その事実に辿り着いた瞬間、込み上げてきたものによって胸が高鳴る。夢の中にいるようにぼんやりしていた目の前の景色が、少しだけ鮮やかになった気がした。
同時に、今すぐこの気持ちを伝えたい衝動に駆られる。伝えたい。好きだって。
だが、そこで冷静な自分が俺に囁く。ヨルとの交際は、あと二週間で終わりを迎える。
あのとき二人で約束した。一ヶ月だけ付き合うと。そこで「一ヶ月を超えた後も一緒にいたい」なんて言えるはずがない。でも、この気持ちをしまっておくなんてできない。
しかし、今日はイルミネーションを楽しむ日だ。衝動に任せて告白して、全てを壊してしまうような自制の効かない人間にはなりたくない。それに、楽しんでいるヨルの邪魔をしてはいけない。
今この気持ちを正直に伝えたら、きっとなにかが変わってしまう。だったら、今はこの時間を大切にしよう。
深く息を吐いて、ヨルから受け取ったプレゼントを持って立ち上がる。
遊園地にはすっかり誰もいなくなっていた。俺たちだけの時間はそろそろ終わりを迎える。
「行くか」
そうして、未だ眩しくて明るい遊園地を後にした。
エントランスまでは人気の少ない道を歩いていく。意図したわけではなく、遊園地に向かってくる人もおらず、プレゼント交換をしている間に楽しんでいた人々もいなくなっていたからだ。
道中にはイルミネーションはあまりなく、薄暗い雰囲気が続いていた。
「改めてありがとね。マフラー大事にするよ」
横を歩くヨルの体温が直に伝わる気がする。好きだと自覚してしまったから、意識してしまうのは当然だ。
すると、不意に手がぶつかる。と言っても、指先が掠めただけだ。それだけでも呼吸が一瞬止まり、俺の体温は上がっていく。赤くなっているのがバレないだろうか。寒さで赤くなっているだけだと伝えれば誤魔化せるかもしれない。
無言でヨルの手に視線を落とす。告白できなくても、これだけなら許されるはずだ。というより許して欲しい。
会話が途切れて沈黙が訪れたのち、俺は意を決して口を開いた。
「…………手、繋いでもいいか?」
俺の掠れるようなお願いは、果たして聞こえただろうか。
ヨルは立ち止まり、ポカンとした表情を浮かべた後にニンマリと笑う。
「この前は私が言っても遠慮するって言ってたのに。クリスマスだからって意識してる?」
「え、あ、そういうことじゃなくて……」
合っている。好きという感情の他に、クリスマスというイベントが俺を後押ししている。
「というか、あのときは初対面だったし――」
「冗談だよ」
動揺した俺がしどろもどろになりながら応えていると、ヨルが悪戯っぽく笑う。
「はい。繋いでいいよ」
ヨルに手を差し出される。どこかヨルの顔が赤らんでいるのは気のせいか。違うな、きっと寒さのせいだ。
俺は緊張から手汗が止まらなかった。いいよ、と言われても心の準備が追いついていない。
「ちょっと待って、手汗拭くから」
「そのくらい気にしないよ」
ヨルは笑っているが、気にするのは俺の方だ。コートで手汗を必死に拭い、大きく深呼吸をする。
「……じゃあ、繋ぐな」
「どうぞ」
手のひらに触れ、俺の手とは違う柔らかさに鼓動が速くなっていく。ゆっくりと細い指先に触れ、しっかりと手を握る。
俺の方が手は大きいから、自然とヨルの手を包み込む形になる。心臓の音が手を伝わってヨルに届いていないか心配だ。手を繋ぐだけでこんなに緊張するなんて思わなかった。
ヨルを見ると、ヨルも笑顔で俺を見上げた。嫌と言われなくて本当に良かった。
「……私はこっちの握り方がいいな」
ヨルはそっと指を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。指先一本一本まで意識してしまい、俺の心拍数はさらに上がっていく。
「恥ずかしいからエントランスまでね」
ヨルも恥ずかしいと思うことはあるのか、と思いながら、エントランスに向けて歩き出す。
