ホットチョコレートのおかげで体力を回復した俺たちは、残りのイルミネーションを見るために移動した。ウッドデッキからイルミネーションが一望できるスポットがあり、そこでは何組かのカップルがベンチに腰掛けてイルミネーションを眺めていた。
 手すりに手をかけながら、ヨルは一面に広がるイルミネーションに感動していた。そこまで感動してくれたなら、イルミネーションを提案した甲斐がある。
 朝から寒いとの予報だったが、想定よりは寒くない。これもイルミネーションを見てテンションが上がっているからか。

「朝日」

 イルミネーションをぼんやりと見つめていると、ヨルから声をかけられる。ヨルの方に向くと、ヨルは観覧車を指差していた。

「観覧車の方、行ってみない?」

 園内マップによると、少し離れたところに小さな遊園地があるらしい。郊外にある敷地を存分に生かしていると思いながら、遊園地へと向かう。
 行ってみると、メリーゴーランドやコーヒーカップ、ミニ機関車や小さめのコースターなどがあった。大人が楽しむというよりは家族連れが楽しむようなアトラクションばかりだった。
 夜の――しかもイルミネーションが開催されている中でわざわざここまで来る物好きはあまりいないのか、人はぽつぽつといる程度だった。
 ヨルはのんびりと歩みを進ませながら、アトラクションをゆっくりと見回していた。

「どれか乗るのか?」
「ううん。夜の遊園地ってどんな感じなのか気になったんだ」

 言われてみれば、夜に遊園地に来たことはない。閉園間際に雰囲気を楽しむ程度だ。

「こういうところって来ようと思わなきゃ来ないから、新鮮な感じするよね」

 アトラクションの明かりに照らされたヨルの横顔は、儚さで溢れていた。普段とはまた違う落ち着いた表情に、俺の胸が高鳴る。

「そろそろかな」

 ヨルの言葉で俺は我に返る。
 ヨルは立ち止まり、メリーゴーランドを背景にして俺に微笑みかける。

「プレゼント交換、しよっか」

 ついに来た。俺の心臓がドクンと跳ねる。緊張から急に手が汗ばんできた。
 近くにベンチがあったので腰掛ける。俺は深く呼吸をして自分を落ち着かせる。ヨルは緊張していないのかとこっそり様子を窺ったが、ヨルは普段となんら変わらない様子で紙袋を漁っていた。

「じゃあ私からね。まずはこれ」

 ヨルが手渡してきたのは、両手ほどの大きさのラッピングされた袋。

「開けてみて」

 ラッピングを解いて開けると、中に入っていたのは黒色の定期入れ。金色の星のスタッズが一つだけ小さくついていて、夜空に浮かぶ一等星のように見えた。

「朝日、結構使い込んでるでしょ。改札通るたびに見て思ってたんだ」

 ヨルの言う通り、俺の定期入れは中学に入った頃から毎日使っていた。物持ちはいい方だからそこまで気にしていなかったが、やはり使い込まれているのは分かるようだ。
 派手すぎず、普段でも問題なく使える。プレゼント選びのセンスはあるらしい。

「ありがとな。今日から早速これ使うよ」

 早速新しい定期入れに差し替える。それだけで定期券が整って見えた。

「良かった。次はこれ」

 次に渡されたのは、片手に乗るほどの小さな巾着。同じように開けると、中にはハンドクリームが入っていた。

「定期入れだけじゃ味気ないかなって思って。男の子が使うかは分かんないけど、手が荒れたら大変だからね」

 確かに、俺の周りでは美容に気を遣っている奴以外にハンドクリームをつけている男子はあまり見かけない。俺もこれを機に気を遣う人間になってもいいかもしれない。

「最後にこれ」

 ヨルは新しく紙袋を渡してくる。紙袋には有名な菓子ブランドのロゴが描かれていた。まさか三段構えで来るとは思わず、俺は受け取ろうとする手が止まる。

「こんなにもらっていいのかよ」
「だって、彼氏へのクリスマスプレゼントだもん。奮発しちゃうよ」

 ヨルの笑顔に促されるように俺は紙袋を受け取る。ラッピングされているはずなのに、どこか甘い香りが俺の鼻に届いた。
 俺のためにここまでしてくれるのかと思うと、ヨルには感謝してもしきれない。どれがいいか悩んでくれたのだと、ヨルがプレゼントを選んでいる光景が頭に浮かぶ。
 こんなに俺のために尽くしてくれた人がいただろうか。ありがとうの一言じゃ足りない。

