「西宮、本当気の毒だな」
翌日。登校すると、前の席のクラスメイトが開口一番俺に言ってきた。
憐んでいるような表情に、朝からなんなんだと俺は眉を寄せる。ただでさえ昨日のバッティングで筋肉痛だというのに。
「えりちゃん、もう彼氏できたらしいぞ」
俺の肩に手を置きながら、クラスメイトはふっと笑う。
えりちゃんとは元カノの名前だ。俺がえりと呼んでいたのをみんなが真似して、隠れてえりちゃんと呼ぶようになっていた。もちろん本人は知らない。
「……そっか」
クラスは違うため、今なにをして過ごしているかは知らない。もしかしたら新しい彼氏ができたことを祝われているかもしれない。
なんとなく分かっていたが、元カノはやはり俺ではない別の誰かに好意を抱いていたのだろう。じゃなきゃこの短期間で付き合うなんてことにならない。少しの寂しさを覚えながら俺は席につく。
思っていたより俺は引きずっていたのかもしれない。ヨルという新しい彼女ができたというのに。
だが、俺もヨルという新しい彼女ができたから、そこまで元カノを責め立てたりはしない。というか責められない。
「一個上の先輩らしいな」
別の男子グループが俺を囲むようにして話を続ける。どこからそんな素早く情報を手に入れられるのか知りたい。噂話は女子の方が盛り上がるとは思っていたが、男子にもそういう情報が早い奴はいるようだ。
「西宮も可哀想だな。まさかクリスマス前にフラれるなんて」
「クリぼっちなら俺らと一緒に過ごすか?」
「ピザパしようぜピザパ」
「寒いし鍋だろ」
「いいや、ここはタコパだな」
俺を慰めるかと思いきや、最早俺を置いて盛り上がっている。俺がフラれたのを口実に、どんちゃんやりたいだけだろう。
俺は溜め息をついて机に肘をつく。
「生憎だけど、俺はクリスマスに予定が入ってる」
入っていると言ったが、半分嘘だ。クリスマスの予定は決めていないが、ヨルのことだからクリスマスに会おうと言ってくるはずだ。だから半分合っている。
俺の衝撃的であろう発言に、クラスメイトたちは顔を見合わせる。
「……まさか、お前も彼女ができたのか?」
「そんなわけないだろ。家族だよ家族」
ここで彼女ができたなんて言ったら、どんな反応をされるか分からない。喜ぶかもしれないし、お前もかよという顔をされるかもしれない。
恐らく普通の彼女なら言ってもいいだろうが、名前も知らず、しかも初対面で付き合うことになったとは口が裂けても言えない。
なので、ここは家族を利用して嘘をつくことにした。ヨルのことを素直に伝えたらドン引きされるに違いない。もし俺も友人がそんな付き合いをしていたらすぐに別れろと言うか、引きながらそっと別れろと促すかの二択だ。そんな反応はクラスメイトにはされたくない。
彼女ができて羨ましがられるという優越感に浸りたかったが、ここはやめておこう。普通の彼女ではないヨルのことは黙っていようと心に決めた。
チャイムが鳴り、担任が入ってきてホームルームが始まる。
今日は十六時にカラオケ店の前で待ち合わせ。女子とカラオケに行くなんて、文化祭の打ち上げ以来かもしれない。
カラオケでなにを歌おうかだなんて考え始め、担任の話はほとんど耳に入ってこなかった。どうせ大事な話のときは「お前らよく聞けよー」と前置きをするから、それがないからそこまで重要な話はないのだろう。
それもあって、俺の頭の中はカラオケのことでいっぱいだった。男同士ではよくカラオケに行くが、ふざけた曲ばかり歌っている。女子の前で歌っても恥ずかしくない曲を選曲しよう。
俺もなんだかんだカラオケを楽しみにしているのだと、ようやく自覚した。
放課後を迎え、俺は待ち合わせ場所へと向かう。到着したが、まだヨルは来ていなかった。まだ十五時半だから流石に早すぎたかもしれない。
スマホの待ち受け画面で時間をしきりに確認して、まだかまだかと待ち侘びていた。カラオケ店から聞こえる明るい音楽が俺の心を昂らせる。
