が立ち働いている。
 声はかけども手出しはできぬといった風に腰が引けている男たちを見上げた少女――なずなは手の甲で頬をぐいと擦った。
 
「いいんです。土いじりをしていれば汚れるのは当たり前でしょう? これがわたしのお役目ですし……何より、わたしがやりたいことですから!」
 
 ふわりと微笑むなずなに、父親たちについてなずなの手伝いをしていた少年少女たちが眉を八の字にしながらも顔を見合せ苦笑した。
 
萌しの巫女(きざしのみこ)様は飾らぬお方だなあ」
「巫女装束が汚れるのも厭わず畑仕事をなさるし」
「俺たちのようなものに膝をついて、同じ目線で語りかけてくださったぞ」
「それに何よりあの笑顔!」
 
 口々に誉めそやす彼らの視線の先では、膝まで裾をまくったなずなが足を汚しながら懸命に畑仕事に精を出していた。
 
「わあ、この間植えたのにもう芽が出ています!」
 
 無邪気な歓声に、年嵩の女がにこにこと寄り添う。
 
「そりゃあ萌しの巫女様が手ずから植えた種ですもの。ご加護を受けたからにはこの芽だって張り切ろうってもんですよ」
「そうなんですか? なら、嬉しいな……」
 
 なずなはそうっと手を伸ばし、土からわずかながらに突き出た芽を掬うようにして撫でた。葉の表面についた水滴がふるふると震えて弾ける。
 
「元気そうで良かったです。なにせこのあたりは、穢れが土の層の奥深くまで侵食して、もう何も育たないから捨てるしかない土地とまで言われていましたから」
「その絶望をひっくり返してくれるのが萌しの巫女様なんですよ! 今だから言いますけどあたしらも最初は半信半疑でね……」
 
 恰幅のいい女性が声を潜めて片目をつぶる。隣に居たもうひとりが恐れ多いと手のひらを突き出し揺らしたが、なずなは気にしていないといった風に首を振って続きを促した。
 
「でも、巫女様がお祈りをしてくれて、こうしてあたしらに混じって草取りやら水やりやらまで世話してくれる。それだけでも有難かったのに今やこうして種が芽吹いた!」
「どうしようかと泣いていたあの頃の自分に教えてやりたいですねえ。ここは見捨てられてなんかいない。こんなにも豊かな土地になるんだよって」
 
 大仰に両腕を広げる女性に、なずなは照れくさそうに肩をすぼめて頷いた。
 そよ、とさわやかな風がなずなの髪を揺らす。乱れた髪を抑えながら、なずなの視線は土から、そこで働く人々の姿に移る。
 
「わたしは幼い頃から何をやってもうまくいかなくて……できないのが当然、なんて諦めていたんです。それが突然、豊穣を司る萌しの巫女、だなんて言われて。嘘だって思いました」
 
 意外だといった風に女性は目を丸くする。なずなは頷いて苦笑した。
 
「でも、本当だって信じさせてくれるひとがいました。うずくまっていた私に寄り添ってくれて、立ち上がる力をくれた。おかげで萌しの巫女としての力が芽吹いたんです。何もわからないことだらけでしたけど……こうして貴方たちの笑顔を見ていると、自分にも何かできることがあるって思えて。最初からできないって決めつけて閉じこもるのは逃げてるだけ、わたしが立ち上がったことで救えるものがあるなら、笑顔にできるひとがいるなら、精一杯頑張ろうって思えたんです」
 
 なずなは静かに立ち上がる。柄杓で水遣りを始めたその腕に、昨日今日できたという見た目ではない痣や傷があるのを見つけて、彼女たちはなずなの過去に思いを馳せて頭を垂れた。
 
「元気に育ってね」
 
 柄杓の水が、土に染み入る。
 
「わたしにだってできることがあるんだもの。みんながひとつずつできることをこなせば、きっとすごいことが成し遂げられるわ」
 
 そうやって声をかけながら、なずなはひとつひとつの畝の間を静かに歩き、丁寧に草木に水を遣っていく。
 かけられるのは水だけではない。
 慈愛に満ちた言葉までもが、物言わぬ種に注がれ、それを見守る人々の心を潤していく。
 なずなの笑みひとつで芽吹き、伸び、成りゆく生命がそこかしこに溢れている。
 萌しの巫女として、なずなは立派に役目を果たしていた。