新年を迎えるのは、意外とあっさりしたものだ。
 テレビやSNSでカウントダウンが行われるものの、いざ新年を迎えるとなると実感はゼロに近い。時空が歪んで新年を迎えました、と言われたらまだ信じられるが、そんなことは有り得ない。だからあっけなく新年を迎えることになる。
 クラスのグループトークでも、絶賛「あけおめ」の応酬が行われている。通知を気にせずスタンプを連打している奴もいて、非常に賑やかだ。この時間まで起きてわざわざ挨拶をしているのは新年ならではの出来事だろう。
 俺もあけおめというメッセージとネタになりすぎない程度のスタンプを送り、スマホを早々にしまう。
 俺はベッドの上でメッセージを送信していた。つまり就寝する準備ができているということだ。
 なんたって、今日はヨルとのデートが控えている。デート当日に睡眠不足で万全の状態で行けないことの方が問題だ。だからコーディネートも決め、できうる限りの準備をしてベッドに飛び込んでいる。
 ヨルにはまだ新年の挨拶はできていない。叶うことなら誰よりも先に挨拶をしたかったが、夜中に突然電話をするのも迷惑な気がしてやめておいた。そこは一応理性が働いていたようで自分を少しだけ褒めた。
 電話越しでなくても、ヨルとは半日もせずに直接会って言葉を交わすことができる。
 だから、俺はぐっと堪えて眠りについた。

 気がつけば朝になっていた。結論から言うと、目が冴えて全然眠れなかった。グループトークの通知が夜中まで止まらなかったせいか、ヨルと会えるのを楽しみにしていたからか。両方の可能性が高い。
 朝起きてリビングに向かうとおせちが用意されていたので、新年の挨拶をして軽く食べる程度に留めておいた。ヨルと会ってなにかしらの出店で食べると予想していたからだ。明日も明後日も間違いなくおせちだから、今日全部を楽しまなくてもいいはずだ。
 準備をして、待ち合わせ時間に余裕を持って家を出る。家族にはクラスメイトと初詣に出かけると伝えてある。
 思い返すと、家族とクラスメイトは交互にデートを誤魔化す材料になってもらっている。ヨルのことは隠しているから仕方ないと心の中で言い訳をしつつ、待ち合わせ場所へと向かった。
 初詣に行く場所は俺たちが住んでいる地域でも有数の有名スポット。元日というのもあって、人の行き来はこれまでの比ではない。
 混乱を招かないよう拡声器で整列させる警備員に従い、列をなして歩く人々を見て息苦しさを覚えてしまう。時間帯が違えばアナウンサーが「元日でもこれだけの人が行き交っています」と中継をしていたかもしれない。
 俺たちが待ち合わせたのは駅前だから、合流するには時間がかからないと思う。もし見つけられなければ、ヨルから電話をしてくれるはずだ。今の俺たちには電話という便利な連絡手段があるのだから。
 幸いにも、今日は一日暖かいという予報だった。おかげで寒さなど気にせず――冬だから寒いのはもちろんだが、しっかり着込む必要はそれほどなかった。
 待ち合わせ時間ちょうどになり、ヨルの姿はどこかと周囲を見回す。
 白いマフラーを目印にして探すが、ヨルの姿はどこにもなかった。白いマフラーを身につけた人が見えてもヨルではない別人。この人混みの中からヨルを探すのは至難の業かもしれない。
 スマホを見ると数分過ぎていた。ヨルは時間ちょうどに来ても、待ち合わせに遅れることはなかった。
 ――待ち合わせに一時間経っても来なかったら、その日は解散。翌日また待ち合わせってことで。
 ふと、ヨルと初めて出会って言われたときの言葉が頭をよぎる。
 そうだ、最初はその約束でヨルと待ち合わせをしようと決めていたんだった。いつも時間に遅れることなくお互い来ていたから、すっかり頭から抜け落ちていた。
 それでもヨルが来ないのではという不安に駆られ、俺は落ち着かずにしきりに辺りを見回す。
 ヨルに会えずに終わるなんて、このままでは一年が最悪の形でスタートしてしまう。
 とにかく後一時間で来て欲しい。電話をかけてもいいが、待ち合わせを催促しているようでどうにも手が伸びなかった。
 もしかしたら、体調不良で急遽来られなくなったのでは。連絡ができないほど辛い状態かもしれない。
 それなら今すぐに連絡をしなくては。俺はスマホを取り出して、通話履歴からヨルの電話番号を辿って電話をかける。
 コール音は鳴るが、ヨルからの応答はない。冗談ではなく、本当に電話に出られない状態なのではと俺の中の焦りの感情が強くなっていく。
 機械的なコール音だけが続く十数秒は、俺の中で何十秒、何分にも感じられた。

