「大神君、今日はありがとう。鈴の事、よろしく頼むよ」
「……はい」
 
――と、返事をしたのはいいが、自信の無さから声が震えて言葉が続かない。
ゲームが楽しかった事も伝えられなかった。
おじさんは俺の気持ちを察したかのように、肩をもう一度叩く。

「じゃあ、また明日。おやすみ」
「おやすみなさい……」

必死で絞り出した返事。
おじさんはにっこり笑って玄関を出る。
見送りのため、ルミさんも一緒に玄関を出ていくが、俺にそんな気力は無く、ただ黙って玄関ドアから三人の背中を見ていた。

俺には遠すぎる家族の形。

他所様の家族の輪に入り団欒していたのかと思うと、自分の存在が異物に思えて吐き気がした。
 
耐えられなくて居間に戻る。
気疲れからか、少し眠気が襲って来た。
倒れ込むように座布団に寝転ぶと、直ぐにうとうとし始める。
自分を異物に感じている割には、他人の家でも居眠りできる図々しさに呆れていると、ルミさんが犬柄のカップを持って現れた。
 
「パパさんのお相手お疲れ様。はい、お茶」
 
俺はムクリと体を起こし、お礼を言ってカップを受け取る。

「楽しかったです。俺、父親と遊んだ記憶あんまりなかったので」
「あぁ、そうだったわね。今頃どうしてるかしら……」

ルミさんはテーブルに置いていたお菓子をつまみながら、ポツリと呟いた。
その表情に険は無い。
ただ純粋に俺の父親の事を案じているのだ。
もっと早くルミさんと出会っていたら、俺はもう少しマシな人生を歩んでいたかもしれない。

俺の過去を知っていながら、快く下宿を受け入れてくれた人。
この人には絶対に迷惑をかけないようにしよう。

決意も新たに熱々のお茶を一気に飲み干した。

「さぁ……元気でいてくれたらそれでいいですよ」
「本当にいい子ね。本気で鈴のお婿さんに欲しいわ」
「後悔しますよ」

空のカップをテーブルに置き、囁くように吐き出す。
無表情のつもりでいたが、気付けば苦笑していた。
そんな俺に、ルミさんはお菓子を一つ差し出し優しく微笑む。

「そんな事無いわよ」
「……」

そんな事あるんだ。
俺と家族になるなんて、誰だって後悔するに決まってる。
 
差し出されたお菓子は食べなかった。



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