優越感、という言葉を知るより前から、あやめはその感情を知っていた。
 
 自分より小さな双子の妹、なずな。
 同じ顔をしているのに、何もかもが自分より下だった。
 
「もうあやめはできるようになったのか、すごいな」
 
 何ができるようになったのかは覚えていない。けれど父の手は優しく自分を抱き上げてくれたことを、あやめはちゃんと覚えている。
 
「かあさまは?」
「なずなの方にいるよ。まだあの子はあやめと同じようにできないからね」
 
 むっとあやめは頬を膨らませる。
 
 自分の方がすごいのに。できるのに。どうしてかあさまもこっちに来てくれないの。
 
 別に母親だけがなずなにつきっきりだったわけではなく、その逆もあった。
 家族で(いち)に出かけた時、途中でなずなが眠ってしまったこともある。
 
「しょうがないなあ、なずなは」
 
 笑いながら父親はなずなをおぶって歩き出した。
 
「とうさま、あやめもおんぶ」
「んー? ごめんなあ、今はなずなをおんぶしてるから。帰ってからにしような」
「いま! いまがいい! なずなを起こせばいいでしょ?」
「こら。おとうさまを困らせないの。かあさまとおててを繋ぎましょう」
 
 そう言って繋いでくれた母親の手はあたたかった。
 けれど、欲しいものはどうしても全部手に入らない。
 
 なずなは何もできないのに。
 わたしは何でもできるのに。
 
 ただ口を開けているだけで何もかも与えられる、自分とそっくりな存在。
 あやめの中に溜まったそれが、淀んだ色の種となる。芽吹く時を待つそれは、じたばたと揺れ動いては彼女の胸を内側から叩いていた。