「……ヨルは本当に自分勝手だな」
ヨルはゆっくりと顔を上げる。泣いていたせいか顔は赤くなっていた。俺の言葉を噛み砕いたようで、すぐに自嘲気味に笑う。
「……そうだよね。こんな私、朝日は嫌いだよね」
「そうじゃない」
ヨルの言葉を覆い隠すように俺は否定する。
「俺はなにも言ってないのに、俺の気持ちを置いて勝手に別れようとするな」
「え……」
「俺だって心を許せる仲良い奴は多くないし、趣味も動画を見ること、勉強は中の下で運動神経は知っての通りだ。俺こそヨルに釣り合うような人間じゃない」
ヨルはぽかんとして俺の話を聞いていた。今度は俺がヨルに思いの丈を伝える番だ。
「ヨルのことは、最初は変な奴だと思った。いきなり付き合おうと言うなんて普通じゃ有り得ない。しかもいつも余裕に溢れていて、俺の一歩先を行っている気がした。でも、デートをするうちにヨルも普通の高校生なんだって気がついた」
ヨルとの思い出が頭の中を駆け巡る。色んなところに出かけた。色んな思い出を作った。
そして、恋をした。
段々と心臓が高鳴る。この気持ちは、きっと今伝えなきゃいけない。
俺は息を吸ってヨルに向き直る。
「ヨル、俺も――」
そこで俺は言葉を切る。口まで出かけた言葉が喉の奥で止まった。
……違う。これじゃ駄目だ。これじゃ俺の本当の気持ちを伝えられない。本当の気持ちを伝えるにはやらなきゃいけないことがある。
「……ヨル」
「なに?」
俺の空気を察したのか、ヨルを纏う空気も変わっていく。
これは賭けだ。失敗すれば二度とヨルとの関係は修復されない。それでも、俺はヨルを信じたい。
「……もう終わりにしよう」
「え……?」
俺の言葉にヨルは目を見開く。悲しみと絶望が混ざった表情に俺の胸も痛む。だが、俺は続ける。
「今日で名無しは終わりだ。君が本当の君で生きられるようにする」
俺は真っ直ぐ視線を向ける。
「俺が恋をしたのは名無しじゃない。君に恋をしていたんだ」
本当の名前も知らずに、気持ちを伝えられない。
届いてくれ。ヨルのその奥の、本当の君へ。
「……」
彼女は信じられないという表情で俺を見つめ返していた。
「……朝日は、ヨルじゃなくていいの?」
「ヨルとの思い出も本物だ。でも、ヨルを辿れば本当の君に辿り着く。だったら、俺は本当の君と一緒にいたい」
「本当の私は、朝日が思うような人間じゃないよ。朝日は私に夢を見てるんだよ」
「なら、俺も一緒に現実に向き合う。俺も君も、夢から覚める時間だ」
ヨルを乗り越えて、本当の彼女を知りたい。俺なら大丈夫だ、もう覚悟は決めている。
例えどんな本性だとしても俺は受け入れる自信がある。だってヨルも彼女自身で、彼女もヨルの一部なのだから。
俺の精一杯の感情は伝わっていただろうか。伝わっていて欲しい。言葉足らずなのは自覚している。こういうときは論理的な展開をしてもなんの意味もない。抱えている感情に身を任せるべきだと思う。
「本当の私を、受け入れてくれる……?」
「もちろんだ」
「本当にいいの……?」
「あぁ。だから俺に、君の名前を教えてほしい」
弱々しい問いかけに、俺は力強く頷く。なにがあっても俺は見捨てたりしない。全てを受け入れる覚悟はできている。
「――東堂、真昼」
唇をわなわなと震わせ、小さく呟いた。
「私、東堂真昼って言うの」
彼女は――ヨルは――真昼は、涙を流しながら精一杯の笑顔を見せた。
なんて綺麗な名前なんだろう。ヨルなんかより、よっぽど素敵な名前じゃないか。
本当の告白をしてくれた今、俺が返す言葉は決まっている。
「俺のことを好きになってくれてありがとう。好きになってくれたから俺も君に……真昼に出会えた」
俺も笑顔を向けたところで、込み上げてきたものをぐっと堪える。次の言葉に全てを込める。
「俺も、真昼のことが好きだ」
あぁ、やっと言えた。
本当の名前を知ったから、ようやく伝えられた。
次の瞬間、真昼は崩れ落ちて泣きじゃくった。
「朝日、好き、大好き……世界中の誰よりも大好き……」
「俺も好きだよ。大好きだ」
