「お待たせいたしました」
話を続けているところで、二つのホットケーキが俺たちの元に運ばれてきた。
薄っぺらくない、厚みのあるずっしりとした見た目。メニュー写真通りのバターとメープルシロップがホットケーキの上で輝いている。俺の胃袋が目の前の食べ物を求めて音を鳴らした。
「美味しそうだね」
ヨルはすかさずスマホでホットケーキの撮影を始めた。俺も上に乗ったバターが溶けないうちにいい角度でホットケーキを写真に収め、カトラリーを手に取る。
「いただきます」
ナイフを差し込むと、焼き立てのサクッとした感触が俺の手に伝わる。一口に切って口に入れる。
予想よりしっかりとしていて弾力がある。と言って固いわけではない。しっとりとしていてバターとの相性がいい。そこにシロップが甘さを引き立てている。
美味い。こういうスイーツは初めて食べたから特に新鮮に感じる。
ヨルに目をやると、表情が輝いているヨルと目が合う。ヨルは口にホットケーキを入れたまま何度も頷いていた。口に入っているから感想を伝えられないからか、親指を立てて美味しさをジェスチャーで伝えてくれた。
「飲み込んでからでいいぞ」
俺が笑うと、ゆっくりと咀嚼したヨルは蕩けた表情に変わる。
「美味しいね。生地がしっかりしてて、食べてるって感じがする。……伝わってる?」
「伝わってる伝わってる」
抽象的な自覚はあったのだろう。俺は苦笑しながらヨルの食レポを聞いていた。ヨルは続けてセットドリンクのホットコーヒーを口にする。
「うん。甘いものにはコーヒーが合うね」
「俺が頼んだのはキャラメルマキアートだけどな」
「甘いのもきっと合うよ。甘さをさらに引き立ててくれるに違いないよ」
笑顔で力強く言うから、本当にそうだと思わせてくれる。俺はヨルの視線に促されるようにカップを手に取り、キャラメルマキアートを一口飲む。
最初に感じたのはキャラメルの香ばしい甘さ。温かいおかげでほっとした気持ちにもなる。甘いが、ヨルの言う通りでホットケーキの甘さを邪魔していない。
「本当に美味しいね。朝日が見つけるお店、全部美味しいんじゃないかな」
「流石に言い過ぎだって。ヨルも賛成してくれたから、ヨルの意見もあるだろ」
「それはそうだね」
ヨルは自慢げに笑いながらホットケーキを口にする。
そこまで誇らしげな方が笑っていられるものだ。そこで「いや、私の意見なんか……」なんて言われた方が、卑下するなよと突っ込みたくなってしまう。
美味しさを全身で堪能しているヨルに微笑ましさを覚えながら、俺はようやく二口目のホットケーキを口に入れた。
「そろそろ移動する時間かな」
「もうそんな時間か」
あっという間にホットケーキを食べ終え、味の感想を伝え合いながら食後の余韻を楽しんでいた。スマホで時間を確認すると、ヨルの言う通りちょうど移動する時間になっていた。楽しい時間はすぐに過ぎるというが、まさに今のような状況だ。
会計を終えて、店を後にする。プレゼントも忘れずにしっかりと持った。忘れるわけはないが、念のための確認というのはなににおいても必要だ。
「今から行けばちょうどイルミネーションが始まる頃だよね」
ヨルの声も足取りもどこか軽く感じる。俺もヨルもイルミネーションは楽しみにしているらしい。
電車を乗り継いで、目的地へと向かっていく。道中ではさっき食べたホットケーキの感想を話したり、イルミネーションはどんなものかという話をしたりした。
イルミネーションについては概要しか調べておらず、具体的な中身や展示については調べていない。これはお互い当日を楽しみにしようという約束の下で決まったことである。
だからどんなイルミネーションがあるのか、目的地が近くなればなるほど期待値が高まっていった。
これがイチャイチャするカップルなら、電車の中で手を繋ぎながら会話に花を咲かせるのだろう。しかし、俺たちはただのカップルではない。残り二週間程度で別れてしまうカップルだ。一度でも手を繋いだことがないのは健全と言えば健全で、当然と言えば当然なのかもしれない。
ヨルの手に視線をそっと落とす。冬休みに入ったからか、淡いベージュ色のネイルがされている。ネイルサロンに行ったのか、自分で塗ったのか。ヨルは器用そうだから自分でやった可能性が高い。