「そしたら……次は俺だな」

 俺は唾を飲み込み、紙袋を手に取る。

「これ、その……ヨルに似合うと思って、全力で選んだ」

 緊張から言葉が上手く出てこない。紙袋を差し出す手が震えているのがよく分かる。

「ありがとう」

 ヨルはふわりと微笑み、俺の差し出す紙袋を受け取った。

「開けていい?」

 俺が頷くと、ヨルは細い指でラッピングを解いていく。未だに手汗が止まらない俺は静かに見守った。心臓の音がどんどん大きくなって、ヨルに聞こえてしまうのではと思うほどだった。

「わぁ、マフラーだ」

 ラッピングが解かれてマフラーが姿を現す。暗い夜でもよく分かる、俺が選んだ白いマフラーだ。

「ヨル、今までマフラーしてなかったし、てっきりマフラー持ってないと思ってたんだよ。でも今日つけてきて、俺の思い込みだったんだって気がついて……」

 言い訳のように言葉を紡ぐ俺は、ヨルからはさぞ情けなく見えただろう。自分で言っていて恥ずかしくなってきて、ヨルと目を合わせられなかった。

「そっか。私のために選んでくれたんだね」

 と言うと、ヨルはつけていた赤いマフラーをしゅるりと外して膝に置く。俺が呆然としている間に、ヨルは俺の渡した白いマフラーを手早く巻いていった。

「うん、あったかくて気持ちいい」

 身につけたマフラーをふわふわと持ち上げながら、ヨルは満足げに笑う。ヨルの白い肌に合っていて、やはり選んだ物に間違いはなかったと安心した。

「イルミネーションも見たし、プレゼント交換もしたし、そろそろ帰ろっか」

 ヨルは赤いマフラーを紙袋にしまい、立ち上がる。

「えっと、俺が選んだ方をつけていいのか? 前からつけてた方が馴染みがあるだろ」

 つけてくれたのは嬉しいがそれは試着であって、この後もつけていくという考えは俺の中にはなかった。
 俺が問いかけると、ヨルはやれやれと言った風に肩を竦めた。

「朝日にもらった方をつけたいに決まってるでしょ」

 ヨルは笑い、未だ座ったままの俺の前に立つ。

「朝日が、頑張って私のために選んでくれたんだから」

 ヨルの背中から当たるアトラクションの明かりがヨルを照らした。それもあって、いつもより柔らかな雰囲気に俺の胸の奥が静かに鳴った。

「こうしてると、朝日に包まれてる気分になるな……なんちゃって」

 マフラーに触れるヨルは冗談めいた口調だったが、俺の自惚れでなければ本音も混ざっている気がした。
 俺だけに向けてくれた言葉なのだと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
 綺麗だ、と思った。
 それはイルミネーションでもアトラクションの明かりでもない。目の前で笑う――ヨルの表情、仕草、全てだった。全部が綺麗で目を離せなくて、俺の頭の中から離れない。
 どうしてだ? ……いや、違う。俺はもう、ずっと前から気がついていた。自分の中で認めていなかっただけだ。
 待ち合わせの時間もデートのときも、ヨルのことばかり考えていた。初めて会った衝撃的な出会いのときも、ヨルのことが頭から離れなかった。
 カフェやゲームセンターで等身大のヨルを知ったときも、プレゼント選びでも。ヨルがどんな表情をしてプレゼントを受け取ってくれるかとか、どんな言葉を返してくれるかとか、ヨルのことばかり考えている。
 そうだ、俺はどんなときもヨルのことを中心に考えて行動していた。俺の行動全てがヨルのために動いている。この十日間、俺の中心にはずっとヨルがいた。
 たった十日。そんな短い期間で、俺の世界はヨルによって塗り替えられた。
 これを恋と呼ばなかったら、なんと呼ぶんだ。

 俺は、ヨルが好きだ。
 名無しの君に、恋をしたんだ。