キーンコーン。

「じゃあお前ら、冬休みははしゃぎすぎるなよー」

 チャイムが鳴り終わる前に、挨拶を言い終えた担任が教室を出ていく。
 途端に教室がざわつき、開放されたように空気が和やかなものになっていった。
 ついに高校二年生の冬休みが始まった。高校二年生の冬休みといえば受験に備え始める時期だ。しかし、休みとなればそんなことはひとまず置いておく。全力で青春を謳歌するのが学生の本分ではないのではと、勝手な持論を展開してみる。
 教室では「宿題の量やばいって」「クリスマスどうする?」「暇だから年末年始会おうぜ」などと言った各々の冬休みの過ごし方についての声が聞こえる。
 夏休みに続く休みだからか、誰もが楽しみにしているのがよく分かった。俺ももれなく楽しみにしていて、今からどんな過ごし方をしようか考えている。
 そんな俺は今日、なによりも大事なミッションがある。ヨルに渡すクリスマスプレゼントを買いに行くことだ。家ではリサーチを続け、授業中でもプレゼントのことばかり考えていた。おかげで候補がいくつか絞られ、あとは実際に目で見て決めることにした。
 落ち着かない気分を落ち着かせるように息を吐き、鞄を背負ったところでクラスメイトに声をかけられる。

「西宮、今日このあと暇?」
「カラオケ行こうぜ」

 いつもの俺なら喜んで誘いに乗っただろう。しかし今日は無理だ。クラスメイトとのカラオケならいつでも行けるが、クリスマスプレゼントを買うのは今日がベストだから。前日になって慌てて買うというのだけは避けたい。

「悪い、用事あるわ」

 俺が断りを入れると、一人が肘をついて不満そうに口を尖らせた。

「西宮、最近すぐ帰るよな。今までならいくらでもついてきたのに」
「それな。なんかずっと忙しそうだし」

 クラスメイトの的確な指摘に俺はギクリとする。
 ヨルとのデートが何度かあったから、クラスメイトとの交友をおざなりにしている自覚はある。申し訳ないという気持ちに襲われるが、今の俺の優先度はヨルの方が高い。

「クリスマス前だからな。それの準備で色々忙しいんだよ」
「そういえば家族で予定あるって言ってたな」
「その通り。俺はクリスマスを最高の状態で過ごすためなら準備は惜しまない」

 準備に関しては嘘は言っていないし、なによりも事実だ。
 身代わりになってもらっている家族のことだが、俺の家族は全員マイペースだから事前に念入りに準備をしようなんてことはない。当日にスーパーでクリスマス用に盛りつけられている寿司を買い、辛うじて予約していたクリスマスケーキを引き取りに行くくらいだ。ちなみにクリスマスプレゼントはもう貰っていない。

「俺もクリスマスまでに彼女作っとけば良かったな……。クリスマスは家族と過ごすしかないっていうのか……」
「俺たちがいるだろ……俺たちがいれば寂しくないぞ……」

 突然お互いを慰め合うクラスメイトたち。肩を組んで大袈裟に涙まで流しているが、そこまで深刻に思っていないだろう。鍋パとかピザパをしようとか盛り上がっていたのを俺はきちんと覚えている。
 少し前なら俺も目の前の輪に入っていたに違いない。だが、今は違う。ヨルがいるからクリぼっちではない。
 他愛のない話をしていると、気がつけば五分くらい経っていた。ここで時間を無駄にはできない。早くクリスマスプレゼントを買いに行かなければ。

