当日というのはどうしてこんなにも早く訪れてしまうのか。
 ヨルと会うのは四日ぶり。これまで数日おきに会っていたから、ここまで会わなかったのは初めてのことだ。連絡を取れないことがこんなにもどかしく思ったときはない。
 待ち合わせの確認や『当日楽しみにしてるね』と送ることさえできない。だが、待ち合わせ場所に行けばヨルはいる。ここまでヨルを信頼できるようになったのも、短い時間で積み重ねたものがあるからだろう。
 着ていく服も、前日から張り切ってコーディネートを考えた。いつもは着ないジャケットなんか着たりして、張り切っているのが傍から見ても分かる。
 ただ今日はクリスマスだ。俺と同じように張り切っている男性陣は他にも確実にいる。だから俺の格好が浮くことはないはずだ。
 待ち合わせは十四時。パンケーキを食べて移動して、イルミネーションを見るにはちょうどいい時間だ。
 時間を確認すると十三時を回ったくらい。今から出発しても待ち合わせ時間に余裕はあるが、待ちきれずに俺の足は玄関に向かっていた。
 用意したプレゼントも忘れずに持ち、靴を履いて俺は家を出た。
 今日の天気は快晴だが、一日中気温が低いという予報だった。外に出た途端冷たい風が俺の体を通り抜ける。思わず身震いをしたが、軽く体を動かして少しでも体温を上げる。
 待ち合わせ場所に着くと、人がいつも以上にいる気がした。俺たちと同じようにこれからクリスマスを過ごすのだろう。俺と同じようになにかしらの袋を持ってそわそわしている人が何人もいる。周りから見れば俺も同じ括りで見られているのだろうと、突然客観視してみる。
 今日も駅のシンボルになる場所で待ち合わせている。前回のカフェで待ち合わせた駅とは違うが、こういう待ち合わせになりやすい場所ってどこの駅にもあるイメージがある。
 スマホで時間を確認すると十三時二十分。いつもの如く早く着きすぎたので、寒空の下、スマホゲームでもしながらヨルを待つことにした。

 スマホの電池が少し減ってきたところで時間を確認すると、十四時の五分前になっていた。そろそろヨルもやってくる時間だろう。
 チラチラと周囲を確認して、いつヨルが来るかと期待しながら待っていた。今日はどんな服装で来るのだろうと考え、渡したマフラーをつけてもらう想像までする。
 そんなことを考えていると、視界の端から俺に向けて歩いてくる人影が見えた。間違いなくヨルだ。俺は体を向けてヨルを迎える準備をする。
 そして俺の目に飛び込んできたのは、赤いチェックのマフラーをつけたヨルだった。

「お待たせ」

 ヨルはいつもより優しい笑顔を俺に向ける。
 笑顔より、俺はマフラーを身につけていることに気を取られていた。まさか、マフラーをつけてくるなんて思わなかった。

「マフラー、珍しいな」

 俺が必死に搾り出した声で伝えると、ヨルはマフラーに触れながらふわりと笑う。

「ようやくクローゼットから出してきたんだ。今日は夜まで遊ぶし、朝から寒いって予報だったからね」

 ヨルに言われ、思わず俺は乾いた笑いをこぼしてしまう。
 そうだよな。マフラーを持っていないなんて人はそうそういない。なぜこれまでつけていなかっただけ、なんて予想ができなかったのか。俺が埋めようとした居場所を先に埋められてしまった感覚に襲われ、俺はその場に立ち尽くす。
 持っているならわざわざ俺が渡す必要なんてないか、とまで考えてしまい、自然と紙袋を握る手が強くなる。
 俯くと、ヨルの手に小さな紙袋が握られていることに気がつく。俺の視線に気がついたのか、ヨルはわざとらしく袋を後ろに隠す。