子供のようにブンブンと手を振るわけでもなく、静かに手を繋いで歩いている。顔や反対側の手は冷たいのに、ヨルと繋いでいる手はしっかりと暖かかった。
このときが終わらずに永遠に続けばいい。そう思った。
幸せな時間はあっという間に過ぎてしまう。気がつけばエントランスに到着した。エントランスは俺たちと同じように帰路に着く人の波ができていた。
「ここまでだね」
ヨルがそっと手を離す。名残惜しいが、エントランスまでと約束したから仕方ない。
繋いでいた手の温もりが途端になくなり、どこか寂しい気持ちになる。
「楽しかったね」
帰りのバスや電車で、ヨルはずっとその言葉を口にしていた。ずっと楽しそうにしていたし、言葉の端々から楽しかったのが俺によく伝わる。
「俺も楽しかったよ」
社交辞令ではない、心から出た言葉。イルミネーションは綺麗だったし、ショーに感動した。そして、プレゼント交換と手を繋いだこと。
俺は今日の出来事を忘れることはないだろう。
そうしているうちに、待ち合わせ場所だった駅に戻ってきた。俺が乗り換えるため、ヨルがいつものように見送りに来てくれていた。
駅にはカップルが大勢いて、俺たちもその中の一組なのだろうと考えながら改札へと向かう。
次のデート先を決めていなかったが、次はヨルが決める番だ。冬休みだから少し遠出もできる。どこを提案するのかと期待しながら、考えているヨルの言葉を待った。
「少し期間空いちゃうけど、初詣とかどうかな。一緒にお参り行こうよ」
「初詣か。いいな」
家族と行ったことしかなかったから、ヨルの提案にすぐ賛成した。
予定を確認し、元日の昼に決定した。夜中に高校生二人が初詣に出かけるのは、地元の人間でなければ厳しいだろう。初日の出も同様だ。昼間でも十分楽しめるし、出店などもある。今から初詣のことを考えて浮かれ始めた。
年明けに初めて遊ぶ相手が冬休み明けのクラスメイトではなく、ヨルであることに気がついた俺は密かに嬉しくなった。
次の予定を決めたところで、改札に入ってホームに向かう。
「朝日」
ホームに着いたところでヨルに呼び止められる。
「どうした?」
「メモ出して」
ヨルはどこか弾んだ声で言う。なにか企んでいるような、嬉しそうな声。俺はなにかと疑問に思いながらメモアプリを起動する。
すると、ヨルは突然三桁の数字を口にした。なにかの暗号か? それとも暗証番号?
なんのことか頭が追いつかない俺は、呆然とスマホを構えて硬直していた。
「ほら、一回しか言わないよ。早くメモして」
ヨルに急かされて、俺はヨルに言われた通りの数字を入力していく。
最後まで入力すると、十一桁の数字が画面に並んでいた。これはもしかして。俺の心臓が跳ねる。
「私の電話番号」
まさかこのタイミングで連絡先を教えてもらうなんて。というより、そもそも連絡先を教えてもらえると思わなかった。思考が止まってしまった俺は、固まったまま画面を見つめていた。
「私からのもう一つのクリスマスプレゼント。サプライズ感あっていいでしょ」
ヨルは得意げに鼻を鳴らす。ヨルの言う通り、特大サプライズだ。
「いつでも電話してきていいよ」
「……分かった」
未だ呆然とした俺は、ただ頷くことしかできなかった。
「それじゃあ、メリークリスマス。それとよいお年を」
電車に乗り込むとき、ヨルはそう言って俺を見送ってくれた。
扉が閉まり、電車が動き出す。ヨルの姿が見えなくなるまで、俺はずっと目を離せなかった。
家に着くまでは、ずっとふわふわした気分だった。今までのデートなんか比にならない、忘れられないデートになった。
帰宅するや否や、荷物を置いてコートも脱がずにベッドに飛び込む。
スマホを取り出し、メモアプリに表示されている電話番号を見つめる。ついにヨルから連絡先を教えてもらった。メッセージアプリのアカウントではなく電話番号というのが非常にヨルらしい。
十一桁の数字が、俺にはとても愛おしく思えた。
スマホを置き、転がって天井を見上げる。
