外に出ると寒風が一層俺の体に打ちつけた。バッティングをしたから少しは体が温まっているが、そのうち汗が冷えて今以上に寒くなる。マフラーに首を埋めて、少しでも寒さから逃れようとした。
「楽しかったね。人生初バッティングセンター、いい思い出ができたよ」
制服の上にダッフルコートを着たヨルは、満足そうに笑顔を浮かべていた。
「最初のデートとしては忘れられないな」
「そう言ってもらえたら提案した甲斐があるよ」
ヨルはニコニコ――ニマニマに近い笑顔で俺の顔を見つめていた。
「どうした?」
「朝日がちゃんとデートって言ってくれたから嬉しい。録音しておけば良かった」
そんなことか。呆れた俺が息を吐くと、息は白くなって流れていった。
「私という彼女もできて、バッティングセンターも楽しかったし、朝日の失恋の悲しみもなくなったんじゃないかな」
俺は失恋の悲しみをぶつけるためにバッティングセンターに来ていたのを思い出す。ヨルの登場によって半分くらい忘れていた。
「次はどうしよっか。一旦コーヒーでも飲む? 別にコンビニでいいよ」
ヨルが庶民的感覚で助かった。お洒落なカフェに行くのもいいが、金欠の学生はコンビニで十分だ。
駅に向かう途中にあったコンビニに入り、俺はホットコーヒー、ヨルはカフェラテを購入した。
カップを置き、コーヒーマシンからコーヒーが抽出されるのを無言で見つめる。
「朝日はどこか行きたいところある?」
「それは今日の話か?」
「今日じゃなくていいよ。今日でもいいけどね」
ぺろりと舌を出してヨルは悪戯っぽく笑う。どういう意味で言ったのかと責め立てたくなるが、ここはコンビニだ。くだらない会話は店外でやろう。
「急に言われても思いつかない。そっちこそ、行きたい場所くらいあるんじゃないか?」
「えぇ、よく分かったね」
大袈裟に驚いているが、間違いなくわざとだ。その証拠に「あ、コーヒーできたよ」とすぐにころりと表情を変えて、完成したコーヒーを取り出していたから。
「はい、どうぞ」
「どうも」
受け取ると、コーヒーの香ばしい匂いが俺の鼻に届く。もしこれがカフェで出されても、俺ならコンビニと味の見分けがつかないと思う。
次はヨルの買ったカフェラテをマシンにセットする。また抽出されるのを待つ間に、先ほどの会話に戻る。
「で、どこ行くんだ?」
「うーん、たくさんあるんだよね。あそことあそこと、あっちも行きたいなぁ」
嬉しそうに指を折って数えるヨル。一体どこに行こうとしているんだ。怪しいところは勘弁だぞ。
「行きたいところはたくさんあるんだよ。あとは体力と予定次第だね」
「俺は割と暇だし、行けるところならついていくぞ」
「デートだからついてきてもらわなきゃ困るよ。あ、ミルクとお砂糖いる?」
マシンの横にあるコーヒーフレッシュとスティックシュガーを手渡される。
「まだまだだな。俺は砂糖を二本入れる」
俺はニヤリと笑い、棚からスティックシュガーをもう一本取り出して熱々のコーヒーに注いでいく。コーヒーフレッシュも入れてかき混ぜると、コーヒーが黒色から優しい茶色に変わっていった。
「甘党なんだ。知らなかった」
「甘いのが好きだし、苦いのが苦手とも言える」
「じゃあコーヒーじゃない方が良かったんじゃない?」
「コーヒー牛乳は好きだからな」
「なるほど、覚えておくね」
かき混ぜたコーヒーを一口飲む。熱さできちんとした味は分からなかったが、苦さはだいぶなくなっていた。
話しているうちにカフェラテも完成し、ヨルもスティックシュガーを一本入れてかき混ぜる。
「外で話そっか。寒いけど飲み物はあるし、大丈夫だよね」