「そっちもそれっぽい袋だね」

 体をぐいっと動かしながら、ヨルは俺の持つ紙袋を覗こうとする。見られないように必死に隠すと、「そこまで隠さなくてもいいのに」とヨルは苦笑する。

「楽しみにしててね。私も楽しみにしてるから」

 ヨルは持っている紙袋をちらりと見せながらニッと笑う。
 ヨルの笑顔で、凹んでいた俺の気持ちが和らいでいく。そうだ、俺の一方的な自己満足かもしれないが、ヨルのために全力で選んだのだ。
 俺が勝手に落ち込んでいただけで、ヨルはいらないとは一言も言っていない。
 どんな反応をされても、俺が必死に選んだということだけはなんとしても伝えよう。

「行こっか。お腹空いちゃった」
「そうだな」

 ヨルの一言で動かされるなんて、俺も案外チョロいのかもしれない。

 パンケーキを食べにやってきたのは、前回とは打って変わって純喫茶のようなカフェ。喫茶店ほどかっちりしていないが、ファミレスのようにワイワイ賑やかなわけではない。落ち着いて過ごすには最適な場所だ。
 内装もアンティークな家具が並び、上品な雰囲気を醸し出している。俺はなかなかこういった場所に来ないから、静かな空間に自然と背筋が伸びる。
 一方で、ヨルは緊張することなくメニューを受け取って、なににしようと嬉しそうに頭を悩ませていた。

「サンドイッチも美味しそうだね。あ、固めプリンもあるんだって。これもいいな」
「プリンでもいいけど、今日の目的はパンケーキだろ」
「そうだった。パンケーキは一種類だからこれだね」

 メニューの一番上にデカデカと書かれているから、やはりこれが名物のメニューなのだろう。写真では厚みもあって、上に乗っているバターとメープルシロップがさらに食欲をそそっている。
 すぐに注文を終えたところで、俺はふととある疑問を抱いた。

「メニューにはホットケーキって書いてあったけど、パンケーキとの違いってなんだろうな」
「確かになんだろう。厚さの違いとか?」

 ヨルも分からなかったようで、難しい顔をして首を傾げる。
 こういうときは調べた方が早い。そのためにスマホがあると言っても過言ではない。俺はスマホを取り出し、『パンケーキ ホットケーキ 違い』と調べる。するとすぐに答えが出てきた。俺たちと同じように気になる人がいるのだろう。それに、すぐに答えが出てくるなんて、スマホとはなんと便利な機械なんだ。

「まずはヨルの言う通り厚さ。ホットケーキが厚いのに対して、パンケーキは薄いものが多いんだってさ」
「そうなんだ。この前は厚めだったけど、あれはスフレパンケーキだったからかな」

 思い返せば、スフレパンケーキは決して薄いわけではなかった。それはメレンゲを加えたなど独自の作り方があったからで、よくある普通のパンケーキは薄いのだろう。
 頼んだことはないが、ファーストフードに売られているパンケーキは薄かったのを思い出す。あれをパンケーキとするなら、薄いのは納得だ。
 違いを丁寧に説明してくれているウェブサイトに感謝しながら、俺は違いの説明を続ける。

「甘さにも違いがあるってさ。ホットケーキは甘いけど、パンケーキは甘さが控えめらしい」
「この前はいちごとかチョコとかトッピングとかあったけど、ここはなさそうだもんね。きっとそれが違いだね」
「その通り。ホットケーキのトッピングはバターやシロップが多い。で、パンケーキはフルーツとかクリームとか、トッピングが豊富だとかなんとか」
「じゃあ前回はパンケーキで間違いないね」

 一見すると似た名前だが、ここまで違いがあるとは思わなかった。おかげで一つ賢くなった。

「今度からはパンケーキとホットケーキ巡りになりそうだね」
「……そうだな」

 ヨルの無邪気な笑顔に、俺は小さく微笑みで返した。
 きっとヨルは俺と違って、二週間先のことなんて考えていないだろう。ヨルを馬鹿にしているわけではなく、今を全力で楽しんでいるのだと俺にもよく伝わった。だったら俺も全力で楽しむべきだ。
 それからは、今日まで会わなかったときのことで盛り上がった。個人的な内容はいつもの如く躱されたが、どんな動画を見たとか冬休みの宿題はどんなものが出ただとか、高校生らしい他愛のない話で盛り上がり、話題は尽きなかった。