「あ」
途中でヨルが小さく声を上げたので、俺はなにかとヨルを見る。
「どうした?」
「お賽銭の五円玉、用意してくるの忘れた」
なにかを落としたとか思いきや、賽銭のことか。気が抜けた俺は思わず息を吐いた。
五円を入れるというのはいつどこから広まったかは知らないが、「ご縁がありますように」という語呂合わせのようなものだ。他にも語呂合わせの金額はあるが、全て縁起がいいから入れた方がいいとされているだけだ。別にその金額以外を入れたからといってバチが当たるわけではない。
「別に五円じゃなくても、こういうのは気持ちが大事だろ」
「でも、お賽銭って大体五円を入れるでしょ。一円じゃ流石に悲しいし、五十円か百円かな」
財布を覗きながらヨルは難しい顔をする。小銭の音はするが、悲しいことに五円玉だけないのだろう。五円玉は一円単位の買い物をしないとお釣りで来ないから、急に用意できなくても仕方のない部分はある。
「ほら」
財布から百円玉を取り出そうとしたヨルに、俺は五円玉を差し出す。
ヨルは固まって、静かに俺の方に首を動かす。戸惑っているのが俺の目から見てもよく分かる。
「え……でも、朝日の分は?」
「偶然なことに二枚あってだな。そっちは俺からのお年玉ってことで」
もう一枚の五円玉を見せながら言う。俺はヨルの前ではたびたびカッコつける奴になったのかもしれない。五円だけのお年玉ってなんだよ、ケチくさい奴に見えないかな、と言った後に恥ずかしくなる。
「ありがとう。お年玉、有り難く使わせてもらうね」
ヨルは財布をしまい、笑顔で五円玉を受け取った。
話しているうちに賽銭箱の前まで到着した。鳴らすための大きな鈴はなく、横に長い賽銭箱の前で金を投げ入れるだけだ。俺たちの後ろからもどんどん人がやってくるから、スピーディーに終わらせるのが良さそうだ。
賽銭箱に五円玉を投げ入れ、二礼二拍手といつ覚えたか分からない作法をして手を合わせる。
ここまでやって、俺は準備をしていた願い事を頭の中で唱える。もちろん願い事の内容は決まっている。
ヨルと、一ヶ月を過ぎても一緒にいられますように。
タイムリミットまで後二週間。それまでたくさんの思い出を作るが、その後もヨルとたくさんの思い出を作っていきたい。一ヶ月なんて枠組みで捕らわれていたくない。
どれだけ参拝して全力で願っても、願い事は確実に叶うわけではない。参拝は今年こんなことをします、という意思表示をして努力をするためのきっかけの一つだ。そこで努力を怠れば叶うものも叶わない。
だからこそ、俺は一ヶ月を超えてもヨルと一緒にいられるように努力すべきなのだ。
最後に一礼をする。ヨルを見ると、まだ手を合わせて真剣に願っていた。
ヨルはどんな願い事をするのだろうか。健康祈願か、学業成就か。それとも、俺と同じ願いか。同じ願いをしてくれていたら、それ以上に嬉しいことはない。
ヨルもようやく願い事は終わったのか、一礼して参拝の列から抜ける。
「長かったな」
「自己紹介から始めてたら長々と願っちゃった」
律儀に自己紹介までしていたのか。参拝は丁寧な方がいいとは聞くが、まさか本当にやる人がいるとは思わなかった。内容について触れるのは野暮だが、そこまでして願うならどうしても気になってしまう。
「朝日はどんなお願い事をしたの?」
「ヨルが教えてくれたら言うよ」
「じゃあいいや。内緒」
ヨルは飄々とした態度で答え、人混みを抜けていく。聞ければラッキーくらいの軽い気持ちで、そこまで深掘りするつもりはなかったのだろう。ヨルの気まぐれ具合もだいぶ慣れてきたつもりだったが、もう少し慣れる時間が必要かもしれない。
「お互い叶うといいね」
ヨルが白い息を吐きながら笑う。
「……そうだな」
俺の願いはヨルが関わっていると言ったら、ヨルはどんな表情をするのだろうか。
