「なんか良くわかんねーけど、普通に声かければいいんじゃないのか?」
「それが出来たら苦労しない」
「お前、それ完全に意識してるだろ」
「はいはい、そう思いたいなら勝手にどーぞ」
 
真面目に変貌した山本を軽くあしらう星崎だったが、僅かに瞳が揺らいでいる。
これには山本も呆れた様子だ。

「なんかお前らしくないな、大神にはグイグイ行くくせに」

またもや噂の人物になってしまい、心臓が跳ねる。
二人に気付かれないように、そっと瞼を閉じた。

「大神と愛原さんを一緒にするなよ」
「かわんねーだろ」
「全然違う」
「どこが?」
「……繊細さ?」
「あー」
 
山本が納得の相槌を打つと、二人の時が止る。
蔑むような視線が俺に注がれている気がした。
 
俺だって繊細なのになぁ……。
 
まぁ、愛原の繊細さは際立ってるから仕方ないか。
でも、星崎みたいな奴なら、愛原も少しは心を開いてくれるかもしれない。
無骨な俺なんかよりも、絶対に。
 
頼んでみるか?
 
いや、余計なお世話か。

けど、おじさんの事を思うと……。

ゆっくりと瞼を開く。
星崎の隣には未だに山本が陣取っていた。
その顔にさっきまでの真面目さは無い。

「なぁ、星崎、愛原に話しかけるきっかけ作ってやろうか?」
「どうせ碌な事じゃないからいいよ」
「まぁ、聞けって」
「聞く気はないけど勝手にしゃべるだろ、どーせ」
「おう! いいか、良く聞け」
「はいはい」

興味なさそうに窓の外を見る星崎。
山本は自信ありげに星崎の視界に入り込むと、

「あの帽子を引っこ抜く!」

愛原の方を指さして高らかに宣言した。

その瞬間、愛原がいつも心配そうに帽子を押さえている姿が脳裏に浮かぶ。
事故の傷跡を隠している帽子。
家族であるルミさんの家でも脱がなかったのは、俺が居たからに違いない。
 
あれは絶対に人前で脱いではいけない物だ。
 
星崎も険しい表情で山本を睨んでいる。

「バカか、そんな事していい訳ないだろ!」
「大丈夫だって、ちょっと待ってろ!」
「あ、おい、どこに――」
 
星崎の静止も虚しく、山本は得意気な表情で歩きだした。
忍び足で静かに愛原の背後に立つと、ゆっくりと帽子に手を伸ばす。

まさかアイツ、本当に帽子を!?

「愛原!」

気が付けば俺は愛原の名前を呼んでいた。
山本は肩を震わせて一時停止している。
クラスメイト達は驚いた様子で俺と愛原を見ていたが、直ぐに山本の方へと興味を移した。

教室に漂う異様な雰囲気。
 
気配を感じたのか、不安そうに背後を確認した愛原は、目の前で浮遊する山本の腕に慌てて帽子を押さえた。