あぁ、そうだった。
 
星崎はいつだって、誰にだって平等に優しい。
わざわざ頼む必要なんてどこにも無かった。

「悪かったな、変な事言い出して」
「お前、いつも変だから気にしてないよ」

ケラケラと笑う星崎。
俺も釣られて笑顔になる。

「そうか……」
「んじゃ、そろそろ行くよ。気が変わったらいつでも来いよ。待ってるから」
「あぁ、気が変わったらな」

迷惑そうに返事をする俺。
それでも星崎は、屈託なく笑いながら教室を出て行った。
 
星崎って、本気で怒る事あるのか……?
 
小さな疑問を抱きながら、星崎の後を追って教室を出る。
お喋りに夢中な女子生徒達の横をすり抜けて、俺は校舎を後にした。
 
グラウンドからは運動部の溌剌とした声。
不意に星崎の言葉を思い出す。
 
気が変わったら……か。
 
鈍いボールの音に胸の奥をノックされ、もしもの自分を想像した。
 
サッカーに青春をかける自分。
勉学に励む自分。
女子と戯れる自分。
 
遠のいて行く生徒達の声を背に、起きそうにもない未来に思いを馳せながら歩いた。
だが、無意識に笑みがこぼれている事に気が付き我に返る。
 
ダメだ。
考えてはいけない。
羨む事も望む事も許されない。
 
俺は、平穏無事に学校を卒業する事だけを考えればいいんだ。
余計な事はしなくていいし、何もいらない。

友人も。
恋人も。
俺には必要ない事だ。

揺らぎそうな心に鞭を打ち、決意新たに歩きはじめたその時、視界に見覚えのある物体が現れる。
通学路にある小さな公園の真ん中。
宙に浮く赤色。
 
あれは、帽子……?

ご機嫌な様子でゆれる帽子の主は、満面の笑みで野良猫と戯れる愛原だった。
クラスの女子に囲まれていた時とは違い、心の底から嬉しそうな表情。
珍しい姿の愛原に見入っていると、目が合ってしまう。

「あれ? 大神君?」

笑顔から一転、不安そうな顔になった愛原に寂しさを覚えつつも、立ち去る事に気まずさを覚えて彼女の元へ歩き出した。すると、俺の足音に気付いた猫達が驚き、一斉に公園を去ってしまう。
愛原の腕の中にいた一匹も、逃れようと暴れていた。

「……ごめん」

謝る俺に苦笑しながらも、猫を宥めようとする愛原。
だが、その願いは叶わず、猫は愛原の肩の上で腰を屈め、跳躍の準備を始める。
諦めの表情を浮かべる愛原に、もう一度謝ろうと一歩近づいた。

次の瞬間――。
 
それは一瞬の出来事だった。
 
愛原の肩で思い切り踏み切った猫は、驚くほど高く飛び上がる。

真っ赤な帽子を巻き込んだまま――。