翌日もヨルからの電話がなく、一ヶ月の期間限定の交際はあっさりと終わりを迎えてしまった。一ヶ月なんて短いと思っていたからこそ、終わりはあっという間だった。
昨日は連絡が来ないことで焦りと悲しみに苛まれていたものの、今日になれば逆に振り切ってしまったようで特に感情の波は立たなかった。
えりからも『連絡来た?』と心配するメッセージが届いていた。わざわざ俺の進捗を報告する理由もないと思ったので、『来ないけど待ってみる』と一応前向きな返信だけしておいた。
ふと、俺は一ヶ月で起きた出来事を振り返ってみた。
バッティングセンターでフラれた悲しみをぶつけていたら、突然声をかけられて交際を求められた。
今思えば突拍子もない話だが、俺はどこかで心の支えを求めていたのかもしれない。もしくは悲しみを癒してくれる存在になってくれると思って、ヨルの提案にオッケーを出したのだろう。
俺の予想は当たっていた。ヨルとのデートは不思議なもので、最初はぎこちなかったものの、いつの間にか楽しくなって俺も段々積極的になっていった。
そしてデートを重ねて気がついた、ヨルへの恋心。きっと最初から惹かれていたのかもしれない。いわゆる一目惚れ――運命の出会いというやつだ。でなければ見知らぬ人物からのデートに行こうなんて提案に乗らなかった。
だが、このままヨルと再会できずに終わってしまうのか。元々一ヶ月限定で付き合おうという約束だったから、一ヶ月が終わった今、ヨルを無理に追う必要はない。けれど、割り切るにはあまりにも心がざわついていた。
俺はどうしても諦めきれなかった。せめてヨルに気持ちを伝えたい。フラれる可能性も十分にあるが、それでもいい。
好きになってしまったのだから、この気持ちは止められない。俺は未練タラタラな、諦めの悪い男なのだから。
どこに行こうか悩んだとき、これまでのデート先が頭に浮かんだ。過去を懐かしんで振り返って、改めて気持ちを引き締めてから探すのもいいかもしれない。
まずは最初に出会ったバッティングセンターからだ。
俺は頬を叩いてやる気を入れ、鞄を持って教室を後にした。
バッティングセンターではカキン、という小気味いい音が定期的に聞こえる。一ヶ月ぶりにやってもいいかと考えたが、今日は遊びに来たわけではない。ヨルとの思い出を振り返りに来たのだ。
運動が苦手な俺がヨルに奮い立てられ、打ち続けて最後にはホームランを決めた。あのときの爽快感は今でもしっかりと覚えている。
「……少しだけやってくか」
もう一度、今ならホームランを打てる気がした。俺はバッターボックスに立ち、バットを力強く構えた。
――苦手なものは一ヶ月程度ではどうにもならないようだ。辛うじて数発打てただけで、後はゴロか空振り。そんなもんだよなと現実を受け止め、乾いた笑いと共にバッターボックスを出る。
もしヨルが一緒にいたら、空振りをする俺を見て笑ってくれただろうか。一人では楽しむものも楽しめないのだと、寂しさを覚えながらバッティングセンターを立ち去った。
その後のことを思い出す。少し話をしようとコンビニでコーヒーを買った。翌日はすぐ近くのカラオケに行き、終わった後に肉まんの食べ比べ。そこまで鮮明に覚えているのだから、ヨルとのデートはどれも忘れられない思い出になっていると気づかされる。
カラオケは一人で入るほど行き慣れてはいないので、今度クラスメイトたちを誘うことにする。肉まんも食べ比べをするほど胃袋は空いていないため、コーヒーだけを買うことにした。
コンビニに入り、カップを購入してコーヒーマシンへと向かう。ボタンを押してコーヒーが抽出されるのを見守りながら、これからどうしようかを考える。
一人で思い出巡りをするなんて、まるで別れた彼女に未練を抱いていて、忘れられずに道を辿っているだけのように思える。実際その通りではあるが。
思い出巡りをしている途中でヨルに出会えたらいいが、そんな都合のいい展開は起きない。それこそ少女漫画のようなフィクションの世界でなければ。
そんなことを考えているうちにコーヒーは完成して、コーヒーフレッシュとスティックシュガーを二本入れてかき混ぜる。
コンビニを出て、本来ならこの前で屯していた。思い出とは異なるが、公園でゆっくりこれからについて考えるのも悪くないだろう。
スマホを取り出し、地図アプリを頼りに肉まんの食べ比べをした公園へと向かった。
公園に着くと、ベンチには既に人が座っていた。先客がいたのは惜しいが、コーヒーを飲むだけだから問題ない。
