翌日も電話をしたが、ヨルとは依然繋がらないままだった。
着信拒否をされていないだけいいと捉えることにした。えりが教えてくれた学校を参考にして、しらみつぶしに学校を当たってみようと決めた。途方もない計画だが、なにもしないよりはマシだと考えた結果だ。
放課後になり、クラスメイトの遊びの誘いをすぐに断って教室を飛び出す。昇降口を出ると、臙脂色のジャージを着た女子生徒の集団と鉢合わせた。俺の学校のジャージではないから、きっとどこか別の学校の生徒だろう。なにかしらの部活の練習試合で訪れたのだと推測した。
今どき臙脂色のジャージは珍しいと考えながら、俺は早足で通り過ぎる。
……臙脂色?
そこまで考えて俺は思い出し、急いで立ち止まる。
ヨルがバッティングセンターで着替えていたジャージが臙脂色だということに。思い出した瞬間、あのときの記憶が鮮明に蘇ってきた。
手がかりがない状態から探すという途方もない計画から、ヨルに繋がる手がかりが一気に縮まった気がした。
「あ、あの!」
気がつけば、俺はジャージ集団に声をかけていた。練習相手ではない生徒が突然声をかけてきたから怪しまれたのだろう。確実に歓迎されていない表情が俺に集中する。
「……と、突然すみません。皆さんの学校ってどこですか?」
なにも考えずにかけた俺の言葉がトドメだったのだろう。ナンパやその類だと思われた可能性が高く、誰も俺とは目を合わさずにひそひそとしていた。衝動に任せず言葉を選んでおけば良かったとすぐに後悔した。
「その、怪しい者じゃないです。ただ、臙脂色のジャージって最近だと珍しいなって思って……」
言い訳にしても怪しすぎる。もう少しマシな言い訳はなかったのかと自分自身を責めた。
だが、もしかしたらヨルに繋がる手がかりになるかもしれなかったから、多少強引でも仕方ないと自分に言い聞かせる。
「学校名くらいならいいですよ」
そんな中で、部長らしき人が出てきて学校名を教えてくれた。
学校の名前は聞いたことがある。確か、そこまで遠くない学校のはずだ。俺は全力で頭を下げ、すぐに学校を出た。いかにも怪しい人間だが、見知らぬ生徒の表情なんて気にしていられない。
今すぐ向かえば下校時間に間に合うかもしれない。
俺は駅まで必死に駆け抜け、ちょうどやってきた電車に飛び乗った。
「ここは……」
乗り換えアプリを頼りに到着した場所は、俺にとって見覚えのある景色だった。
ヨルと来るはずだった海の近くだ。待ち合わせた駅とは数駅違うが、海は今いる駅からでもよく見えた。
地図アプリで学校名を調べながら学校へ向かっていく。制服姿の生徒と通り過ぎるから、間違いなく近くに学校がある。しかもジャージを着ている生徒は、もれなく臙脂色。
ヨルに繋がる道が、少しずつ拓けていった気がした。
そうしているうちに学校に辿り着いた。都会のような洗練された雰囲気ではなく、のんびりとした穏やかな空気を感じた。
ここがヨルの通っている高校という確証はない。偶然同じ色のジャージを着ていたというだけだ。だがしかし、もしここがヨルの通っている学校ならば。下校途中のヨルと出会えるかもしれない。
俺は信じて、正門前に立って帰宅する生徒を一人一人確認していった。
違う、違う、似ているけど違う。期待と失望を繰り返しながら、ヨルに出会えると信じて生徒たちを観察していく。焦りが俺の頭を支配するが、たびたび息を吐いて冷静になる。焦りは禁物。おみくじにあったことを律儀に守ってヨルを引き続き探す。
俺が制服を着ていて良かった。もしこれが私服姿だったら、不審者扱いされて通報されてもおかしくない。怪しいのは変わりない気がするが。
「あ」
そんな中で、とある生徒の鞄に目がいった。鞄にはゲームセンターで俺が獲得した景品と同じキーホルダーがついていた。
「ヨル――」
声をかけようとしたが、その生徒はヨルではない別の女子生徒だった。女子生徒は訝しげな表情をして俺の横を通り過ぎていった。
よく考えれば、ゲームセンターで獲得したキーホルダーなんて誰でもつけている可能性がある。ヨルも鞄につけてくれていたが、他の誰かもつけているかもしれないということが頭からすっかり抜け落ちていた。
落胆した俺は、その後も下校していく生徒を呆然と見送っていった。
結局、大方の生徒がいなくなるまで正門で見張っていたが、ヨルには会えなかった。
俺は駅までの道をとぼとぼと歩く。
やはり学校が違ったのか。それとも来るのが遅かったから、ヨルは既に下校していた可能性もゼロではない。どちらにせよ、今日の収穫はなかったに等しい。
