ココはゆっくりと体を起こした。
 夜の闇を映した豊かな黒髪が重力にまかせて背中を滑り降りる。
 それを手の甲で払うと、無言で唇の端を指で拭った。
 
「余さず腹に収めたが……此度の穢れ、なかなかに身に余る量よ」
 
 ココは辺りを見渡す。
 彼方まで続いていた赤い褥は今はなく、むき出しになった土は焼け野原のようである。
 あやめの姿ももうそこにはない。
 あるのは干からびた赤い花が一輪転がるのみだ。
 ココはそっとそれをつまむ。
 
「そういえば……狐花、ともいうのだったか」
 
 いくつもの名前をもつその赤い花は、その名前の響き通りの穢れを集め、赤く咲く。
 そして咲き誇ったその花は、次のヨルの巫女のもとへ向かい、その花びらでいざなうのだ。
 花びらに魅せられた少女が辿る末路がどのようなものかは、多少の差はあれどみな同じ。
 今まで何人の娘が穢れを憑らせてきたのかは、ココも覚えていない。
 ココはなるべく指先に力を入れずにつまんだつもりだったが、微弱な振動にも耐えきれなかったそれは花の形を保てぬまま、脆くも崩れおちた。
 
「お勤め、ご苦労」
 
 土くれと一体化するそれに目礼したココはふるふると首を振って艶やかな毛並みの狐の姿に戻った。豊かな髪のひとふさは尻尾に変わっている。
 
「憑り集まった穢れを喰らって鎮めて……幾度味わってもヨルの巫女を喰らう瞬間の絶望は格別だ。特に此度は活きのいい憑坐だったことよ……ああ、これでしばらくはここでおとなしくしていても退屈せずにすみそうだ」
 
 尻尾を揺らしながらココが行き着く先は小さな社だった。
 かつて朱に染まっていた鳥居はほとんど色が抜け、建っているのが不思議なほどの歪みようである。
 
「此度は幾年ここにこもっていれば良かろうかな。何せ溢れんばかりの穢れを呑んだからな……しばらくは腹も空きそうにない」
 
 満足げに鼻を鳴らしてココは社の奥に消える。
 花だった土くれがまた花の形になるまで、そしてここを再び花の褥にするように咲き誇るまでは、また幾百年か時を待たなければいけない。