「俺はただ、ルミさんの家に居候してるだけで、愛原と仲がいいわけじゃない」
「でも、悪いわけでもないだろ?」
「確かに、昨日まではそうだったけど……」
 
ぐしゃりと不快な感覚が指先に走る。
剥き損じたゆで卵の殻に親指が軽く沈んだ。

「お前、愛原さんに何かしたのか?」
「――たぶん」
「たぶんって何だよ」

語気を強め、眉根を寄せる星崎。
ここまで不快な表情は初めて見た気がする。

「なんで怒ってるんだ?」
「怒ってないし、聞いてんのはこっちだ。愛原さんに何したんだ?」

いやいや、怒ってる怒ってる。

「――なにもしてないよ」
「はぁ? どっちだよ」
「何も出来なかったし、何もしてやれなかった。だから愛原は学校に来なくなった」
「意味わかんねー、もっと分かるように説明しろよ」

明らかに苛立ち始めた星崎。
初めて向けられた攻撃的な視線に胸が痛んだ、
昨日の出来事を話せば、星崎は苛立ちから解放されるだろう。
だがそれは、愛原が一番恐れている事だ、
相手がだれであろうと、たった一人であろうと、話してしまった時点で俺は信用に値しない人間になってしまう。

それだけは嫌だ。
もう、これ以上誰かを傷つけたくはない。

「――悪い、上手く説明できない」

ゆで卵を見つめたまま謝る俺に、星崎は諦めたように肩から息を吐いた。

「お前さ、愛原さんが学校で楽しそうにしてるの見た事ある?」
「いや、犬とか猫と遊んでる時は凄く楽しそうだけど」
「やっぱそうなのか……」
「何か知ってるのか?」

気まずさを忘れて星崎に顔を向ける。
そこにはもう苛立った様子は無く、懐古に耽るような穏やかな表情があった。

「中学の時に、俺んちで飼ってた猫が行方不明になってさ」
「猫……?」
「あぁ、貼り紙したり聞き込みしたり、ネットで拡散してもらったりして探してたら、ルミさんから連絡が来たんだ。猫を保護してるって」

そう話しながら、星崎はスマホを取り出しフォトフォルダをスクロールし始める。

「もしかして、ルミさんに世話になったってその事か?」
「そうそう。――お、あったあった。確認の為に保護された猫の写真を送ってもらったんだけどさ」
 
目的の写真を見つけたらしい星崎は、俺の顔にスマホの画面を向けた。 

「これ……ここに映ってるのって……」

猫を抱いた少女が、満面の笑みを浮かべている一枚の写真。
一目では誰なのか分からなかったが、見慣れた真っ赤な帽子に気付き感情が揺らいだ。

「愛原さんだよ。別人かと思うくらいに笑ってるだろ?」

そう言って自分の元にスマホを戻した星崎は、愛おしそうに写真を見つめる。

「お前、やっぱり――」