「もしもし?」

 ようやく聞こえたヨルの声はスマホの向こう――からではなく、俺の後ろから聞こえた。
 急いで振り返ると、ヨルがスマホを手に俺に微笑みかけていた。

「待たせてごめんね。人が多いから電車が遅延してたんだ。電車の中だから電話もできなかったし」

 目の前にヨルがいる。それだけで俺の中にあった不安は一気に消え去った。代わりに安心感と会えた感動が波のように押し寄せてきた。

「……ヨルが、来ないかと思った」

 俺の不安だった感情は、気がつけば言葉となって溢れ出ていた。俺のくしゃりとした表情はヨルにとって可笑しく見えたのか、ヨルはくすりと笑う。

「まだ数分なのに。でも、不安にさせてごめんね」

 ヨルは手を伸ばして俺の頭に触れる。ポンポンと軽く撫でる姿は泣く子供を慰める親にも思えた。じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた俺はヨルの手をそっと避ける。

「……子供扱いすんなって」
「待たせちゃった私からのお詫びだよ」

 お詫びになるかと言われたら不明だが、嬉しいかと聞かれたらもちろん嬉しい。好きな子と触れ合えるなんて嫌なわけがない。俺の気分はすぐに晴れやかなものへと変わっていった。

「そうだ。明けましておめでとうございます」
「あぁ、おめでとうございます」

 ヨルが丁寧に頭を下げるから、俺もつられて頭を下げる。挨拶をするのは家族以外では初めてだ。その事実だけで俺の気分はさらに高揚していく。

「朝日はご飯食べてきた?」
「食べてきたよ。ヨルと会うから軽くだけどな」
「屋台があると思うし、お参りの後になにか食べるのはどう?」
「賛成」

 この後の予定を軽く決めて歩き出す。と言っても、整列された人の波に乗って進んでいくから自由に歩けるわけではない。いつも以上にゆっくり歩みを進めながら、目的地へと向かっていく。
 参道に入り、立ち並ぶ屋台を横目に進む。屋台は後でゆっくり見られるから、今は見ないようにしておこう。一度気にしてしまえば最後、気になって参拝どころではない。

「いい匂いするね」

 と思っていたら、ヨルが話題に出してきた。途端に屋台から立ち上る香ばしい匂いが俺の鼻に届く。時折甘い匂いもするからスイーツの屋台もあるのだろう。おせちを食べたばかりだというのに、別の食べ物のことを考えられる余裕のある胃袋に我ながら感心する。

「だな。今からどれ食べようか考えておこうかな」
「朝日、結構食いしん坊だよね」
「先に話題に出したのはヨルの方だろ」
「それもそうだね。あ、ポテトとか美味しそう」

 ヨルは誤魔化すように笑うが、すぐにころりと表情を変えて屋台に目をやる。こういうところは去年からなにも変わっていないと、内心くすりと笑う。
 屋台の列を通り過ぎ、ようやく本殿へと入る。おみくじやお守りは後でじっくり見て、まずは参拝を終わらせようと引き続き列に並ぶ。