せっかくここまで来たのになにもせず帰るのももったいないと思い、一人で海に行ってみることにした。駅前にあったコンビニでホットドリンクを買い、俺は夕暮れが反射する海へと歩き出した。
海へはすぐに辿り着いた。コンクリートで固められた堤防が一線に並んでいて、先にある防波堤では休日に釣りを楽しむ人がいるのだろう。今は夕方で人気もないため、俺一人がこの場を独占している状態だ。
堤防に乗り、海を見つめながらホットドリンクを胃に流し込む。夕方かつ海風が吹いてきたが、ホットドリンクを飲んでいたおかげで寒さはあまり感じなかった。
見ている景色は夕暮れという時間帯もあり、非常に幻想的で綺麗だ。目の前の景色を写真に収めてSNSに上げれば、それなりの高評価をもらえるはずだ。
もしかしたらヨルも放課後ここに来て、数少ないと言っていた友人と盛り上がっていたのではと想像してみる。海の近くで戯れるなんていかにも青春らしいワンシーンだ。
リゾート地のような青い海ではないが、ゴミも落ちていない綺麗な海だ。本来なら先週にヨルとこの景色を見られていたのかもしれないと思うと、胸が痛くなる。
なぜ、ヨルはこの景色を見ることを拒んだのか。学校の近くで誰かに見られる可能性があったからか。
全ては俺の推測だ。たまたまこの海を選んだ可能性もなくはない。だが、海に行こうと言うならもっと有名な海のスポットはある。そんな中でわざわざここを指定したということは、ヨルにとって縁のある場所である可能性は非常に高い。
ここに毎日通えば、いつかヨルに会えるかもしれない。だが、そんな偶然に賭けて外れていたら時間を無駄にしてしまう。もっと希望のある方法で試すべきだ。
ならば、どうすればいい。
そこで俺は今一度、ヨルに電話をかけてみることにした。出てくれないかもしれないが、もしかしたら。
スマホを取り出して通話履歴からヨルに電話をかける。コール音の後、一瞬の静寂が訪れる。俺は息を呑んで、ヨルが言葉をかけてくれるのを待った。
『おかけになった番号は電波の届かないところにあるか、電源が――』
アナウンスを最後まで聞く前に、俺は通話を切る。
駄目か。俺は大きな溜め息と共に夕空を見上げる。俺のもやもやした感情とは反対に、空の鮮やかさはとても眩しかった。
「……帰るか」
まだ終わったわけじゃない。簡単に諦めてはいけない。
俺はペットボトルに半分ほど残っていたホットドリンクを呷り、駅への道を歩き出した。
着信拒否をされていないだけいいと捉えることにした。えりが教えてくれた学校を参考にして、しらみつぶしに学校を当たってみようと決めた。途方もない計画だが、なにもしないよりはマシだと考えた結果だ。
放課後になり、クラスメイトの遊びの誘いをすぐに断って教室を飛び出す。昇降口を出ると、臙脂色のジャージを着た女子生徒の集団と鉢合わせた。俺の学校のジャージではないから、きっとどこか別の学校の生徒だろう。なにかしらの部活の練習試合で訪れたのだと推測した。
今どき臙脂色のジャージは珍しいと考えながら、俺は早足で通り過ぎる。
……臙脂色?
そこまで考えて俺は思い出し、急いで立ち止まる。
ヨルがバッティングセンターで着替えていたジャージが臙脂色だということに。思い出した瞬間、あのときの記憶が鮮明に蘇ってきた。
手がかりがない状態から探すという途方もない計画から、ヨルに繋がる手がかりが一気に縮まった気がした。
「あ、あの!」
気がつけば、俺はジャージ集団に声をかけていた。練習相手ではない生徒が突然声をかけてきたから怪しまれたのだろう。確実に歓迎されていない表情が俺に集中する。
「……と、突然すみません。皆さんの学校ってどこですか?」
なにも考えずにかけた俺の言葉がトドメだったのだろう。ナンパやその類だと思われた可能性が高く、誰も俺とは目を合わさずにひそひそとしていた。衝動に任せず言葉を選んでおけば良かったとすぐに後悔した。
「その、怪しい者じゃないです。ただ、臙脂色のジャージって最近だと珍しいなって思って……」
言い訳にしても怪しすぎる。もう少しマシな言い訳はなかったのかと自分自身を責めた。
だが、もしかしたらヨルに繋がる手がかりになるかもしれなかったから、多少強引でも仕方ないと自分に言い聞かせる。
「学校名くらいならいいですよ」
そんな中で、部長らしき人が出てきて学校名を教えてくれた。
学校の名前は聞いたことがある。確か、そこまで遠くない学校のはずだ。俺は全力で頭を下げ、すぐに学校を出た。いかにも怪しい人間だが、見知らぬ生徒の表情なんて気にしていられない。
今すぐ向かえば下校時間に間に合うかもしれない。
俺は駅まで必死に駆け抜け、ちょうどやってきた電車に飛び乗った。
「ここは……」
