「――でさ、そこでその芸人のツッコミが最高に良かったんだよ」

 初詣のデートを終え、数日後。俺はヨルと電話をしていた。
 三が日はテレビも新年向けのものばかりだが、面白い番組も結構ある。俺はバラエティ番組をそれなりに見る方なので、家族と笑いながら番組を存分に楽しんだ。
 逆にヨルはあまりバラエティ番組を見ない――そもそもあまりテレビを見ないと言っていた。ヨルがあまり盛り上がれないであろう話題を取り上げるのも申し訳ないと思っていた。だがしかし。

『朝日の話聞きたいから、色々教えて』

 とヨルは嬉しそうに言ってくれた。電話越しだから表情までは見えないが、声のトーンから察するに興味を抱いてくれている気がした。
 なので現在、俺は年始に見た番組の感想を延々と語っていた。どんな芸能人が出ていたとか、どういったトークやコーナーがあるのかを説明し、そこでさらに俺の感想も伝えていく。ヨルからは興味深そうに相槌を打つ声と、時折笑い声も聞こえた。

『その番組、聞いてるだけで面白いね。見たくなってきたかも』
「見逃し配信とかやってるはずだから、気になったら見てみてよ」
『うん。落ち着いたら見てみるね』

 落ち着いたら。それは恐らく少し先の話だろう。
 俺は今、ベッドの上で寝転んでヨルとの電話を楽しんでいる。一方で、ヨルは残っている冬休みの宿題とテストに向けた勉強をしているらしい。電話をしながら勉強に取り組めるヨルの集中力を素直に尊敬した。
 俺もまだ宿題が終わっていないから、やらなければいけないと心の中では思っていた。だが、俺はヨルとの電話に集中したかった。宿題など電話が終わった後に一人静かにやればいい。
 そこでふと、ファミレスで勉強会を開くのはどうだろうと頭の中にアイデアが浮かんだ。非常に高校生らしいデートだし、おまけにお互いの苦手な教科を教え合えば今後の勉強に生かすことができる。
 名案だとヨルに提案しようとしたが、俺の口は衝動を抑え込んだ。

『ん? なにか言った?』
「い、いや、なんでもない」

 口から出かけていた言葉はヨルに届いてしまっていたらしい。焦りながら誤魔化した俺はふぅと息を吐く。
 提案を止めた理由は、過去の出来事を思い出したからだ。
 過去にも俺はファミレスでクラスメイトと勉強会をしたことがある。しかし、フライドポテトを無限に注文したり、座席とドリンクバーを永遠に往復したりと、勉強会をするようなモチベーションは一切持ち合わせていなかった。完全に勉強会という名のただのだべる会だった。男子だけで集まればそんな展開になるのは想像に難くないだろう。女子だって集まればきっと分からない問題ではなく、雑談で盛り上がるはずだ。
 ヨルと勉強会を開けば、もしかしたらしっかりと勉強できるかもしれない。ただ、ヨルはわざわざ勉強の時間を作りたいと言うくらいだ。集中したいということは、つまり俺がいたら集中できないということになる。
 ヨルの邪魔をして、ヨルの成績が芳しくないものになるのは俺も避けたい。

『そういえば、朝日は冬休みの宿題は終わった?』

 考えているところにヨルからの質問が飛んできて、俺はギクリとする。

「……終わってません」
『私との電話もいいけどさ、朝日ももうすぐ学校が始まるんでしょ。今のうちに終わってた方が、朝日も安心して新学期を迎えられると思うよ』
「……おっしゃる通りです」

 落ち着いた調子で言われるからこそ、親のグチグチとした説教より心に刺さる。
 ヨルは間違いなく夏休みを七月中に終わらせるタイプだ。もしくは計画的に毎日コツコツと終わらせるタイプだ。八月になってやらなければと少しずつ焦り始め、最終週に一気に終わらせる俺とは正反対だ。
 俺は起き上がり、鞄から教科書と問題集を取り出す。机に置いて再びベッドに寝転がった。一応のやる気は見せたから偉い。

「今はヨルとの電話を楽しみたいから、終わったらやるよ」
『……分かった。頑張ってね』

 一瞬の沈黙の後、ヨルの優しい声がした。

『朝日が楽しいって言ってくれるから、私も勉強頑張れるよ』

 そこで俺はハッとした。流石に好意をストレートに伝え過ぎたか。楽しいのは間違いないが、素直に口に出したことで好意を匂わせた痛い奴にならないだろうか。
 慌てて弁明するのも余裕のない人間に思われる可能性もある。そこまで考えを巡らせ、ここはあえて黙っておくことに決めた。

『あ、お風呂入ってだって。じゃあ今日はこの辺りで解散かな』
「だな。時間もちょうどいいしな」

 まだ話して一時間ほどしか経っていない。一時間も経っていると言われたらそれまでかもしれないが、俺からしたらヨルとは全く話し足りないし、ずっと話していたい。
 ここで終わるのは寂しいが、未練がましく引き止めるのも違う気がする。なにもなく別れる方が男らしくて潔いはずだ。

「それじゃあ、おやすみ」
『うん。おやすみなさい』

 ヨルの優しい声を最後に、通話画面が黒い画面に切り替わる。
 俺はスマホを投げ捨てるように置いて通話の余韻に浸る。ヨルの優しい声は俺を落ち着いた気分にさせてくれて、いつまでも聞いていたくなる。そんなヨルから言われる「おやすみ」の一言は、俺の口角を上げるには簡単なことだった。
 去年までは「またね」だけだったのに、気がついたら「おやすみ」を言い合える関係に進展している。そんな関係になれたことに嬉しくなり、俺は思わず枕を抱きしめる。
 こういうのは女の子がやるかもしれないが、男がやったっていいだろう。好きな人を想って悶える気持ちは男女共通のはずだ。

「好き、だなぁ……」

 ひと通り悶えたところで俺は枕を手放す。呟いた声は誰に届くわけでもなく、部屋の彼方に消えていった。
 ヨルにどんな告白をすればいいかはまだ決まっていない。海という最高のロケーションがあるのだから、雰囲気に任せればいいのも分かっている。
 だが、しっかりと覚悟を決めて告白したい気持ちの方が強い。雰囲気に流されるのだけは避けたいと思っている。
 どうすればヨルは告白をオッケーしてくれるだろうか。
 やはり誠実に、真正面から告白するのがいいか。ヨルは頭がいいからどんな告白をしても理解はしてもらえるだろうが、気持ちが伝わらなければ意味がない。好きと言えば気持ちは伝わるかもしれないが、気持ちに応えてくれなければどうしようもない。
 やはり捏ねくり回さずにストレートに伝えた方が俺の気持ちは伝わるかもしれない。ならばしっかりとシミュレーションをして、万全の状態で当日を迎えよう。
 まずは服から決めよう。何事も外側から入るのは大事だ。
 俺はクローゼットを開き、まだデートで着ていない服を引っ張り出した。
 机の上に適当に置いた教科書なんか、俺の頭からとっくに消え去っていた。