荒れる鼓動と溢れる恐怖心。
逃げ出したいのに手を掴まれているせいで身動きが取れない。

神様は意地悪だ。

一気にこんな試練を与えて来るなんて。
それに、あの猫はもうどこかへ行ってしまった。
 
自然に涙があふれる。
この状況に。
自分に。
全てに。

「お、おい、なんで泣いてんだ?」

私の涙に動揺したのか、獅童君は弾かれたように手を離した。
今なら逃げられるかもしれない。
けれど絶望に打ちひしがれた体は言う事を聞かなかった。
無気力にうつむいた地面にしなやかな人影が落ちる。

「陽華ちゃん……?」

力なく呼びかけた先には、陽華ちゃんの背中があった。

「ちょっと、あんた誰? 鈴のストーカー?」
「は? お前こそ誰だよ」
「私は鈴の友達。なんか文句ある」

え? 友達?
確かに友達だったけど、今はもう……。

言葉に出来ない複雑な思いが顔に出てしまったのか、獅童君は私を見てニヤリと笑う。

「ほんとかよ。俺にはそうは見えな――」
「友達だっつってんだろ!」
「――っ!」
 
陽華ちゃんの叫びと共に、薄笑みを浮かべていた獅童君は軽々と飛んで行った。
強烈な右ストレートが頬に直撃したからだ。

「鈴、逃げるよ!」 

陽華ちゃんは私の手を取り走り出す。

「え、あ、ちょっと――」

被っていた帽子が宙を舞い、倒れた獅童君の顔にふわりと落ちた。
取り返す事の出来ない距離。

諦めるしかない。
 
人前で帽子を脱ぐのはあの日以来。
まだ覚悟は出来ていなかったけど、あの時のように動揺する事は無かった。
大神君の言葉を信じていたから。
 
猫耳なんてない――。

その言葉を胸に、陽華ちゃんに手を引かれて公園を後にした。



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