「ネイル、いい色だな」
俺がぽつりと呟くとヨルは目を瞬かせる。と思いきや、すぐに眉を顰めた。
「今頃気づいたんだ」
「カフェの時点で気づいてたよ。……言ってなかっただけで」
「そういうのは気づいたときに言ってもらわなきゃ」
軽く謝ると、ヨルは「もう」と頬を膨らませる。こういうところが機嫌を損ねる要因になるのだと、俺は改めて気がついた。これからは気をつけなければと気が引き締まった。
「冬休みだから張り切ってきたんだよ」
ヨルは両手の爪を俺に見せる。白くて細い指の先に淡いベージュ色が静かに彩られている。控えめでヨルに非常に似合っている。
「似合ってるよ」
「そうでしょ。頑張って塗ってきたんだ」
やはりヨルが自分で塗ってきたのか。メイクもそうだが、女子は手先が器用な人が多いと思う。女子は男子より準備の工程が多くて大変だと、他人事な感想も述べておく。言ったら言ったで、また怒る可能性があるので口には出さないが。
「あ、降りる駅だよ」
目的地までは十分程度バスに乗る必要がある。バスを待ちながら俺たちは期待に胸を膨らませる。空も暗くなってきて、イルミネーションが映えるだろうなと考えながらやってきたバスに乗り込む。
「朝日、朝日」
バスに乗って少し経った頃、ヨルが小声で俺を呼んだ。顔を向けると、ヨルは嬉しそうに外を指差していた。
「あそこ、観覧車見えるよ」
指差す方を見ると、虹色に光り輝く観覧車が見えた。遠くからでも見える存在感に、俺も思わず「おぉ」と声を漏らす。そういえば小さな遊園地があると書かれていた気がする。観覧車が照らされているのだから、他のアトラクションもイルミネーションで輝くのだろう。
「もうすぐだね」
小声だが、弾んだ調子を隠し切れていないヨル。まるで遊園地に行くのを楽しみにしている子供のようだ。
「そうだな」
返事をした俺もいつもより声が高い気がする。気持ちが昂っているのだと、誰に指摘されたわけではないが心の底で思っていた。
話を続けているところで、二つのホットケーキが俺たちの元に運ばれてきた。
薄っぺらくない、厚みのあるずっしりとした見た目。メニュー写真通りのバターとメープルシロップがホットケーキの上で輝いている。俺の胃袋が目の前の食べ物を求めて音を鳴らした。
「美味しそうだね」
ヨルはすかさずスマホでホットケーキの撮影を始めた。俺も上に乗ったバターが溶けないうちにいい角度でホットケーキを写真に収め、カトラリーを手に取る。
「いただきます」
ナイフを差し込むと、焼き立てのサクッとした感触が俺の手に伝わる。一口に切って口に入れる。
予想よりしっかりとしていて弾力がある。と言って固いわけではない。しっとりとしていてバターとの相性がいい。そこにシロップが甘さを引き立てている。
美味い。こういうスイーツは初めて食べたから特に新鮮に感じる。
ヨルに目をやると、表情が輝いているヨルと目が合う。ヨルは口にホットケーキを入れたまま何度も頷いていた。口に入っているから感想を伝えられないからか、親指を立てて美味しさをジェスチャーで伝えてくれた。
「飲み込んでからでいいぞ」
俺が笑うと、ゆっくりと咀嚼したヨルは蕩けた表情に変わる。
「美味しいね。生地がしっかりしてて、食べてるって感じがする。……伝わってる?」
「伝わってる伝わってる」
抽象的な自覚はあったのだろう。俺は苦笑しながらヨルの食レポを聞いていた。ヨルは続けてセットドリンクのホットコーヒーを口にする。
「うん。甘いものにはコーヒーが合うね」
「俺が頼んだのはキャラメルマキアートだけどな」
「甘いのもきっと合うよ。甘さをさらに引き立ててくれるに違いないよ」
笑顔で力強く言うから、本当にそうだと思わせてくれる。俺はヨルの視線に促されるようにカップを手に取り、キャラメルマキアートを一口飲む。
最初に感じたのはキャラメルの香ばしい甘さ。温かいおかげでほっとした気持ちにもなる。甘いが、ヨルの言う通りでホットケーキの甘さを邪魔していない。
「本当に美味しいね。朝日が見つけるお店、全部美味しいんじゃないかな」
