「雪、降りそうだね」
曇り始めた空を見上げながら、弾むような声を出す愛原。
膨らんだコートのポケットから、赤い帽子がはみ出している。
「寒くないのか?」
「うん、大丈夫」
「雪、降って来たらちゃんとかぶれよ」
そう言って動物を愛でるように頭を撫でると、愛原は満面の笑みを浮かべて頷いた。
いつも会話の中に垣間見えていた、遠慮や緊張感はどこにもない。
「そういえばさ、獅童君の連絡先、聞かなかったの?」
「あぁ、聞かなくてもまた会いそうな気がしたから」
「確かに、陽華ちゃんの家に行ったら会いそうだね」
「愛原は?」
「ん?」
恍けているのか忘れているのか、何の事かと首を傾げる愛原。
待ちぼうけを喰らっている友人が途轍もなく不憫になった。
「まさか、星崎と連絡先の交換をしてないとは思わなかったよ」
「あ……えーっと、聞かれなかったから」
なんの戸惑いもないあっさりとした声。
鈍感と言うか、何というか……。
「今までどうしてたんだ? 今日の待ち合わせの事とか」
「それは、天城さん経由で……」
「なるほどね」
天城なら鼻息荒めで張り切ってただろうな。
容易に想像出来てしまい、不意に笑ってしまう。
「大神君、なんか楽しそう」
「そうか? ――いや、そうかもな。愛原のおかげだな」
「私?」
「愛原と仲良くならなかったら、凪の気持ちを知る事も無かったし、星崎と友達になる事もなかっただろうからな。それに、学校に行くのが楽しみになった」
「でも、星崎君とは春頃から仲良くしてたよね?」
「いや、サッカー部にしつこく誘われてただけだよ。仲良くなったのは愛原の存在があったからだ。詳しく聞きたい?」
ニヤニヤしながら問いかけると、愛原は恥ずかしそうにうつむいた。
「い、いえ、結構です」
「ま、あとは本人とじっくり話してくれ、泣きそうな顔してこっち見てるから」
「え?」
顔を上げた愛原の表情が困惑に満ちて行く。
灯が点り始めた駅舎を背に、星崎は待っていた。
寒そうに手を揉む星崎。
追い討ちを掛けるようにパラパラと雪が降り始める。
「ほら、早く行ってやれ」
「うん、今日はありがとう」
愛原は俺との約束通り、赤い帽子を目深にかぶると、星崎の元へと駆けて行った。
「がんばれよ」