空いていたブランコに腰掛け、足でブランコを小さく揺らしながらコーヒーを飲む。甘さがじんわりと広がり、ざわついていた俺の気持ちを穏やかにしてくれた。苦味も美味しいと感じるようになってきたから、俺も少しずつ大人になっているのかもしれない。
ブランコに揺られながら空を見上げる。冬の空は綺麗と言うが、都市部でも綺麗に夕空が見られるから冬というのはいい季節だ。
公園内にいるのは、俺とベンチに腰掛けている制服姿の女の子だけ。俺にも言える話だが、夕方の公園で一人きりで過ごしているなんて珍しいと思ってしまう。
まるで俺と同じように物思いに耽っているような――
「……え」
女の子に視線を移した俺は目を疑った。
女の子が身につけていたのは、俺がクリスマスプレゼントで渡したのと全く同じ白いマフラー。鞄にはゲームセンターで俺が獲得してプレゼントしたのと同じキーホルダーがぶら下がっていた。
偶然公園にいるだけの人だと思って、姿をしっかりと見ていなかった。
「……ヨル?」
俺が静かに呼びかけると、声をかけられたと認識した女の子は顔を上げる。
目が合った女の子――ヨルは静かに目を見開いた。
「ヨル……」
俺の好きな人を間違えるはずがない。目の前にいるのは、間違いなくヨルだ。
次の瞬間、ヨルは急いでベンチから立ち上がって公園を出ようとする。
「ヨル!」
俺は慌ててブランコから立ち上がり、走り出したヨルを引き止める。勢いでコーヒーがこぼれてコートを多少濡らしたが、熱さやそんなことはどうでもよかった。
「ヨル、だよな……」
手を掴んで、ヨルがどこかへ行かないように止める。頷いてはくれなかったが、ヨルであることは確かだ。
よく見れば、着ている制服は昨日行った学校と同じ制服だった。やはりあそこはヨルが通っていた高校だったのか。
「別人じゃないですか? ヨルなんて人知りません」
「冗談はやめろ。俺がヨルを間違えるはずがない」
俺と頑なに目を合わせようとしないヨルに、俺は顔を顰める。
「連絡が取れなくて、ずっと心配してたんだぞ」
思わず語気が強くなってしまう。ようやくヨルに会えた喜びと、心配と、なぜ突き放すのかという悲しみで感情がぐちゃぐちゃになっている。
「なんで連絡を無視してたんだ」
「……」
目も合わせてくれない。俺と会話をしたくないのかと、俺の表情がくしゃりと歪む。
「…………日常に戻るため」
「え?」
ようやくヨルから発せられた言葉は非常に小さく、弱々しかった。日常に、戻る?
昨日は連絡が来ないことで焦りと悲しみに苛まれていたものの、今日になれば逆に振り切ってしまったようで特に感情の波は立たなかった。
えりからも『連絡来た?』と心配するメッセージが届いていた。わざわざ俺の進捗を報告する理由もないと思ったので、『来ないけど待ってみる』と一応前向きな返信だけしておいた。
ふと、俺は一ヶ月で起きた出来事を振り返ってみた。
バッティングセンターでフラれた悲しみをぶつけていたら、突然声をかけられて交際を求められた。
今思えば突拍子もない話だが、俺はどこかで心の支えを求めていたのかもしれない。もしくは悲しみを癒してくれる存在になってくれると思って、ヨルの提案にオッケーを出したのだろう。
俺の予想は当たっていた。ヨルとのデートは不思議なもので、最初はぎこちなかったものの、いつの間にか楽しくなって俺も段々積極的になっていった。
そしてデートを重ねて気がついた、ヨルへの恋心。きっと最初から惹かれていたのかもしれない。いわゆる一目惚れ――運命の出会いというやつだ。でなければ見知らぬ人物からのデートに行こうなんて提案に乗らなかった。
だが、このままヨルと再会できずに終わってしまうのか。元々一ヶ月限定で付き合おうという約束だったから、一ヶ月が終わった今、ヨルを無理に追う必要はない。けれど、割り切るにはあまりにも心がざわついていた。
俺はどうしても諦めきれなかった。せめてヨルに気持ちを伝えたい。フラれる可能性も十分にあるが、それでもいい。
好きになってしまったのだから、この気持ちは止められない。俺は未練タラタラな、諦めの悪い男なのだから。
どこに行こうか悩んだとき、これまでのデート先が頭に浮かんだ。過去を懐かしんで振り返って、改めて気持ちを引き締めてから探すのもいいかもしれない。
まずは最初に出会ったバッティングセンターからだ。
俺は頬を叩いてやる気を入れ、鞄を持って教室を後にした。
バッティングセンターではカキン、という小気味いい音が定期的に聞こえる。一ヶ月ぶりにやってもいいかと考えたが、今日は遊びに来たわけではない。ヨルとの思い出を振り返りに来たのだ。
