到着すると、早速エントランスから豪華なイルミネーションが俺たちを迎えた。まだ入園していないのにここまで色鮮やかな光景を見ていいのかと、俺は圧倒される。エントランスの奥にはイルミネーションの道が続いていた。

「早く行こうよ」

 待ち切れないヨルを諌めながら入園して、園内マップも忘れずに受け取る。俺は施設にあるマップやパンフレットは必ずもらうタイプだ。訪れた証になるし、後から見返してこんなところに行ったのだと振り返ることができる。おかげでファイルから溢れ返っているという現実とは、今は向き合わないことにする。

「ほら見て、綺麗だよ」

 目の前に広がるのは、花畑のように光が咲き乱れる一面のイルミネーション。どこを見回してもイルミネーションは敷き詰められていて、虹色の海に包まれているようにも思える。
 生えている木にも光は巻きつき、周囲を明るく照らしている。どこまでも輝くイルミネーションは、俺の心を静かに高揚させていった。
 よくイルミネーションは「LEDライトが光っているだけ」と言う現実主義みたいな奴もいる。だが、こういった綺麗なものは素直に綺麗だと感動できる方が何倍も楽しくなれる。俺もそこまで捻くれた感性はしていないから、目の前の光景は綺麗だと思える。

「ちょっと待って、写真撮るね」

 ヨルは俺の横でスマホを構え、彩られた光の波を撮影する。こっちの角度かな、と嬉しそうに撮影する様子は非常に微笑ましく、俺は保護者の気分でヨルの撮影を見守っていた。
 こういうとき、自撮りで撮影をするのが普通のカップルなんだろう。現に近くにいるカップルが撮影会を始めている。俺たちもスマホを自分自身に向けて撮影をした方がいいだろうか。思い出作りと言えばヨルも納得してくれるはずだ。
 だが、俺は無理に写真を撮る必要はないと思っている。以前のカフェでヨルは写真が苦手と言っていたし、平凡なカップルの真似を無理してする必要もない。
 普通のカップルでは有り得ない――唯一無二の付き合い方をしている俺たちは、会うことで思い出を作ればいいのだ。いつか思い出話をしたときに、こんなところに行ってこんなことをしたね、と盛り上がれれば十分だ。
 だから、決して忘れないように、今このときの光景を目に焼きつけよう。

「どうしたの?」
「……なんでもない」

 撮影を終えたヨルが俺を見上げる。飾り気のない上目遣いに、俺の表情は自然と綻んでいた。
 今回見に来たイルミネーションにはモデルコースがあるようで、道なりに沿って進んでいく。イルミネーションで作られたトンネルは眩しく、歩いているだけで別の世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。頭から足元まで光に包まれ、少し宙に浮いているような感覚にもなっていた。
 他にも、ただLEDライトが敷き詰められているばかりではなかった。和をモチーフにしたエリアでは、竹林のように組まれた支柱に暖色の光が灯っている。別のスポットではゆっくりと揺らめくランタンが頭上を覆う幻想的な空間で、まるで夢を見ているようだった。
 どこも見ているだけで心が満たされていく。ここまで作るのは大変だっただろうと、俺はまた冷静な頭で運営の裏側のことを考えていた。
 ところどころに撮影スポットはあったが、俺もヨルもなにも言わずに通り過ぎていった。寂しいというより、お互い一切触れないから逆に面白ささえ感じてしまった。
 三分の二ほどイルミネーションを見たところで、園内マップを見ていたヨルが声を上げる。

「もう少ししたらイルミネーションのショーがあるみたい。せっかくだから見てみようよ」

 園内マップを覗くと、ヨルの言う通り時間ごとにイルミネーションショーが開催されると書いてある。ここで行かない理由はないと、マップを頼りに会場へと向かう。
 到着すると、まだショーの時間までには早いからか人は疎らだった。

「前の方で見れそうだね」

 ヨルは同じように待機していた人をするりと避けて前方を確保する。俺もついていってヨルの横に並ぶ。
 巨大なクリスマスツリーに巻きついた無数のイルミネーションをメインにして、サンタクロースやトナカイ、プレゼントの形をしたオブジェがツリーの近くに配置されている。
 次第に人は増えていき、最終的に一番後ろが見えないほどまで人が埋まっていた。俺たち以外にもこんなに人が来ていたのかと驚く。バスの中も満員だったが、ここまで人がいるとは思わなかった。
 俺はこの人の集まり方に既視感があったが、思い出した。水族館のイルカショーだ。イルカショーも段々と人が集まり、ショーが始まる頃には満員になっている。
 ヨルは楽しみにしているかとチラリと見ると、視線に気がついたヨルがニコリと笑う。

「楽しみだね」

 ヨルの言葉に重なるように光が消え、辺りが一気に暗くなる。ショーが始まる合図だと分かり、俺たちを含めた周囲の空気が期待に包まれる。
 一瞬の静寂ののち、スピーカーから誰でも知っている定番のクリスマスソングが流れ始めた。
 曲の盛り上がりに合わせるように、イルミネーションが一斉に点灯する。眩い光が弾け、視界が一変した。それだけで圧倒され、俺はショーに釘づけになった。
 LEDライトが音楽に乗って明滅し、カラフルなスポットライトもイルミネーションを各所から照らしていく。オブジェが光り、まるで踊っているように見える。
 現実とは思えないほど鮮やかで、瞬きをすることも忘れて食い入るようにショーを見つめていた。
 魅入っていたショーはあっという間に終わってしまった。たった数分なのに、俺の心を簡単に揺さぶる衝撃的な出来事だった。

「すごかったな……」

 ショーを見終わった人々が「すごかったね」や「綺麗だったね」と感想を述べながら立ち去る中、俺はその場に立ち尽くしていた。
 ありきたりな感想しか言えないほど、俺の中の心はショーに奪われていた。呆然と、ショーが終わって普通のイルミネーションに戻ったツリーを眺める。

「うん、すごかった。もしかしたら口開いてたかも」

 ヨルも同じ感想を抱いていたようで、俺の横で笑っていた。

「一旦休憩する?」

 ヨルの視線を追うと、近くに一台のキッチンカーが店を開いていた。フランクフルトやフライドポテトなどが売られていたが、まだホットケーキが胃袋の中にいる。なのでガッツリしたものを食べる気分ではない。
 メニューを見ていると、ドリンクメニューの下に目がいく。

「ホットチョコレートとかどうだ?」
「いいね。あったまるしいいと思う」
「決まりだな。ホットチョコレート二つください」

 キッチンカーの中で手を擦り合わせていた男性に声をかけると、男性は一転して笑顔で注文を受け取った。
 ヨルが財布を取り出す前に素早く会計を済ませ、ホットチョコレートを受け取る。

「ありがとう。今お金渡すね」
「そこまで高くないしいいよ」
「え、でも悪いよ」

 これまで自分が頼んだものは自分で支払っていたため、突然のことに戸惑っているのがよく分かる。
 財布を持ったまま渋るヨルに、俺はホットチョコレートを差し出す。

「このくらいはいい格好させろって」
「……じゃあ、ご馳走様です」

 控えめに財布をしまい、ヨルはホットチョコレートを受け取った。
 ここでは率先して払うなんて、小さい金額でしか払えない小さい男と思われるだろうか。いや、ヨルに限ってそんなことを考えるはずがない。
 キッチンカーの横でホットチョコレートを飲む。甘さがじんわりと染み渡り、俺の体を癒していった。