「大神君、格ゲーは得意?」
愛原とルミさんが食器の片づけを始めると、おじさんは徐にテレビ台の下からゲーム機を取り出す。
「得意って程ではないですけど、それなりに。でも――」
随分と年季の入ったゲーム機だ。
本来の色である灰色は薄れ、部分的な日焼けとボタンの落ち込み具合はかなりの物。
おじさんは朗らかな笑顔で俺を見つめているが、おそらく相当な玄人だ。
はたしてまともに相手を出来るのか。
不安げにゲーム機を見下ろしていると、
「大丈夫、まだ使えるよ、これ」
「いえ、そういう事ではなく……」
「あぁ、そうか、そうだよね。勝負するには何か賞品があったほうがいいよね」
「あの、そういう意味でも……」
「よし! 君が勝ったら鈴をお嫁さんにしてあげよう!」
おじさんは高らかに宣言すると、悪役のように声高らかに笑った。
「そんな事言って、まぐれで俺が勝ったらどうするつもりですか?」
「ははは、大丈夫だよ。負ける気なんてこれっぽっちも無いからね」
おじさんは自信満々でゲーム機にディスクをセットし、華麗に操作する。
酔っているのかと思ったが、そうでも無いようだ。
「そう言われると、勝ちたくなります」
「おっ! いいねぇ、やる気だねぇ」
おじさんは無邪気な笑顔を作り、上機嫌でテレビ画面に齧りつく。
レトロな音楽が流れる中、おじさんの笑いと共にゲームが始まった。
初心者相手に手加減無しのおじさん。
爆笑したり、ほくそ笑んだり、ふざけてみたり。
なんて愉快な人だろう。
俺の父親とは正反対の人間だ。
本当は今日、愛原の父親に会うのが怖かった。
自分の父親を思い出しそうだから……。
けど、高校生と格げーで真剣勝負する姿を見ていると、なんだか穏やかな気持ちになった。
父親か……。
あんな事が無ければ、今頃はまだ一緒に暮らしていたのだろうか。
今、どこで何を――
「あ……」
いつの間にか、俺が操作していたキャラクターが仰向けで倒れていた。
「はっはっはー! まだまだ現役だぞ!」
「流石ですね」
「こんなの準備運動だよ。本番はこれからさ」
おじさんはニコニコしながら右腕をグルグル回す。
俺に勝たせてくれる様子は無い。
「あの、出来ればもう少し練習させてくれるとありがたいのですが……」
ダメもとでお願いすると、おじさんは急に寂し気な表情を見せた。
「じゃあ、練習しながら少しだけ真面目な話をしてもいいかな?」
「真面目な話……ですか?」
コントローラーを持ったまま首を傾げると、おじさんがこっくりと頷く。
「あぁ、鈴の事なんだけどね」
「――え?」
思わず出た声と指先が連動し、俺が操作しているキャラクターが必殺技を繰り出した。
「おっと! 危ない危ない」
おじさんはおどけた表情を作るが、その眼差しはどこか暗い。
「あの……」
「あー、いや、そんな大したことじゃないよ。ただ、鈴が学校でどんなふうに過ごしているか聞きたくてね」
寂しそうなおじさんの声。
驚いた。
俺の目には隠し事の無い仲良し親子に見えていたからだ。
それとも、世の中の父と娘の関係とはこんなものなのだろうか。
俺は適当にキャラクターを操作しながら、学校での愛原の姿を思い浮かべた。