「流石に言い過ぎだって。ヨルも賛成してくれたから、ヨルの意見もあるだろ」
「それはそうだね」
ヨルは自慢げに笑いながらホットケーキを口にする。
そこまで誇らしげな方が笑っていられるものだ。そこで「いや、私の意見なんか……」なんて言われた方が、卑下するなよと突っ込みたくなってしまう。
美味しさを全身で堪能しているヨルに微笑ましさを覚えながら、俺はようやく二口目のホットケーキを口に入れた。
「そろそろ移動する時間かな」
「もうそんな時間か」
あっという間にホットケーキを食べ終え、味の感想を伝え合いながら食後の余韻を楽しんでいた。スマホで時間を確認すると、ヨルの言う通りちょうど移動する時間になっていた。楽しい時間はすぐに過ぎるというが、まさに今のような状況だ。
会計を終えて、店を後にする。プレゼントも忘れずにしっかりと持った。忘れるわけはないが、念のための確認というのはなににおいても必要だ。
「今から行けばちょうどイルミネーションが始まる頃だよね」
ヨルの声も足取りもどこか軽く感じる。俺もヨルもイルミネーションは楽しみにしているらしい。
電車を乗り継いで、目的地へと向かっていく。道中ではさっき食べたホットケーキの感想を話したり、イルミネーションはどんなものかという話をしたりした。
イルミネーションについては概要しか調べておらず、具体的な中身や展示については調べていない。これはお互い当日を楽しみにしようという約束の下で決まったことである。
だからどんなイルミネーションがあるのか、目的地が近くなればなるほど期待値が高まっていった。
これがイチャイチャするカップルなら、電車の中で手を繋ぎながら会話に花を咲かせるのだろう。しかし、俺たちはただのカップルではない。残り二週間程度で別れてしまうカップルだ。一度でも手を繋いだことがないのは健全と言えば健全で、当然と言えば当然なのかもしれない。
ヨルの手に視線をそっと落とす。冬休みに入ったからか、淡いベージュ色のネイルがされている。ネイルサロンに行ったのか、自分で塗ったのか。ヨルは器用そうだから自分でやった可能性が高い。
「ネイル、いい色だな」
俺がぽつりと呟くとヨルは目を瞬かせる。と思いきや、すぐに眉を顰めた。
「今頃気づいたんだ」
「カフェの時点で気づいてたよ。……言ってなかっただけで」
「そういうのは気づいたときに言ってもらわなきゃ」
軽く謝ると、ヨルは「もう」と頬を膨らませる。こういうところが機嫌を損ねる要因になるのだと、俺は改めて気がついた。これからは気をつけなければと気が引き締まった。
「冬休みだから張り切ってきたんだよ」
ヨルは両手の爪を俺に見せる。白くて細い指の先に淡いベージュ色が静かに彩られている。控えめでヨルに非常に似合っている。
「似合ってるよ」
「そうでしょ。頑張って塗ってきたんだ」
やはりヨルが自分で塗ってきたのか。メイクもそうだが、女子は手先が器用な人が多いと思う。女子は男子より準備の工程が多くて大変だと、他人事な感想も述べておく。言ったら言ったで、また怒る可能性があるので口には出さないが。
「あ、降りる駅だよ」
目的地までは十分程度バスに乗る必要がある。バスを待ちながら俺たちは期待に胸を膨らませる。空も暗くなってきて、イルミネーションが映えるだろうなと考えながらやってきたバスに乗り込む。
「朝日、朝日」
バスに乗って少し経った頃、ヨルが小声で俺を呼んだ。顔を向けると、ヨルは嬉しそうに外を指差していた。
「あそこ、観覧車見えるよ」
指差す方を見ると、虹色に光り輝く観覧車が見えた。遠くからでも見える存在感に、俺も思わず「おぉ」と声を漏らす。そういえば小さな遊園地があると書かれていた気がする。観覧車が照らされているのだから、他のアトラクションもイルミネーションで輝くのだろう。
「もうすぐだね」
小声だが、弾んだ調子を隠し切れていないヨル。まるで遊園地に行くのを楽しみにしている子供のようだ。
「そうだな」
返事をした俺もいつもより声が高い気がする。気持ちが昂っているのだと、誰に指摘されたわけではないが心の底で思っていた。