普通なら『今電車乗ってる!』や『もうすぐ着くね!』などの連絡が来るが、ヨルの場合は違う。とにかくヨルを信じて待つことしかできない。
ここで、俺はドッキリを仕掛けられているのではと変な想像をしてしまった。突如現れた女の子に交際を迫られ、仕掛けられた側はどんな反応をするのか。そして後日ドッキリでしたとネタバラシをされる。
考えてみたが、それほど面白くないな。小学生の嘘告白の方がまだ盛り上がる気がする。
でも、もしドッキリならこの光景も陰から撮られているのではと考える。俺は少しだけ居住まいを正して、スマホのインカメで前髪を直した。
ドッキリでなくても、昨日の出来事がヨルの気まぐれに付き合わされただけなら、今日ヨルは来ずに終わる。
ひとまずなにも考えずに待とう。俺の目が正しければ楽しみにしていた雰囲気もあったし、きっと来てくれるだろう。
スマホの時間を再び確認すると十五時四十分になっていた。気長に待とうと、俺は白い息を吐いた。
「お待たせ」
十六時ちょうどになる頃、ヨルはやってきた。昨日と制服も姿もなにもかも同じで、夢ではなかったことに俺は安堵する。
「いてくれて良かった。もしかしたらいないんじゃないかって電車の中で不安になってたよ」
ヨルも俺と同じことを考えていたようだった。人間らしい一面というか、ヨルも不安という感情は抱くのかと少し驚いた。てっきり大層なことが起きない限り揺れない性格だと思っていたから。
「それはこっちの台詞だよ。待ってる間ドッキリじゃないかって考えてたんだから」
「ドッキリ?」
ヨルは小首を傾げる。
反応からして、これは素直に話すべきか。確認のために話してもいいか。
覚悟を決めた俺は、心の内で思っていたことを一から話していく。最初は真剣に聞いていたヨルだったが、後半で耐えきれずに吹き出していた。思い切って伝えたのに笑うなんて失礼な奴だ。
「そんなわけないよ。私ドッキリとか苦手だし」
正面から否定されたことで俺は安心した。同時に付き合おうと言われたことが現実であると、今ようやく受け止められた。
「そうだ、思い出した」
「なに?」
「昨日なんでいきなり電車から降りたんだよ」
俺が言うと、ヨルは思い出したように「あぁ」と頷く。
発車前にいきなり電車から降りるなんて全く予想していなかった。電車の中であれこれ聞こうと思っていたのに、そんな暇さえ与えてくれなかった。別に怒っているわけではない。ただ話す機会を一つ失っただけで。
「だって、一緒に乗ったらどこに住んでるか分かっちゃうでしょ。どっちにしろ、私住んでる方面違ったんだけどね」
ニヤリと笑うヨル。ここまで情報を隠すのを徹底されていると、俺はなにも言えなくなってしまう。俺もヨルに対抗して情報を隠してもいいのだが、面倒だからやめておく。
「俺は彼女には隠し事はしない」
元カノのときもそうだった。余程のことがない限り元カノには隠し事をせずに過ごしていた。「朝日って嘘苦手だよね」とも言われたが別に苦手なわけではない。ただ嘘をついていいことがあるとは思わないからしていないだけだ。
「どうした?」
ヨルがなにも言わずに俯いているから、俺は尋ねる。体調が悪いかと思いきや、口角が上がっているからそうではなさそうだった。
「朝日の口から彼女って言ってくれたの、初めてだから嬉しい」
そんなことかと、俺は息を吐く。そう言われればそうだが、別にそこまで大袈裟に反応するものではない。
「どうしよう、ニヤニヤが隠しきれないよ」
「はいはい。早く入るぞ」
話している俺たちの横を退店した学生グループが通り過ぎていったから、部屋も空いているはずだ。
受付を済ませて部屋に入る。今回はゆっくりと過ごせるようにフリータイムにした。学割とはなんて有り難いものなんだ。部屋は二人だからそれほど広くはないが、グループじゃないから仕方ない。ドリンクバーでそれぞれの飲み物を取ってきて、早速曲選びに入る。