だが、そんな試すようなことをする必要はない。どこかのタイミングで言えればいいなと、ヨルの笑顔を見つめながらぼんやりと考えていた。
参拝も終わり、俺たちはおみくじを引くことにした。今年最初の運試しだ。
ときどきガチャ感覚でおみくじを何度も引くなんて奴も聞くが、そんなことをしても運勢が上書きされるわけではない。ただおみくじを引きたい人に行き渡らなくなるだけだ。一回きりだからこそ結果を楽しみにするものだと俺は思っている。
「もし凶だったらどうしよう」
「大丈夫だって。今はその段階にいるだけで、そこから上がっていくんだよ」
「ポジティブな捉え方だね。その考えいいかも」
俺の考えに納得したのか、ヨルはうんうんと大きく頷いていた。
たとえ凶を引いたからといって運勢が悪くなるわけではない。おみくじはこれからの行動の参考になるためのものだ。
話していると順番が来たので百円玉を入れ、おみくじの箱を持って振る。
あれこれ言ったが、俺も凶が出たら多少は落ち込む。ヨルに慰められる展開はもうこりごりだ。雑念を振り払いながら箱を振ると、番号が書かれた棒が出てきた。
棒には番号が書かれていたので、番号に合った引き出しを開けておみくじを取り出す。まだ結果は見ていない。せっかくだからヨルと一緒に結果を見たい。
「朝日、まだ見てないよね」
「あぁ。せーので見せ合うぞ」
ヨルもドキドキしているのか、緊張が顔に表れていた。ふぅと息を吐き、互いにおみくじを構える。
「せーの」
バッと勢いよく開いておみくじを見せ合う。俺のおみくじに書かれていたのは、中吉。
「っしゃ!」
思わず小さくガッツポーズをした。大吉とまでは言わずとも、大吉に続くいい結果だ。五段階評価で言う四を獲得した気分だ。
「あーあ。私は末吉だった」
ヨルは残念そうにおみくじをひらりと振る。そこには末吉と確かに書かれていた。
末吉は吉の中でも凶に近かったような気がする。それでも凶でないならいいと思ってしまった。大丈夫だとフォローを入れるべきかと迷ったが、ヨルは特段気にしていない様子だった。
「心乱れること多し、だって。気をつけなきゃ」
おみくじに目を通しながら、ヨルは困ったように笑う。末吉だから内容もなかなか厳しいことが書かれているのだろう。
俺もおみくじの内容を確認する。全体運を見ると、それなりにいいことが書かれていた。要約すると「好奇到来。ただし焦りは禁物」とのこと。非常にタメになる内容かつ優しい物言いで安心した。
次に俺が目を通したのは恋愛。俺がなによりも気にする項目だ。そこには「言葉より行動を重ねよ」と書かれていた。今の俺に刺さる内容でどきりとする。上辺だけの言葉ではなく、デートを重ねている今の状況はおみくじ通りに行動できているのでは。
気分が上がった俺は待ち人の項目にも視線を移す。そこには「必ず来たる」の文字。中吉にしてはいいことが書かれすぎなのではと浮かれてしまう。大吉と言われてもおかしくない。
全体的に、焦らずに全力で取り組むことがいいとされているのが俺の運勢だ。
「ヨルはどんな運勢だった?」
「色々書かれてるけど……最終的にはいいことがあるって感じかな」
末吉にしてはいい内容で締めくくられている気がする。おみくじは運勢が下がるにつれてあれやこれやと指摘されまくっているイメージがあるからだ。これはヨルの伝え方もあるかもしれないが。
ヨルは近くの木におみくじを結び始める。
「朝日は結ばないの?」
「俺は結ばない。お守りにしようと思って」
こんないい結果が書かれたお守りを置いていくわけにはいかない。時折読み返してニヤニヤするための材料になってもらう。
おみくじを結び終え、参道の屋台へと向かう。着く頃には俺の胃袋は食べ物を求めて音を鳴らしていた。