店の外に出て、車止めに寄りかかる。夜中に店の前で屯している大学生をよく見かけるが、今の俺は批判できない。わざわざ公園に行く手間を考えたら、こうしている方が楽なのではと思ってしまった。
俺が考えている間に、ヨルは両手を温めるようにカップを握り、ふぅふぅとカフェラテを冷ましていた。
「あちっ」
「出来立てなんだから熱いだろ」
「でも出来立てを飲みたいでしょ。ぬるくなったら美味しさ半減だよ」
熱いと言いながらゆっくり口をつけて飲む姿に、俺は自然と目を奪われていた。
バッティングセンターでは気にしていなかったが、改めて見るとヨルの髪は手入れが行き届いている。爪も綺麗だし、メイクは控えめで、校則に引っかからない程度にしているのだろうか。
外見にきちんと気を遣うタイプなのだと知り、俺も今一度気を遣おうと思った。
「どうしたの?」
「なんでもない……それより、行きたい場所は決まったのか?」
「ううん、まだ。行きたい場所が多すぎて悩んでるんだよね……そうだ」
空を見上げながら思案していたヨルは俺に視線を向ける。瞳がどことなく輝いて見える。
「交代で行きたい場所を決めようよ」
名案のように告げたヨルは話を続ける。
「今日は私がバッティングセンターに行きたいって言ったから、次は朝日が決めるの。それでまた次は私。こうすればお互いの行きたいところに行けるよ」
なるほど、それなら互いに不満を持つこともないな。ヨルの案は理にかなっている。
「そしたら……カラオケとかどうだ?」
「賛成。私も行きたいって思ってたし、決定だね」
次のデート先はカラオケに決まった。定番だが、学生が楽しむには十分すぎる場所だ。
「駅前のカラオケでどうかな。確か学割あるお店だよね」
そういえば、ここに来る途中にカラオケがあったのを思い出す。『学生歓迎!』という文字の下に、丁寧に料金が書かれた看板も置かれていたのを横目に通り過ぎたんだった。
場所も決定したところで、俺は大事なことに気がついた。
「楽しかったね。人生初バッティングセンター、いい思い出ができたよ」
制服の上にダッフルコートを着たヨルは、満足そうに笑顔を浮かべていた。
「最初のデートとしては忘れられないな」
「そう言ってもらえたら提案した甲斐があるよ」
ヨルはニコニコ――ニマニマに近い笑顔で俺の顔を見つめていた。
「どうした?」
「朝日がちゃんとデートって言ってくれたから嬉しい。録音しておけば良かった」
そんなことか。呆れた俺が息を吐くと、息は白くなって流れていった。
「私という彼女もできて、バッティングセンターも楽しかったし、朝日の失恋の悲しみもなくなったんじゃないかな」
俺は失恋の悲しみをぶつけるためにバッティングセンターに来ていたのを思い出す。ヨルの登場によって半分くらい忘れていた。
「次はどうしよっか。一旦コーヒーでも飲む? 別にコンビニでいいよ」
ヨルが庶民的感覚で助かった。お洒落なカフェに行くのもいいが、金欠の学生はコンビニで十分だ。
駅に向かう途中にあったコンビニに入り、俺はホットコーヒー、ヨルはカフェラテを購入した。
カップを置き、コーヒーマシンからコーヒーが抽出されるのを無言で見つめる。
「朝日はどこか行きたいところある?」
「それは今日の話か?」
「今日じゃなくていいよ。今日でもいいけどね」
ぺろりと舌を出してヨルは悪戯っぽく笑う。どういう意味で言ったのかと責め立てたくなるが、ここはコンビニだ。くだらない会話は店外でやろう。
「急に言われても思いつかない。そっちこそ、行きたい場所くらいあるんじゃないか?」
「えぇ、よく分かったね」
大袈裟に驚いているが、間違いなくわざとだ。その証拠に「あ、コーヒーできたよ」とすぐにころりと表情を変えて、完成したコーヒーを取り出していたから。
