おじさんと電話で話してから一週間、今日も愛原は姿を見せない。
賑やかな教室の中に浮かぶ空っぽの空間。
愛原の机だけが別世界のように感じた。
このまま退学なんて事になったら、俺の責任だよな……。
あまり活躍の場が無いスマホを取り出し、ルミさんに教えてもらった愛原の番号を眺める。
あれから一度もかけていない。
何度かおじさんにかけようとしたが、話す事がまとまらずに今に至っている。
どうしたら学校に来てくれるか頭を悩ませていると、
「起きてるなんて珍しいな、昨日はよく眠れたのか?」
爽やかな笑顔の星崎が俺を見下ろしていた。
その姿に少しイラついた俺は、スマホごと机に倒れ込む。
「だったら良かったんだけどなー」
「なんだよ、眠れないのか?」
「まぁな」
「何か悩み事なら相談に乗るぞ? ま、大体見当はついてるけど」
原因が愛原だと気付いているのか、星崎の声は途轍もなく優しい。
相談したら的確なアドバイスをくれるだろうか。
「なぁ、星崎……」
「ん?」
「……やっぱいい」
相談って何をどう説明するんだ?
愛原の帽子の秘密を避けながら話すのは、想像するだけで骨が折れる。
自分で解決するしかないか……。
諦めて机と一体化していると、星崎が気合を入れるように俺の背中を叩いた。
「そーか、ま、俺に相談するまでも無く解決しそうだし、頑張れよ」
「どういう意味だ?」
「自分で確認しろ、じゃあな」
そう言い残し、星崎は男子達の群れに戻って行く。
確認って何の事だ?
寝不足のせいか頭が回らない。
気分転換に少し歩こうかと立ち上がったその時――、
「愛原さん、体調はもういいの?」
心配そうなクラスメイトの声が耳に届いた。
俺は弾かれたように声の主を探す。
辿り着いた先には、無理矢理な笑顔でクラスの女子と話す愛原がいた。
「う、うん、大丈夫。ありがとう」
たどたどしい口調。
可愛らしい声。
真っ赤な帽子。
間違いなく愛原だった。
嬉しさと安堵で今すぐ声をかけそうになったが、急に怖くなって思いとどまる。
電話ですら話したくないと思われているのに、まともに口をきいてくれるだろうか。
拒絶される事を想像して二の足を踏んでいると、不意に愛原と目が合った。
作り笑いが崩れて恐怖に変わって行く。
心臓が掴まれたように痛い。
ダメだ。
俺は暫く近寄らない方がいいかもしれない。
気分転換では無く、頭を冷やした方が良さそうだ。
溜息を吐きながらフラフラと廊下に向かう。
教室の片隅では、例の美少女と取り巻きが下品な笑顔を浮かべていた。
その視線は全て愛原に向かっている。
気付かれる事を望んでいるような、敵意が込められた目付きだ。
何食わぬ顔で通り過ぎながら、そっと聞き耳を立てる。