乗り換えアプリを頼りに到着した場所は、俺にとって見覚えのある景色だった。
ヨルと来るはずだった海の近くだ。待ち合わせた駅とは数駅違うが、海は今いる駅からでもよく見えた。
地図アプリで学校名を調べながら学校へ向かっていく。制服姿の生徒と通り過ぎるから、間違いなく近くに学校がある。しかもジャージを着ている生徒は、もれなく臙脂色。
ヨルに繋がる道が、少しずつ拓けていった気がした。
そうしているうちに学校に辿り着いた。都会のような洗練された雰囲気ではなく、のんびりとした穏やかな空気を感じた。
ここがヨルの通っている高校という確証はない。偶然同じ色のジャージを着ていたというだけだ。だがしかし、もしここがヨルの通っている学校ならば。下校途中のヨルと出会えるかもしれない。
俺は信じて、正門前に立って帰宅する生徒を一人一人確認していった。
違う、違う、似ているけど違う。期待と失望を繰り返しながら、ヨルに出会えると信じて生徒たちを観察していく。焦りが俺の頭を支配するが、たびたび息を吐いて冷静になる。焦りは禁物。おみくじにあったことを律儀に守ってヨルを引き続き探す。
俺が制服を着ていて良かった。もしこれが私服姿だったら、不審者扱いされて通報されてもおかしくない。怪しいのは変わりない気がするが。
「あ」
そんな中で、とある生徒の鞄に目がいった。鞄にはゲームセンターで俺が獲得した景品と同じキーホルダーがついていた。
「ヨル――」
声をかけようとしたが、その生徒はヨルではない別の女子生徒だった。女子生徒は訝しげな表情をして俺の横を通り過ぎていった。
よく考えれば、ゲームセンターで獲得したキーホルダーなんて誰でもつけている可能性がある。ヨルも鞄につけてくれていたが、他の誰かもつけているかもしれないということが頭からすっかり抜け落ちていた。
落胆した俺は、その後も下校していく生徒を呆然と見送っていった。
結局、大方の生徒がいなくなるまで正門で見張っていたが、ヨルには会えなかった。
俺は駅までの道をとぼとぼと歩く。
やはり学校が違ったのか。それとも来るのが遅かったから、ヨルは既に下校していた可能性もゼロではない。どちらにせよ、今日の収穫はなかったに等しい。
せっかくここまで来たのになにもせず帰るのももったいないと思い、一人で海に行ってみることにした。駅前にあったコンビニでホットドリンクを買い、俺は夕暮れが反射する海へと歩き出した。
海へはすぐに辿り着いた。コンクリートで固められた堤防が一線に並んでいて、先にある防波堤では休日に釣りを楽しむ人がいるのだろう。今は夕方で人気もないため、俺一人がこの場を独占している状態だ。
堤防に乗り、海を見つめながらホットドリンクを胃に流し込む。夕方かつ海風が吹いてきたが、ホットドリンクを飲んでいたおかげで寒さはあまり感じなかった。
見ている景色は夕暮れという時間帯もあり、非常に幻想的で綺麗だ。目の前の景色を写真に収めてSNSに上げれば、それなりの高評価をもらえるはずだ。
もしかしたらヨルも放課後ここに来て、数少ないと言っていた友人と盛り上がっていたのではと想像してみる。海の近くで戯れるなんていかにも青春らしいワンシーンだ。
リゾート地のような青い海ではないが、ゴミも落ちていない綺麗な海だ。本来なら先週にヨルとこの景色を見られていたのかもしれないと思うと、胸が痛くなる。
なぜ、ヨルはこの景色を見ることを拒んだのか。学校の近くで誰かに見られる可能性があったからか。
全ては俺の推測だ。たまたまこの海を選んだ可能性もなくはない。だが、海に行こうと言うならもっと有名な海のスポットはある。そんな中でわざわざここを指定したということは、ヨルにとって縁のある場所である可能性は非常に高い。
ここに毎日通えば、いつかヨルに会えるかもしれない。だが、そんな偶然に賭けて外れていたら時間を無駄にしてしまう。もっと希望のある方法で試すべきだ。
ならば、どうすればいい。
そこで俺は今一度、ヨルに電話をかけてみることにした。出てくれないかもしれないが、もしかしたら。
スマホを取り出して通話履歴からヨルに電話をかける。コール音の後、一瞬の静寂が訪れる。俺は息を呑んで、ヨルが言葉をかけてくれるのを待った。
『おかけになった番号は電波の届かないところにあるか、電源が――』
アナウンスを最後まで聞く前に、俺は通話を切る。
駄目か。俺は大きな溜め息と共に夕空を見上げる。俺のもやもやした感情とは反対に、空の鮮やかさはとても眩しかった。
「……帰るか」
まだ終わったわけじゃない。簡単に諦めてはいけない。
俺はペットボトルに半分ほど残っていたホットドリンクを呷り、駅への道を歩き出した。