余韻に浸り、思わず頬が緩んでしまう。今日はきっと眠れそうにない。
同時に、今すぐこの気持ちを伝えたい衝動に駆られる。伝えたい。好きだって。
だが、そこで冷静な自分が俺に囁く。ヨルとの交際は、あと二週間で終わりを迎える。
あのとき二人で約束した。一ヶ月だけ付き合うと。そこで「一ヶ月を超えた後も一緒にいたい」なんて言えるはずがない。でも、この気持ちをしまっておくなんてできない。
しかし、今日はイルミネーションを楽しむ日だ。衝動に任せて告白して、全てを壊してしまうような自制の効かない人間にはなりたくない。それに、楽しんでいるヨルの邪魔をしてはいけない。
今この気持ちを正直に伝えたら、きっとなにかが変わってしまう。だったら、今はこの時間を大切にしよう。
深く息を吐いて、ヨルから受け取ったプレゼントを持って立ち上がる。
遊園地にはすっかり誰もいなくなっていた。俺たちだけの時間はそろそろ終わりを迎える。
「行くか」
そうして、未だ眩しくて明るい遊園地を後にした。
エントランスまでは人気の少ない道を歩いていく。意図したわけではなく、遊園地に向かってくる人もおらず、プレゼント交換をしている間に楽しんでいた人々もいなくなっていたからだ。
道中にはイルミネーションはあまりなく、薄暗い雰囲気が続いていた。
「改めてありがとね。マフラー大事にするよ」
横を歩くヨルの体温が直に伝わる気がする。好きだと自覚してしまったから、意識してしまうのは当然だ。
すると、不意に手がぶつかる。と言っても、指先が掠めただけだ。それだけでも呼吸が一瞬止まり、俺の体温は上がっていく。赤くなっているのがバレないだろうか。寒さで赤くなっているだけだと伝えれば誤魔化せるかもしれない。
無言でヨルの手に視線を落とす。告白できなくても、これだけなら許されるはずだ。というより許して欲しい。
会話が途切れて沈黙が訪れたのち、俺は意を決して口を開いた。
「…………手、繋いでもいいか?」
俺の掠れるようなお願いは、果たして聞こえただろうか。
ヨルは立ち止まり、ポカンとした表情を浮かべた後にニンマリと笑う。
「この前は私が言っても遠慮するって言ってたのに。クリスマスだからって意識してる?」
「え、あ、そういうことじゃなくて……」
合っている。好きという感情の他に、クリスマスというイベントが俺を後押ししている。
「というか、あのときは初対面だったし――」
「冗談だよ」
動揺した俺がしどろもどろになりながら応えていると、ヨルが悪戯っぽく笑う。
「はい。繋いでいいよ」
ヨルに手を差し出される。どこかヨルの顔が赤らんでいるのは気のせいか。違うな、きっと寒さのせいだ。
俺は緊張から手汗が止まらなかった。いいよ、と言われても心の準備が追いついていない。
「ちょっと待って、手汗拭くから」
「そのくらい気にしないよ」
ヨルは笑っているが、気にするのは俺の方だ。コートで手汗を必死に拭い、大きく深呼吸をする。
「……じゃあ、繋ぐな」
「どうぞ」
手のひらに触れ、俺の手とは違う柔らかさに鼓動が速くなっていく。ゆっくりと細い指先に触れ、しっかりと手を握る。
俺の方が手は大きいから、自然とヨルの手を包み込む形になる。心臓の音が手を伝わってヨルに届いていないか心配だ。手を繋ぐだけでこんなに緊張するなんて思わなかった。
ヨルを見ると、ヨルも笑顔で俺を見上げた。嫌と言われなくて本当に良かった。
「……私はこっちの握り方がいいな」
ヨルはそっと指を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。指先一本一本まで意識してしまい、俺の心拍数はさらに上がっていく。
「恥ずかしいからエントランスまでね」
ヨルも恥ずかしいと思うことはあるのか、と思いながら、エントランスに向けて歩き出す。
子供のようにブンブンと手を振るわけでもなく、静かに手を繋いで歩いている。顔や反対側の手は冷たいのに、ヨルと繋いでいる手はしっかりと暖かかった。