俺はしゃがみ、涙をこぼし続ける真昼の頭に手を置く。泣き止んでとせがむ必要はない。好きなだけ泣けばいい。真昼を慰めながら、俺は小さく鼻を啜った。
どれだけの時間が経っただろうか。時間なんか気にしていないが、数十分は経った気がしなくもない。真昼もようやく泣き止み、ベンチに座って赤い鼻をすんすんと鳴らしていた。
「今年初泣きだよ。しかもこんなたくさん」
「悲しい涙じゃないからいいんじゃないか?」
「それはそうだね。これは嬉し泣きかな」
真昼とも、少しずつ以前のような慣れたやり取りに戻っていく。
「そうだ。朝日、スマホ出して」
徐ろにヨルはスマホを操作する。今度はなにかと見守っていると、ヨルのスマホにメッセージアプリの二次元コードが表示されていた。
「連絡先。交換しようよ」
そういうことか。ようやくきちんと連絡先が交換できるようになった。
二次元コードを読み取ると、画面には『東堂真昼』という名前と、友人と撮ったであろう写真のアイコンが表示される。本当に東堂真昼がそこにいるのだと、ようやく実感を伴った気がした。
「アイコンは友達か?」
「うん。前に遊びに行ったときのね」
数少ないと言っていた友人とも、きちんと交流があるようで安心した。
「真昼。テストとか落ち着いたら、今度こそ海に行くのはどうだ?」
「いいね。賛成」
せっかく交換した連絡先を有効活用しようということで、帰宅してから連絡を取り合おうと決めた。
「あのね。髪、切ろうかなって思ってるんだ」
帰宅しようと駅に向かう途中に真昼は言った。控えめに言った言葉を聞き逃さなかった俺は眉を寄せる。
「なんで切るんだよ」
「染めると痛むって学んだからね。後はだいぶ長くなったし」
伸ばした髪を切るのはなかなか勇気がいるのではないか。目に見えて痛んでいるようには見えない。そういうところは真昼も気を遣っているはずだ。
それに、なによりも大事なことがある。
「……俺はロングの方が好きだからな」
俺はぼそりと呟く。
聞こえたか分からない言葉は無事に拾ってくれたようで、真昼はニコリと笑う。
「覚えておくね」
ヨルはゆっくりと顔を上げる。泣いていたせいか顔は赤くなっていた。俺の言葉を噛み砕いたようで、すぐに自嘲気味に笑う。
「……そうだよね。こんな私、朝日は嫌いだよね」
「そうじゃない」
ヨルの言葉を覆い隠すように俺は否定する。
「俺はなにも言ってないのに、俺の気持ちを置いて勝手に別れようとするな」
「え……」
「俺だって心を許せる仲良い奴は多くないし、趣味も動画を見ること、勉強は中の下で運動神経は知っての通りだ。俺こそヨルに釣り合うような人間じゃない」
ヨルはぽかんとして俺の話を聞いていた。今度は俺がヨルに思いの丈を伝える番だ。
「ヨルのことは、最初は変な奴だと思った。いきなり付き合おうと言うなんて普通じゃ有り得ない。しかもいつも余裕に溢れていて、俺の一歩先を行っている気がした。でも、デートをするうちにヨルも普通の高校生なんだって気がついた」
ヨルとの思い出が頭の中を駆け巡る。色んなところに出かけた。色んな思い出を作った。
そして、恋をした。
段々と心臓が高鳴る。この気持ちは、きっと今伝えなきゃいけない。
俺は息を吸ってヨルに向き直る。
「ヨル、俺も――」
そこで俺は言葉を切る。口まで出かけた言葉が喉の奥で止まった。
……違う。これじゃ駄目だ。これじゃ俺の本当の気持ちを伝えられない。本当の気持ちを伝えるにはやらなきゃいけないことがある。
「……ヨル」
「なに?」
俺の空気を察したのか、ヨルを纏う空気も変わっていく。
これは賭けだ。失敗すれば二度とヨルとの関係は修復されない。それでも、俺はヨルを信じたい。
「……もう終わりにしよう」
「え……?」
俺の言葉にヨルは目を見開く。悲しみと絶望が混ざった表情に俺の胸も痛む。だが、俺は続ける。
「今日で名無しは終わりだ。君が本当の君で生きられるようにする」
俺は真っ直ぐ視線を向ける。
「俺が恋をしたのは名無しじゃない。君に恋をしていたんだ」
本当の名前も知らずに、気持ちを伝えられない。
届いてくれ。ヨルのその奥の、本当の君へ。