途中でヨルが小さく声を上げたので、俺はなにかとヨルを見る。
「どうした?」
「お賽銭の五円玉、用意してくるの忘れた」
なにかを落としたとか思いきや、賽銭のことか。気が抜けた俺は思わず息を吐いた。
五円を入れるというのはいつどこから広まったかは知らないが、「ご縁がありますように」という語呂合わせのようなものだ。他にも語呂合わせの金額はあるが、全て縁起がいいから入れた方がいいとされているだけだ。別にその金額以外を入れたからといってバチが当たるわけではない。
「別に五円じゃなくても、こういうのは気持ちが大事だろ」
「でも、お賽銭って大体五円を入れるでしょ。一円じゃ流石に悲しいし、五十円か百円かな」
財布を覗きながらヨルは難しい顔をする。小銭の音はするが、悲しいことに五円玉だけないのだろう。五円玉は一円単位の買い物をしないとお釣りで来ないから、急に用意できなくても仕方のない部分はある。
「ほら」
財布から百円玉を取り出そうとしたヨルに、俺は五円玉を差し出す。
ヨルは固まって、静かに俺の方に首を動かす。戸惑っているのが俺の目から見てもよく分かる。
「え……でも、朝日の分は?」
「偶然なことに二枚あってだな。そっちは俺からのお年玉ってことで」
もう一枚の五円玉を見せながら言う。俺はヨルの前ではたびたびカッコつける奴になったのかもしれない。五円だけのお年玉ってなんだよ、ケチくさい奴に見えないかな、と言った後に恥ずかしくなる。
「ありがとう。お年玉、有り難く使わせてもらうね」
ヨルは財布をしまい、笑顔で五円玉を受け取った。
話しているうちに賽銭箱の前まで到着した。鳴らすための大きな鈴はなく、横に長い賽銭箱の前で金を投げ入れるだけだ。俺たちの後ろからもどんどん人がやってくるから、スピーディーに終わらせるのが良さそうだ。
賽銭箱に五円玉を投げ入れ、二礼二拍手といつ覚えたか分からない作法をして手を合わせる。
ここまでやって、俺は準備をしていた願い事を頭の中で唱える。もちろん願い事の内容は決まっている。
ヨルと、一ヶ月を過ぎても一緒にいられますように。
タイムリミットまで後二週間。それまでたくさんの思い出を作るが、その後もヨルとたくさんの思い出を作っていきたい。一ヶ月なんて枠組みで捕らわれていたくない。
どれだけ参拝して全力で願っても、願い事は確実に叶うわけではない。参拝は今年こんなことをします、という意思表示をして努力をするためのきっかけの一つだ。そこで努力を怠れば叶うものも叶わない。
だからこそ、俺は一ヶ月を超えてもヨルと一緒にいられるように努力すべきなのだ。
最後に一礼をする。ヨルを見ると、まだ手を合わせて真剣に願っていた。
ヨルはどんな願い事をするのだろうか。健康祈願か、学業成就か。それとも、俺と同じ願いか。同じ願いをしてくれていたら、それ以上に嬉しいことはない。
ヨルもようやく願い事は終わったのか、一礼して参拝の列から抜ける。
「長かったな」
「自己紹介から始めてたら長々と願っちゃった」
律儀に自己紹介までしていたのか。参拝は丁寧な方がいいとは聞くが、まさか本当にやる人がいるとは思わなかった。内容について触れるのは野暮だが、そこまでして願うならどうしても気になってしまう。
「朝日はどんなお願い事をしたの?」
「ヨルが教えてくれたら言うよ」
「じゃあいいや。内緒」
ヨルは飄々とした態度で答え、人混みを抜けていく。聞ければラッキーくらいの軽い気持ちで、そこまで深掘りするつもりはなかったのだろう。ヨルの気まぐれ具合もだいぶ慣れてきたつもりだったが、もう少し慣れる時間が必要かもしれない。
「お互い叶うといいね」
ヨルが白い息を吐きながら笑う。
「……そうだな」
俺の願いはヨルが関わっていると言ったら、ヨルはどんな表情をするのだろうか。