翌日。登校すると、前の席のクラスメイトが開口一番俺に言ってきた。
憐んでいるような表情に、朝からなんなんだと俺は眉を寄せる。ただでさえ昨日のバッティングで筋肉痛だというのに。
「えりちゃん、もう彼氏できたらしいぞ」
俺の肩に手を置きながら、クラスメイトはふっと笑う。
えりちゃんとは元カノの名前だ。俺がえりと呼んでいたのをみんなが真似して、隠れてえりちゃんと呼ぶようになっていた。もちろん本人は知らない。
「……そっか」
クラスは違うため、今なにをして過ごしているかは知らない。もしかしたら新しい彼氏ができたことを祝われているかもしれない。
なんとなく分かっていたが、元カノはやはり俺ではない別の誰かに好意を抱いていたのだろう。じゃなきゃこの短期間で付き合うなんてことにならない。少しの寂しさを覚えながら俺は席につく。
思っていたより俺は引きずっていたのかもしれない。ヨルという新しい彼女ができたというのに。
だが、俺もヨルという新しい彼女ができたから、そこまで元カノを責め立てたりはしない。というか責められない。
「一個上の先輩らしいな」
別の男子グループが俺を囲むようにして話を続ける。どこからそんな素早く情報を手に入れられるのか知りたい。噂話は女子の方が盛り上がるとは思っていたが、男子にもそういう情報が早い奴はいるようだ。
「西宮も可哀想だな。まさかクリスマス前にフラれるなんて」
「クリぼっちなら俺らと一緒に過ごすか?」
「ピザパしようぜピザパ」
「寒いし鍋だろ」
「いいや、ここはタコパだな」
俺を慰めるかと思いきや、最早俺を置いて盛り上がっている。俺がフラれたのを口実に、どんちゃんやりたいだけだろう。
俺は溜め息をついて机に肘をつく。
「生憎だけど、俺はクリスマスに予定が入ってる」
入っていると言ったが、半分嘘だ。クリスマスの予定は決めていないが、ヨルのことだからクリスマスに会おうと言ってくるはずだ。だから半分合っている。
俺の衝撃的であろう発言に、クラスメイトたちは顔を見合わせる。
「……まさか、お前も彼女ができたのか?」
「そんなわけないだろ。家族だよ家族」
ここで彼女ができたなんて言ったら、どんな反応をされるか分からない。喜ぶかもしれないし、お前もかよという顔をされるかもしれない。
恐らく普通の彼女なら言ってもいいだろうが、名前も知らず、しかも初対面で付き合うことになったとは口が裂けても言えない。
なので、ここは家族を利用して嘘をつくことにした。ヨルのことを素直に伝えたらドン引きされるに違いない。もし俺も友人がそんな付き合いをしていたらすぐに別れろと言うか、引きながらそっと別れろと促すかの二択だ。そんな反応はクラスメイトにはされたくない。
彼女ができて羨ましがられるという優越感に浸りたかったが、ここはやめておこう。普通の彼女ではないヨルのことは黙っていようと心に決めた。
チャイムが鳴り、担任が入ってきてホームルームが始まる。
今日は十六時にカラオケ店の前で待ち合わせ。女子とカラオケに行くなんて、文化祭の打ち上げ以来かもしれない。
カラオケでなにを歌おうかだなんて考え始め、担任の話はほとんど耳に入ってこなかった。どうせ大事な話のときは「お前らよく聞けよー」と前置きをするから、それがないからそこまで重要な話はないのだろう。
それもあって、俺の頭の中はカラオケのことでいっぱいだった。男同士ではよくカラオケに行くが、ふざけた曲ばかり歌っている。女子の前で歌っても恥ずかしくない曲を選曲しよう。
俺もなんだかんだカラオケを楽しみにしているのだと、ようやく自覚した。
放課後を迎え、俺は待ち合わせ場所へと向かう。到着したが、まだヨルは来ていなかった。まだ十五時半だから流石に早すぎたかもしれない。
スマホの待ち受け画面で時間をしきりに確認して、まだかまだかと待ち侘びていた。カラオケ店から聞こえる明るい音楽が俺の心を昂らせる。