「じゃ、メリクリ。よいお年を」
「おー、メリクリアンドよいお年を」

 クラスメイトと簡略化された挨拶を交わし、鞄を背負い直して教室を後にする。廊下も昇降口も怒られない程度に早足で歩き、正門を抜ける。何事もなく電車に乗り、十六時前には目的地に到着した。
 買いに来た場所は、学校から割とすぐ近くにあるショッピングモール。アパレルショップから雑貨屋、アクセサリー店など、クリスマスプレゼントを探すには適した店が揃っている。
 入店すると、すぐに巨大なクリスマスツリーが俺の目に飛び込んできた。二階まで届くであろう高さのツリーにはLEDライトや装飾がされ、色鮮やかに光っている姿は圧倒的な存在感があった。他にも店内にはクリスマスソングも流れ、サンタクロースやトナカイの装飾もそこかしこにあり、ショッピングモール内はクリスマス一色に染まっていた。
 子供時代の俺ならはしゃいでいたかもしれないが、今は立派な高校生だ。浮かれそうな気持ちを正し、近くのアパレルショップに目をやる。
 リサーチもたくさんしたが自分の目で見る方が早い。俺が店の入り口に近づくと、女性店員の鈴のような声が俺の耳に届いた。どこから声が出ているのだろうと、思わず自分の声帯を確認してしまう。
 店内に貼られているポップを見ると、どうやらクリスマスセールをやっているらしい。俺は女性ものの服を着る趣味はないので関係ない話だが。

「なにかお探しですかぁ?」

 女性向けの店の中に、男の俺がいるのがやはり目についたのだろう。近くにいた女性店員がすぐに俺に話しかけてきた。

「はい、ちょっとプレゼントを探していて……」
「もしかして、彼女さんへ向けてだったりします?」
「そう、ですね」

 俺のたどたどしい返答に、女性店員は「素敵ですね〜!」と言って一人で盛り上がり始めた。
 ヨルが彼女なのは間違いないが、こうして他人から彼女と言われると不思議な感覚がする。女性店員が想像するような付き合い方ではないとは思うが。

「どんな感じでお探しか、お決まりですかぁ?」

 テンションが上がった店員は俺にグイグイと迫る。いくらでも頼って欲しいというのがギラついた瞳から俺によく伝わった。

「服よりはアクセサリー系かなって思ってます」
「そうなんですねぇ。それなら、ちょうどこのマネキンがつけてるのとかどうです? この間再入荷した人気商品ですよ」

 女性店員が見せてくれたのは、ハートのチャームがついたシルバーのアクセサリー。二重にチェーンもついていて胸元を豪華に彩ってくれそうだ。
 今回俺がヨルへのクリスマスプレゼントとして探しているのは、ファッション小物やアクセサリーだ。服や靴も候補に上がったが、きちんとしたサイズを知らない。渡したもののサイズが合わなくて着られない、なんて悲しいことは避けたい。
 服以外にも化粧品という選択肢もあったが、俺は化粧品の方面に明るくない。ヨルに聞ければ良かったが、今回のクリスマスプレゼントはサプライズに近い。だから、ヨルに聞かなければ分からないものは自動的に候補から外した。

「他のスタッフもつけているんですが、これ一つで存在感があって可愛いですよねぇ」
「そうですね。他にももう少し探してみます」

 延々と続く接客トークが始まりそうな予感がしたので、程々のところで会話を切り上げて店を後にする。
 スタートは悪くない。この調子で他の店もどんどん回って見ていこう。
 今度はアクセサリー店を見かけ、足を踏み入れる。先ほどのカジュアルなアパレルショップとは異なり、上品さを売りにしているように感じる。

「いらっしゃいませ」

 ショーウィンドウに飾られているアクセサリーは、シンプルだがポイントに可愛らしさもある。ごちゃごちゃした物よりは、シンプルな方がヨルのイメージにも合っている気がする。

「贈り物をお探しですか?」
「はい、クリスマスプレゼントを彼女に渡そうと思っていて……」
「素敵ですね。クリスマスプレゼントですと、こちらをプレゼントされるお客様が非常に多いですよ」

 女性店員は細いチェーンの先にピンク色の宝石が埋め込まれたハートのネックレスを渡してきた。やはりハートのネックレスは定番のようだ。

「定番ですが、当店では一番の人気商品でございます」

 なるほど、と値札を見て俺は目を瞠る。
 値段が俺の予算の倍以上、金額が違う。

「……こういうのもあるんですね。参考にします」

 これ以上話しかけられる前に早足で店を出て行く。「予算が合わなくて……」なんて恥ずかしい姿を見せるのは俺のプライドが許さない。
 付き合ってだいぶ経ったカップルなら、奮発して購入するのもいいのかもしれない。しかし俺とヨルはまだ付き合ってまだ十日ほどだ。そこでウン万円するアクセサリーを渡したところで、あのヨルでも喜ぶより引く可能性が高い。なので、もう少し手が届く金額で探そうと決意した。