このときが終わらずに永遠に続けばいい。そう思った。
幸せな時間はあっという間に過ぎてしまう。気がつけばエントランスに到着した。エントランスは俺たちと同じように帰路に着く人の波ができていた。
「ここまでだね」
ヨルがそっと手を離す。名残惜しいが、エントランスまでと約束したから仕方ない。
繋いでいた手の温もりが途端になくなり、どこか寂しい気持ちになる。
「楽しかったね」
帰りのバスや電車で、ヨルはずっとその言葉を口にしていた。ずっと楽しそうにしていたし、言葉の端々から楽しかったのが俺によく伝わる。
「俺も楽しかったよ」
社交辞令ではない、心から出た言葉。イルミネーションは綺麗だったし、ショーに感動した。そして、プレゼント交換と手を繋いだこと。
俺は今日の出来事を忘れることはないだろう。
そうしているうちに、待ち合わせ場所だった駅に戻ってきた。俺が乗り換えるため、ヨルがいつものように見送りに来てくれていた。
駅にはカップルが大勢いて、俺たちもその中の一組なのだろうと考えながら改札へと向かう。
次のデート先を決めていなかったが、次はヨルが決める番だ。冬休みだから少し遠出もできる。どこを提案するのかと期待しながら、考えているヨルの言葉を待った。
「少し期間空いちゃうけど、初詣とかどうかな。一緒にお参り行こうよ」
「初詣か。いいな」
家族と行ったことしかなかったから、ヨルの提案にすぐ賛成した。
予定を確認し、元日の昼に決定した。夜中に高校生二人が初詣に出かけるのは、地元の人間でなければ厳しいだろう。初日の出も同様だ。昼間でも十分楽しめるし、出店などもある。今から初詣のことを考えて浮かれ始めた。
年明けに初めて遊ぶ相手が冬休み明けのクラスメイトではなく、ヨルであることに気がついた俺は密かに嬉しくなった。
次の予定を決めたところで、改札に入ってホームに向かう。
「朝日」
ホームに着いたところでヨルに呼び止められる。
「どうした?」
「メモ出して」
ヨルはどこか弾んだ声で言う。なにか企んでいるような、嬉しそうな声。俺はなにかと疑問に思いながらメモアプリを起動する。
すると、ヨルは突然三桁の数字を口にした。なにかの暗号か? それとも暗証番号?
なんのことか頭が追いつかない俺は、呆然とスマホを構えて硬直していた。
「ほら、一回しか言わないよ。早くメモして」
ヨルに急かされて、俺はヨルに言われた通りの数字を入力していく。
最後まで入力すると、十一桁の数字が画面に並んでいた。これはもしかして。俺の心臓が跳ねる。
「私の電話番号」
まさかこのタイミングで連絡先を教えてもらうなんて。というより、そもそも連絡先を教えてもらえると思わなかった。思考が止まってしまった俺は、固まったまま画面を見つめていた。
「私からのもう一つのクリスマスプレゼント。サプライズ感あっていいでしょ」
ヨルは得意げに鼻を鳴らす。ヨルの言う通り、特大サプライズだ。
「いつでも電話してきていいよ」
「……分かった」
未だ呆然とした俺は、ただ頷くことしかできなかった。
「それじゃあ、メリークリスマス。それとよいお年を」
電車に乗り込むとき、ヨルはそう言って俺を見送ってくれた。
扉が閉まり、電車が動き出す。ヨルの姿が見えなくなるまで、俺はずっと目を離せなかった。
家に着くまでは、ずっとふわふわした気分だった。今までのデートなんか比にならない、忘れられないデートになった。
帰宅するや否や、荷物を置いてコートも脱がずにベッドに飛び込む。
スマホを取り出し、メモアプリに表示されている電話番号を見つめる。ついにヨルから連絡先を教えてもらった。メッセージアプリのアカウントではなく電話番号というのが非常にヨルらしい。
十一桁の数字が、俺にはとても愛おしく思えた。
スマホを置き、転がって天井を見上げる。
余韻に浸り、思わず頬が緩んでしまう。今日はきっと眠れそうにない。