普通なら『今電車乗ってる!』や『もうすぐ着くね!』などの連絡が来るが、ヨルの場合は違う。とにかくヨルを信じて待つことしかできない。
ここで、俺はドッキリを仕掛けられているのではと変な想像をしてしまった。突如現れた女の子に交際を迫られ、仕掛けられた側はどんな反応をするのか。そして後日ドッキリでしたとネタバラシをされる。
考えてみたが、それほど面白くないな。小学生の嘘告白の方がまだ盛り上がる気がする。
でも、もしドッキリならこの光景も陰から撮られているのではと考える。俺は少しだけ居住まいを正して、スマホのインカメで前髪を直した。
ドッキリでなくても、昨日の出来事がヨルの気まぐれに付き合わされただけなら、今日ヨルは来ずに終わる。
ひとまずなにも考えずに待とう。俺の目が正しければ楽しみにしていた雰囲気もあったし、きっと来てくれるだろう。
スマホの時間を再び確認すると十五時四十分になっていた。気長に待とうと、俺は白い息を吐いた。
「お待たせ」
十六時ちょうどになる頃、ヨルはやってきた。昨日と制服も姿もなにもかも同じで、夢ではなかったことに俺は安堵する。
「いてくれて良かった。もしかしたらいないんじゃないかって電車の中で不安になってたよ」
ヨルも俺と同じことを考えていたようだった。人間らしい一面というか、ヨルも不安という感情は抱くのかと少し驚いた。てっきり大層なことが起きない限り揺れない性格だと思っていたから。
「それはこっちの台詞だよ。待ってる間ドッキリじゃないかって考えてたんだから」
「ドッキリ?」
ヨルは小首を傾げる。
反応からして、これは素直に話すべきか。確認のために話してもいいか。
覚悟を決めた俺は、心の内で思っていたことを一から話していく。最初は真剣に聞いていたヨルだったが、後半で耐えきれずに吹き出していた。思い切って伝えたのに笑うなんて失礼な奴だ。
「そんなわけないよ。私ドッキリとか苦手だし」
正面から否定されたことで俺は安心した。同時に付き合おうと言われたことが現実であると、今ようやく受け止められた。
「そうだ、思い出した」
「なに?」
「昨日なんでいきなり電車から降りたんだよ」
俺が言うと、ヨルは思い出したように「あぁ」と頷く。
発車前にいきなり電車から降りるなんて全く予想していなかった。電車の中であれこれ聞こうと思っていたのに、そんな暇さえ与えてくれなかった。別に怒っているわけではない。ただ話す機会を一つ失っただけで。
「だって、一緒に乗ったらどこに住んでるか分かっちゃうでしょ。どっちにしろ、私住んでる方面違ったんだけどね」
ニヤリと笑うヨル。ここまで情報を隠すのを徹底されていると、俺はなにも言えなくなってしまう。俺もヨルに対抗して情報を隠してもいいのだが、面倒だからやめておく。
「俺は彼女には隠し事はしない」
元カノのときもそうだった。余程のことがない限り元カノには隠し事をせずに過ごしていた。「朝日って嘘苦手だよね」とも言われたが別に苦手なわけではない。ただ嘘をついていいことがあるとは思わないからしていないだけだ。
「どうした?」
ヨルがなにも言わずに俯いているから、俺は尋ねる。体調が悪いかと思いきや、口角が上がっているからそうではなさそうだった。
「朝日の口から彼女って言ってくれたの、初めてだから嬉しい」
そんなことかと、俺は息を吐く。そう言われればそうだが、別にそこまで大袈裟に反応するものではない。
「どうしよう、ニヤニヤが隠しきれないよ」
「はいはい。早く入るぞ」
話している俺たちの横を退店した学生グループが通り過ぎていったから、部屋も空いているはずだ。
受付を済ませて部屋に入る。今回はゆっくりと過ごせるようにフリータイムにした。学割とはなんて有り難いものなんだ。部屋は二人だからそれほど広くはないが、グループじゃないから仕方ない。ドリンクバーでそれぞれの飲み物を取ってきて、早速曲選びに入る。