「はい、どうぞ」
「どうも」
受け取ると、コーヒーの香ばしい匂いが俺の鼻に届く。もしこれがカフェで出されても、俺ならコンビニと味の見分けがつかないと思う。
次はヨルの買ったカフェラテをマシンにセットする。また抽出されるのを待つ間に、先ほどの会話に戻る。
「で、どこ行くんだ?」
「うーん、たくさんあるんだよね。あそことあそこと、あっちも行きたいなぁ」
嬉しそうに指を折って数えるヨル。一体どこに行こうとしているんだ。怪しいところは勘弁だぞ。
「行きたいところはたくさんあるんだよ。あとは体力と予定次第だね」
「俺は割と暇だし、行けるところならついていくぞ」
「デートだからついてきてもらわなきゃ困るよ。あ、ミルクとお砂糖いる?」
マシンの横にあるコーヒーフレッシュとスティックシュガーを手渡される。
「まだまだだな。俺は砂糖を二本入れる」
俺はニヤリと笑い、棚からスティックシュガーをもう一本取り出して熱々のコーヒーに注いでいく。コーヒーフレッシュも入れてかき混ぜると、コーヒーが黒色から優しい茶色に変わっていった。
「甘党なんだ。知らなかった」
「甘いのが好きだし、苦いのが苦手とも言える」
「じゃあコーヒーじゃない方が良かったんじゃない?」
「コーヒー牛乳は好きだからな」
「なるほど、覚えておくね」
かき混ぜたコーヒーを一口飲む。熱さできちんとした味は分からなかったが、苦さはだいぶなくなっていた。
話しているうちにカフェラテも完成し、ヨルもスティックシュガーを一本入れてかき混ぜる。
「外で話そっか。寒いけど飲み物はあるし、大丈夫だよね」
店の外に出て、車止めに寄りかかる。夜中に店の前で屯している大学生をよく見かけるが、今の俺は批判できない。わざわざ公園に行く手間を考えたら、こうしている方が楽なのではと思ってしまった。
俺が考えている間に、ヨルは両手を温めるようにカップを握り、ふぅふぅとカフェラテを冷ましていた。
「あちっ」
「出来立てなんだから熱いだろ」
「でも出来立てを飲みたいでしょ。ぬるくなったら美味しさ半減だよ」
熱いと言いながらゆっくり口をつけて飲む姿に、俺は自然と目を奪われていた。
バッティングセンターでは気にしていなかったが、改めて見るとヨルの髪は手入れが行き届いている。爪も綺麗だし、メイクは控えめで、校則に引っかからない程度にしているのだろうか。
外見にきちんと気を遣うタイプなのだと知り、俺も今一度気を遣おうと思った。
「どうしたの?」
「なんでもない……それより、行きたい場所は決まったのか?」
「ううん、まだ。行きたい場所が多すぎて悩んでるんだよね……そうだ」
空を見上げながら思案していたヨルは俺に視線を向ける。瞳がどことなく輝いて見える。
「交代で行きたい場所を決めようよ」
名案のように告げたヨルは話を続ける。
「今日は私がバッティングセンターに行きたいって言ったから、次は朝日が決めるの。それでまた次は私。こうすればお互いの行きたいところに行けるよ」
なるほど、それなら互いに不満を持つこともないな。ヨルの案は理にかなっている。
「そしたら……カラオケとかどうだ?」
「賛成。私も行きたいって思ってたし、決定だね」
次のデート先はカラオケに決まった。定番だが、学生が楽しむには十分すぎる場所だ。
「駅前のカラオケでどうかな。確か学割あるお店だよね」
そういえば、ここに来る途中にカラオケがあったのを思い出す。『学生歓迎!』という文字の下に、丁寧に料金が書かれた看板も置かれていたのを横目に通り過ぎたんだった。
場所も決定したところで、俺は大事なことに気がついた。