「……」
彼女は信じられないという表情で俺を見つめ返していた。
「……朝日は、ヨルじゃなくていいの?」
「ヨルとの思い出も本物だ。でも、ヨルを辿れば本当の君に辿り着く。だったら、俺は本当の君と一緒にいたい」
「本当の私は、朝日が思うような人間じゃないよ。朝日は私に夢を見てるんだよ」
「なら、俺も一緒に現実に向き合う。俺も君も、夢から覚める時間だ」
ヨルを乗り越えて、本当の彼女を知りたい。俺なら大丈夫だ、もう覚悟は決めている。
例えどんな本性だとしても俺は受け入れる自信がある。だってヨルも彼女自身で、彼女もヨルの一部なのだから。
俺の精一杯の感情は伝わっていただろうか。伝わっていて欲しい。言葉足らずなのは自覚している。こういうときは論理的な展開をしてもなんの意味もない。抱えている感情に身を任せるべきだと思う。
「本当の私を、受け入れてくれる……?」
「もちろんだ」
「本当にいいの……?」
「あぁ。だから俺に、君の名前を教えてほしい」
弱々しい問いかけに、俺は力強く頷く。なにがあっても俺は見捨てたりしない。全てを受け入れる覚悟はできている。
「――東堂、真昼」
唇をわなわなと震わせ、小さく呟いた。
「私、東堂真昼って言うの」
彼女は――ヨルは――真昼は、涙を流しながら精一杯の笑顔を見せた。
なんて綺麗な名前なんだろう。ヨルなんかより、よっぽど素敵な名前じゃないか。
本当の告白をしてくれた今、俺が返す言葉は決まっている。
「俺のことを好きになってくれてありがとう。好きになってくれたから俺も君に……真昼に出会えた」
俺も笑顔を向けたところで、込み上げてきたものをぐっと堪える。次の言葉に全てを込める。
「俺も、真昼のことが好きだ」
あぁ、やっと言えた。
本当の名前を知ったから、ようやく伝えられた。
次の瞬間、真昼は崩れ落ちて泣きじゃくった。
「朝日、好き、大好き……世界中の誰よりも大好き……」
「俺も好きだよ。大好きだ」
俺はしゃがみ、涙をこぼし続ける真昼の頭に手を置く。泣き止んでとせがむ必要はない。好きなだけ泣けばいい。真昼を慰めながら、俺は小さく鼻を啜った。
どれだけの時間が経っただろうか。時間なんか気にしていないが、数十分は経った気がしなくもない。真昼もようやく泣き止み、ベンチに座って赤い鼻をすんすんと鳴らしていた。
「今年初泣きだよ。しかもこんなたくさん」
「悲しい涙じゃないからいいんじゃないか?」
「それはそうだね。これは嬉し泣きかな」
真昼とも、少しずつ以前のような慣れたやり取りに戻っていく。
「そうだ。朝日、スマホ出して」
徐ろにヨルはスマホを操作する。今度はなにかと見守っていると、ヨルのスマホにメッセージアプリの二次元コードが表示されていた。
「連絡先。交換しようよ」
そういうことか。ようやくきちんと連絡先が交換できるようになった。
二次元コードを読み取ると、画面には『東堂真昼』という名前と、友人と撮ったであろう写真のアイコンが表示される。本当に東堂真昼がそこにいるのだと、ようやく実感を伴った気がした。
「アイコンは友達か?」
「うん。前に遊びに行ったときのね」
数少ないと言っていた友人とも、きちんと交流があるようで安心した。
「真昼。テストとか落ち着いたら、今度こそ海に行くのはどうだ?」
「いいね。賛成」
せっかく交換した連絡先を有効活用しようということで、帰宅してから連絡を取り合おうと決めた。
「あのね。髪、切ろうかなって思ってるんだ」
帰宅しようと駅に向かう途中に真昼は言った。控えめに言った言葉を聞き逃さなかった俺は眉を寄せる。
「なんで切るんだよ」
「染めると痛むって学んだからね。後はだいぶ長くなったし」
伸ばした髪を切るのはなかなか勇気がいるのではないか。目に見えて痛んでいるようには見えない。そういうところは真昼も気を遣っているはずだ。
それに、なによりも大事なことがある。
「……俺はロングの方が好きだからな」
俺はぼそりと呟く。
聞こえたか分からない言葉は無事に拾ってくれたようで、真昼はニコリと笑う。
「覚えておくね」