運動が苦手な俺がヨルに奮い立てられ、打ち続けて最後にはホームランを決めた。あのときの爽快感は今でもしっかりと覚えている。
「……少しだけやってくか」
もう一度、今ならホームランを打てる気がした。俺はバッターボックスに立ち、バットを力強く構えた。
――苦手なものは一ヶ月程度ではどうにもならないようだ。辛うじて数発打てただけで、後はゴロか空振り。そんなもんだよなと現実を受け止め、乾いた笑いと共にバッターボックスを出る。
もしヨルが一緒にいたら、空振りをする俺を見て笑ってくれただろうか。一人では楽しむものも楽しめないのだと、寂しさを覚えながらバッティングセンターを立ち去った。
その後のことを思い出す。少し話をしようとコンビニでコーヒーを買った。翌日はすぐ近くのカラオケに行き、終わった後に肉まんの食べ比べ。そこまで鮮明に覚えているのだから、ヨルとのデートはどれも忘れられない思い出になっていると気づかされる。
カラオケは一人で入るほど行き慣れてはいないので、今度クラスメイトたちを誘うことにする。肉まんも食べ比べをするほど胃袋は空いていないため、コーヒーだけを買うことにした。
コンビニに入り、カップを購入してコーヒーマシンへと向かう。ボタンを押してコーヒーが抽出されるのを見守りながら、これからどうしようかを考える。
一人で思い出巡りをするなんて、まるで別れた彼女に未練を抱いていて、忘れられずに道を辿っているだけのように思える。実際その通りではあるが。
思い出巡りをしている途中でヨルに出会えたらいいが、そんな都合のいい展開は起きない。それこそ少女漫画のようなフィクションの世界でなければ。
そんなことを考えているうちにコーヒーは完成して、コーヒーフレッシュとスティックシュガーを二本入れてかき混ぜる。
コンビニを出て、本来ならこの前で屯していた。思い出とは異なるが、公園でゆっくりこれからについて考えるのも悪くないだろう。
スマホを取り出し、地図アプリを頼りに肉まんの食べ比べをした公園へと向かった。
公園に着くと、ベンチには既に人が座っていた。先客がいたのは惜しいが、コーヒーを飲むだけだから問題ない。
空いていたブランコに腰掛け、足でブランコを小さく揺らしながらコーヒーを飲む。甘さがじんわりと広がり、ざわついていた俺の気持ちを穏やかにしてくれた。苦味も美味しいと感じるようになってきたから、俺も少しずつ大人になっているのかもしれない。
ブランコに揺られながら空を見上げる。冬の空は綺麗と言うが、都市部でも綺麗に夕空が見られるから冬というのはいい季節だ。
公園内にいるのは、俺とベンチに腰掛けている制服姿の女の子だけ。俺にも言える話だが、夕方の公園で一人きりで過ごしているなんて珍しいと思ってしまう。
まるで俺と同じように物思いに耽っているような――
「……え」
女の子に視線を移した俺は目を疑った。
女の子が身につけていたのは、俺がクリスマスプレゼントで渡したのと全く同じ白いマフラー。鞄にはゲームセンターで俺が獲得してプレゼントしたのと同じキーホルダーがぶら下がっていた。
偶然公園にいるだけの人だと思って、姿をしっかりと見ていなかった。
「……ヨル?」
俺が静かに呼びかけると、声をかけられたと認識した女の子は顔を上げる。
目が合った女の子――ヨルは静かに目を見開いた。
「ヨル……」
俺の好きな人を間違えるはずがない。目の前にいるのは、間違いなくヨルだ。
次の瞬間、ヨルは急いでベンチから立ち上がって公園を出ようとする。
「ヨル!」
俺は慌ててブランコから立ち上がり、走り出したヨルを引き止める。勢いでコーヒーがこぼれてコートを多少濡らしたが、熱さやそんなことはどうでもよかった。
「ヨル、だよな……」
手を掴んで、ヨルがどこかへ行かないように止める。頷いてはくれなかったが、ヨルであることは確かだ。
よく見れば、着ている制服は昨日行った学校と同じ制服だった。やはりあそこはヨルが通っていた高校だったのか。
「別人じゃないですか? ヨルなんて人知りません」
「冗談はやめろ。俺がヨルを間違えるはずがない」
俺と頑なに目を合わせようとしないヨルに、俺は顔を顰める。
「連絡が取れなくて、ずっと心配してたんだぞ」
思わず語気が強くなってしまう。ようやくヨルに会えた喜びと、心配と、なぜ突き放すのかという悲しみで感情がぐちゃぐちゃになっている。
「なんで連絡を無視してたんだ」
「……」
目も合わせてくれない。俺と会話をしたくないのかと、俺の表情がくしゃりと歪む。
「…………日常に戻るため」
「え?」
ようやくヨルから発せられた言葉は非常に小さく、弱々しかった。日常に、戻る?
