「お待たせ」

 年末の駅は予想より空いていた。電車も混んでいないから座れたし、やはり帰省する人々が多いからか。人が少ないおかげでヨルともすぐに合流できて――いつも問題ないからこれは関係ないか。
 待ち合わせ場所にやってきたヨルは、俺がクリスマスプレゼントで渡したマフラーを巻いていた。口には出さなかったが、身につけてくれていることに俺の心は静かに高揚していた。

「わざわざありがとな」
「こちらこそ。誘ってくれなきゃ映画館に行かなかったと思うよ」

 上映時間は決まっているのでのんびりしてはいられない。挨拶もほどほどに、俺たちは映画館へ向けて歩き出す。
 映画館に到着すると、ポップコーンの匂いが俺の鼻に届いた。ポップコーンの匂いがすると映画館に来たという感じがするのは俺だけだろうか。
 券売機でチケットの発券も済ませて、フードを購入する。ヨルは映画館ではドリンクだけ買うタイプらしく、俺もヨルに倣ってドリンクだけを買うことにした。普段はポップコーンを買って食べているが、たまには別の楽しみ方もいいと思う。
 購入したらすぐにシアターへの案内が始まり、チケットを持って入場する。座席はシアターのほぼ中央。前すぎないし後ろすぎない、ちょうどいい席だ。

「どんな映画だろうな。あえてあらすじ見てこなかったんだよな」
「私も。前情報がない方が楽しめるときもあるもんね」

 あらすじをしっかりチェックした方が面白い映画もあるが、それで楽しみが半減したら元も子もない。なので、今回はまっさらな気持ちで映画を楽しむことになる。
 照明が暗くなり、本編前の広告が始まる。動画視聴をしているときの広告は邪魔だと思ってしまうが、映画館で見る広告は不思議と引き込まれる。引き込まれるものを作っていると言われたらそれまでだが。
 いつ始まるのかと期待値が高まり、一瞬の静寂の後、本編が始まった。
 映画の導入から察するに、高校生の男女がひと夏を過ごす青春物語のようだ。
 俺も高校生だから、スクリーンの中で登場人物が発する台詞の一つ一つに共感してしまう。特に主人公がヒロインの女の子へ抱く恋愛感情の心情は、重ね合わせずにはいられなかった。
 途中で繰り広げられる初々しいシーンに微笑ましくなるが、そんな中で二人を引き裂く事件が起こる。手に汗握る展開は見ているこちらもハラハラして、思わず手を強く握りしめた。
 そしてクライマックスとラストシーン。最後のシーンは音楽も相まって、俺の溜まっていた涙腺は一気に崩壊した。泣くつもりはなかったが、どうしても堪えきれなかった。この展開で泣かない人はいない。そのくらい感動する場面が怒涛のように押し寄せてくる。
 そこでふとヨルの様子が気になり、バレないように横目で見る。ヨルは目頭に溜まった涙を静かに拭っていた。ヨルが泣く姿を見るのは初めてで、同時に静かに泣く様子が綺麗だと思ってしまった。
 こっそり見ていたはずの俺の視線に気がついたのか、ヨルの視線が俺に向く。目が合ったヨルは俺の泣いている様子に驚いていたが、お互い泣いていることがバレて思わず笑ってしまった。
 映画が終わり、近くのカフェに移動する。俺もヨルもホットドリンクとケーキを頼み、映画鑑賞で使ったエネルギーをゆっくりと補充していった。

「面白かったね。予想以上だったよ」
「そうだな。あんなに面白いとは俺も思わなかった」

 俺の言葉にヨルは深く頷く。定番の青春ものとは思っていたが、あんなに涙腺を刺激されるとは思わなかった。舐めてかかっていけないと心に刻んだ。あんなに自然に泣ける映画はそうそうない。

「途中の花火大会のシーンは良かったね。あそこで私はグッと来たかな」
「あそこも良かったな。俺は最後の手紙のシーンで耐えられなかった」
「朝日、号泣してたもんね」

 ヨルに軽く茶化され、恥ずかしさを誤魔化すようにカフェラテを飲む。あのシーンで感動したのは間違いないし、なによりハンカチを手放せなかった。
 ヨルと話すうちに、俺たちも登場人物たちのように爽やかな夏を過ごせたら、なんて思った。映画のワンシーンを思い出しながら、ヨルとのこれまでのデートを思い出す。
 もしかして、今過ごしているこのときが俺たちにとってのひと夏なのではないかと考えたりした。
 二人で夏は迎えられない。後ほんの十数日でいつか別れがやってくる。そんな事実が俺の胸に突き刺さる。
 感動した映画の余韻で、ほんの少しの不安が俺の中をよぎった。

「じゃあ、今日はこれで」

 駅のホームで俺たちはそろそろやってくる電車を待っていた。いつものようにヨルはホームまで見送りに来てくれた。
 きっとタイムリミットを迎えるまで、ヨルはこうして見送りに来てくれるのだろう。毎度見送りに来てくれる嬉しさと、ここまで来ても本音を見せてくれない物悲しさを感じながら白い息を吐いた。
 今日は映画だけでなく、ヨルともっと一緒に過ごしたい気持ちはあった。だが、今日のデートは俺の我が儘から始まっている。なにより、今日焦らずとも初詣でゆっくり会える。
 素直に解散しようと伝えたら、ヨルも分かっていたようですぐに同意してくれた。
 俺の耳に届いた電車が来るアナウンスは、ヨルとの別れの合図のようにも思えた。

「今度こそ、よいお年を」
「あぁ。よいお年を」

 精一杯の笑顔を向けて電車に乗り込む。ドアが閉まって、電車は俺とヨルを引き離すように無慈悲にも発車する。ヨルはいつものように笑顔で手を振って見送ってくれた。
 やっぱり、俺はヨルが好きだ。今日一日で改めて実感した。ここまで別れが惜しくなる人なんていない。
 それでも好きという気持ちは伝えられない。伝えたら一ヶ月を迎える前に関係が終わってしまうと恐れたから。でも、俺にこの気持ちを抑える力はない。
 俺のモヤモヤした気持ちとは裏腹に、電車はすぐに最寄り駅に到着した。