だが、そんな試すようなことをする必要はない。どこかのタイミングで言えればいいなと、ヨルの笑顔を見つめながらぼんやりと考えていた。
参拝も終わり、俺たちはおみくじを引くことにした。今年最初の運試しだ。
ときどきガチャ感覚でおみくじを何度も引くなんて奴も聞くが、そんなことをしても運勢が上書きされるわけではない。ただおみくじを引きたい人に行き渡らなくなるだけだ。一回きりだからこそ結果を楽しみにするものだと俺は思っている。
「もし凶だったらどうしよう」
「大丈夫だって。今はその段階にいるだけで、そこから上がっていくんだよ」
「ポジティブな捉え方だね。その考えいいかも」
俺の考えに納得したのか、ヨルはうんうんと大きく頷いていた。
たとえ凶を引いたからといって運勢が悪くなるわけではない。おみくじはこれからの行動の参考になるためのものだ。
話していると順番が来たので百円玉を入れ、おみくじの箱を持って振る。
あれこれ言ったが、俺も凶が出たら多少は落ち込む。ヨルに慰められる展開はもうこりごりだ。雑念を振り払いながら箱を振ると、番号が書かれた棒が出てきた。
棒には番号が書かれていたので、番号に合った引き出しを開けておみくじを取り出す。まだ結果は見ていない。せっかくだからヨルと一緒に結果を見たい。
「朝日、まだ見てないよね」
「あぁ。せーので見せ合うぞ」
ヨルもドキドキしているのか、緊張が顔に表れていた。ふぅと息を吐き、互いにおみくじを構える。
「せーの」
バッと勢いよく開いておみくじを見せ合う。俺のおみくじに書かれていたのは、中吉。
「っしゃ!」
思わず小さくガッツポーズをした。大吉とまでは言わずとも、大吉に続くいい結果だ。五段階評価で言う四を獲得した気分だ。
「あーあ。私は末吉だった」
ヨルは残念そうにおみくじをひらりと振る。そこには末吉と確かに書かれていた。
末吉は吉の中でも凶に近かったような気がする。それでも凶でないならいいと思ってしまった。大丈夫だとフォローを入れるべきかと迷ったが、ヨルは特段気にしていない様子だった。
「心乱れること多し、だって。気をつけなきゃ」
おみくじに目を通しながら、ヨルは困ったように笑う。末吉だから内容もなかなか厳しいことが書かれているのだろう。
俺もおみくじの内容を確認する。全体運を見ると、それなりにいいことが書かれていた。要約すると「好奇到来。ただし焦りは禁物」とのこと。非常にタメになる内容かつ優しい物言いで安心した。
次に俺が目を通したのは恋愛。俺がなによりも気にする項目だ。そこには「言葉より行動を重ねよ」と書かれていた。今の俺に刺さる内容でどきりとする。上辺だけの言葉ではなく、デートを重ねている今の状況はおみくじ通りに行動できているのでは。
気分が上がった俺は待ち人の項目にも視線を移す。そこには「必ず来たる」の文字。中吉にしてはいいことが書かれすぎなのではと浮かれてしまう。大吉と言われてもおかしくない。
全体的に、焦らずに全力で取り組むことがいいとされているのが俺の運勢だ。
「ヨルはどんな運勢だった?」
「色々書かれてるけど……最終的にはいいことがあるって感じかな」
末吉にしてはいい内容で締めくくられている気がする。おみくじは運勢が下がるにつれてあれやこれやと指摘されまくっているイメージがあるからだ。これはヨルの伝え方もあるかもしれないが。
ヨルは近くの木におみくじを結び始める。
「朝日は結ばないの?」
「俺は結ばない。お守りにしようと思って」
こんないい結果が書かれたお守りを置いていくわけにはいかない。時折読み返してニヤニヤするための材料になってもらう。
おみくじを結び終え、参道の屋台へと向かう。着く頃には俺の胃袋は食べ物を求めて音を鳴らしていた。
