「次のデート先、どうしよっか」

 ココアで手を温めながらヨルは言う。今回は俺がカラオケを選んだから、次はヨルの番だ。
 どこを提案するだろうか。昨日スケートに行きたいとか言っていたから、スケートか。近くに冬季限定でスケートリンクを開いているところもあったし、と場所もなんとなく思い浮かべる。

「カフェとかどうかな」

 俺の予想に反して、ヨルは無難――というか定番の場所を提案してきた。俺の反応を不思議に思ったのか、ヨルは首を傾げる。

「どうしたの?」
「定番だなって。スケートに行きたいとか言ってたし、もっとアクティブな場所を言うかなって想像してたんだよ」
「よく覚えてたね。実は私スケート滑れないんだよね。スキーはできるんだけど」

 なるほど、滑れないならスケートは選択肢から外れるな。スケートは滑れないのにスキーは滑れるというのは、どちらもできない俺からしたらよく分からないが。

「だって朝日も滑れないでしょ」
「それは……そうだな」
「二人して転ぶのは流石に面白すぎるからやめとこうか」

 ヨルは俺が滑れないのを分かっていたらしい。昨日のバッティングセンターでの不様っぷりを見ていたら想像はつくか。
 ヨルが可笑しそうに言うから、俺もスケートリンクでの光景を想像してみた。
 二人とも必死に掴まりながら、生まれたての子鹿のようにプルプルと氷の上に立っている。スケート選手のように華麗に滑るどころではない。スケートよりカフェの方が何倍も現実的だ。

「ということで、次はカフェね。おすすめのお店とかある?」
「……気になってるところはある」
「いいね。どこどこ?」

 スマホを出してSNSを開き、お気に入りに登録していた店をいくつか見せる。ヨルは興味津々に画面を見つめていた。

「へー。どれも良さそうな雰囲気だね」
「…………本当は、元カノと行こうと思ってた場所なんだけど」

 言わなきゃ良かったのに、気がついたら口から出ていた。言った瞬間に俺は後悔した。申し訳なさからヨルの顔を見られず、スマホに視線を落としたままだった。

「朝日さ、結構未練タラタラだよね」

 俺と目を合わせないままヨルはぱっと立ち上がり、ブランコに腰掛ける。そのままブランコを漕ぎ始め、ブランコは勢いを増していく。

「別れてまだ日が浅いけどさ、私という彼女ができたんだよ。だからそんな風に元カノさんのことを話されると妬けちゃうな」
「……ごめん」

 声のトーンだけなら怒っているようには思えなかったが、言葉選びからして静かに怒っている気がする。怒っているより呆れているに近いかもしれない。

「だから、私が上書きしてあげるよ」

 一転して、優しい声色。
 ようやくヨルと視線を合わせられるようになった俺は顔を上げる。ヨルはブランコを漕ぐのをやめていて、軽く足を揺らして小さく漂っていた。表情は明るく、俺を慈しむような優しい表情だった。

「色んなところに行って、楽しいことをたくさんして、元カノさんのことなんか忘れさせてあげる」

 ブランコから立ち上がり、俺の前に立つ。ヨルは俺を見下ろしながら満面の笑みを見せる。街灯に照らされて笑顔がよく見えた。

「……じゃあ、色んな場所に出かけようか。改めてよろしくな」

 出会って二日。たった二日しか経っていないが、ヨルとなら楽しく過ごせるかもしれない、なんて頭の片隅で考えたりした。

「悪いと思ったお詫びに、私とハグして」
「なんでだよ」
「彼女を悲しませた罰です」

 ヨルは手に腰を当てて頬を膨らませる。これは渋ると永遠に続くやつだ。

「仕方ないな。ほら」

 溜め息をついて立ち上がり、手を広げるとヨルは俺に飛び込んできた。思ったより勢いが良くて、俺は一歩足を引いてヨルを受け止める。ふわりと甘いシャンプーの香りが俺の鼻腔に届く。
 俺をぎゅうと強く抱きしめるヨルに、俺はふっと笑って小さく頭を撫でた。そのせいかさらに俺を抱きしめる力が強くなる。
 ヨルが俺に好意を抱いているかは不明だ。少なくとも好意的なのはこちらに伝わっている。じゃなければ付き合おうとかデートをしようとか言わない。
 同じように、俺もヨルに悪い印象は抱いていない。多少強引な面もあるが、それもご愛嬌だろう。ただラブではなく、ライク。恋愛感情は今のところ全く抱いていない。
 果たして一ヶ月後にこの感情は変わるのだろうか。
 タイムリミットまであと二十八日。この不思議な交際はどうなるのか。今の俺にはまだ分からない。