「残業!?」
 
みっちゃんの家に着いて早々、お父さんが仕事の都合で来られない事が伝えられた。

「そうなのよ。さっき連絡が来て、夕飯も間に合いそうにないって」
「そんな……」
 
台所で鍋の準備をしていたみっちゃんは、分量の調整をしながら私に微笑む。

「あら、いないとやっぱり寂しいの? 昨日までは迷惑そうにしてたじゃない」
「それは――」
 
こんな日に限って賑やか担当お父さんがいないなんて、どんな感情で鍋を囲んだらいいんだろう。
クラスの子達が教えてくれた噂話が気になって、大神君の顔をまともに見られる自信が無い。
 
もし本当の話だとしたら、みっちゃんは知ってるのかな?

確かめるべきか台所の前で逡巡していると、みっちゃんは何かを思い出したように振り返った。

「そういえば大神君は? 一緒に帰ってこなかったの?」
「え? あ、う、うん……」
「どうした? 何かあった?」
「ううん、何も……鍋の準備手伝うよ!」

真実を知る勇気が無く、誤魔化すようにみっちゃんの隣に立つ。
 
こんな時は何も考えず、手を動かそう!

――なんて、思っていても、野菜を切りながら大神君の噂話を思い出していた。

夜な夜な繁華街をうろついていた事。
地元の高校生と喧嘩して大怪我させた事。
それが原因で入学予定だった高校に進学できなかった事。

答えあわせのように、数日前の先輩との出来事が思い出される。
 
噂話は本当――。
 
あの時、大神君は確かに言っていた。
私は自分の事で精一杯で何も考えられなかったけれど、先輩達が異常なほど怯えていたのを覚えている。
 
本人が噂を肯定しているのなら事実なのだろうけれど、私は優しい大神君しか知らない。

どっちが本当の大神君?
どっちも本当の大神君?
確かめるべきか否か。
知らないふりをするべきか。

悩みの方向性すら見いだせずにいると、

「ただいまー」
 
良いのか悪いのか、絶妙なタイミングで大神君が帰ってきた。
 
みっちゃんは足早に玄関へ向かったが、私は顔を合わせる勇気が無くて台所で豆腐を切り始める。大きさに気を付けながらも、耳だけは玄関に集中させた。

「おかえりなさい、遅かったわね――って、どうしたの? なんか凄い疲れた顔してるけど」
「あぁ、えっと、とも――クラスの奴に捉まって、ちょっと……」
「あらやだ喧嘩?」
「違いますよ、ちょっと雑談してただけです」
「そう、それなら良いんだけど……あ、そうだ、パパさんから伝言を預かってるの。忘れないうちに伝えておくわね」
「伝言?」

不思議そうな大神君の声。
私も豆腐を切りながら首を傾げた。
私じゃなくて大神君に伝言?
なんだろう。
大神君の迷惑になるような事じゃなければいいけど……。
 
そう願ったのも束の間、

「今日、残業で遅くなるから、鈴の事を家まで送って欲しいって」
「――っ!?」