愛原を横目で確認しながら、ファイルの砂埃を落とす。
 
何か――、
何か話さなければ――。
 
作業が終わるまでになんとか会話の糸口を見つけたいのだが、無言のまま時間だけが過ぎて行く。
気が付けば、砂埃に塗れたファイルは綺麗になって箱に納まっていた。
この数分の間で得られた情報は、愛原の帽子に小さな猫の刺繍が入っているという事くらい。

諦めるしか無いようだ。

「よし、これで最後だな」
 
張り切って段ボールを持ち上げた俺を、愛原は不安そうに見上げる。
その瞳はまだ怯えていた。

「あ、ありがとう」
「んじゃ、俺が資料室に運んでおくから、愛原は暗くなる前に帰っとけ」
「ううん、これは私が頼まれた事だから、最後までちゃんとやらなきゃ」

愛原は俺の手から段ボールを奪おうとする。

真面目だな……。

「んじゃ、はい」

俺は段ボールから何冊か適当にファイルを取り、愛原の手に乗せた。

「え? えーっと」
「半分持って」

逃げるよに言って歩き出すと、愛原は俺の後を小走りで着いて来る。

小動物みたいだ。

「あ、あのね、大神君。昨日の事なんだけど」
「ん? なんかあったっけ?」
「ごめんなさい。みっちゃんの家で、その、まさか大神君がいると思わなくて……それで、逃げるように帰っちゃって、あの、気に障ったかなって……」

今にも泣きそうな震える声に、心配になって辺りを見回した。
傍から見れば、俺が威圧しているようにしか見えないだろう。

「いや、気にしてないよ。それに、謝らなきゃいけないのは俺の方だ」
「え?」
「俺、目付き悪くてさ、寝起きだったから余計に睨んでるように見えただろ? ごめんな」

本当に気にしていない事をアピールする為、振り返って笑って見せた。
上手く出来ているか分からないが、愛原は安堵した様子で俺の隣に並ぶ。 

「そっか、良かった。あ、あの、それと、今日から一週間よろしくね」
「こちらこそ」

やっと、まともに会話できるようになった。
あとは――、

「愛原、今日は真っ直ぐルミさんの家に行くんだろ?」
「その予定だけど」
「じゃあ、一緒に帰らないか?」
「え――!?」

愛原の歩みがピタリと止まる。
俺も驚いて足が止まった。

あれ、もしかして間違えたか?
好感度、足りなかったか?

「ごめん、無理なら……」
「ううん、大丈夫。か、帰ろう。うん」

愛原はまるで自分に言い聞かせるように頷き、資料室に向かって歩き出す。
 
とりあえず、今日の晩飯は美味しく食べられそうだ。



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