一階に降りて、ゲームセンターの入り口に向かう。獲得し損ねたぬいぐるみが視界の端に映ったが、ヨルの手にはもうキーホルダーがある。暗い感情など一切ない、爽やかな気持ちでマシンを通り過ぎた。
「このあとどうする? どこか行きたい場所があれば――」
「えぇ、それほんと?」
俺の言葉を遮ったのは、フロアに響く明るい声。
俺はその声に聞き覚えがあった。
「……えり」
心臓が、不意に跳ねた気がした。
視線の先には、元カノ――えりの姿があった。明るい茶色に染められた髪が歩く姿に合わせて揺れていた。
その隣には――恐らく新しい彼氏。俺と同じ制服を着ているが、俺たちの学年にはいない。前にクラスメイトが言った通り、一つ上の学年の先輩なのだろう。爽やかな見た目で、いかにもスポーツができそうな雰囲気をしている。
二人は腕を組んで歩いていて、俺たちに気がつかずに楽しそうに会話を続けている。俺に向けられていたときと同じ笑顔が、今は別の誰かに向いている。
俺たちの関係は完璧に終わり、もう完全に別れてしまったのだと改めて思い知らされた。
「朝日、どうしたの?」
呆然としている俺の陰からヨルが覗き込み、二人を見つめる。
「朝日と同じ制服だね。私たちが二人でいるところがバレたらまずいし、一旦離れよっか」
ヨルに言われて、俺たちは早足でゲームセンターを後にする。
あんな棒立ちで二人を見つめていて、バレたらどうしようということまで頭が回っていなかった。ここまで不用心だったかと、俺は自分自身に呆れ果てた。
ゲームセンターから少し離れたコンビニまで行き、ヨルはぼんやりとしている俺を通り過ぎる。
「飲み物買ってくるね。寒いけど少し待ってて」
と言って、ヨルは店内に入っていく。俺は生返事をしてヨルを見送った。
「……っ、あぁ〜!」
耐えきれず、俺は大きな溜め息をついてその場にしゃがみ込む。
あの公園のときに未練は断ち切ったはずなのに。本人を見ただけで簡単に揺らぐなんて、情けないし呆れる。俺はなんてダサい人間なんだ。このままではヨルに顔向けできない。
ヨルが戻ってきたら、どんな言葉で迎えればいいだろうか。悪かった。今はヨルだから。元カノのことは忘れるから。どれも違う。思考がまとまらずに頭を掻きむしる。
「……本当、ダサいな」
呟いた俺の頭の上にコン、となにかが置かれる。見上げると、ヨルが優しい笑顔で俺を見下ろしていた。
「お待たせ」
置かれたのはペットボトルのココアだった。購入してすぐだからか、受け取ったペットボトルはやけに温かく感じた。
「で、あの人たちは知り合いだったの?」
ヨルの問いかけに俺の肩がピクリと動く。
ペットボトルを両手で持ったまま――申し訳なさからヨルの顔は見られず――俯いて俺は口を開く。
「……元カノだよ」
「……そっか」
落ち着いた声色のヨルはそれ以上なにも言わなかった。ペットボトルを開けてココアを飲む音だけが俺の耳に響いた。
ヨルは俺に寄り添うようにしゃがみ、「でもさ」と明るい調子で言う。
「私の方が可愛いでしょ?」
顔を上げると、ヨルはニンマリと笑っていた。夕方にもかかわらず、笑顔は太陽のようにとても明るかった。
「元カノさんも可愛いけど、私の方が何倍も可愛いよ。だって朝日の彼女だもん」
人差し指を頬に当てて、どこか得意げな決めポーズを取る。
ヨルなりに俺を元気づけようとしてくれているのだとすぐに伝わった。胸の奥がじんわりと暖かくなり、自然と笑顔を取り戻していく。
「……そうだな。ヨルは可愛いよ」
褒め言葉は、意外と素直に口から出た。
ヨルは一瞬きょとんとして、それから無言で顔を逸らした。
「ふーん……朝日、そうやって可愛いとか軽々しく言える男なんだ」
誤解だ。軽々しく言ったつもりはない。それに、これまでのやり取りで俺を軽い男だと思えるわけがない。俺は堅実な男だ。ただ少し揺らぎやすいだけで。
ようやく落ち着いた俺はココアを飲み、未だ顔を逸らしているヨルに視線を向ける。
表情は見えないが、ヨルの耳が赤くなっていることに気がついた。
「耳、真っ赤だぞ」
俺に指摘されて、ヨルは慌てて耳を押さえる。
「えっと、ほら、ココア飲んであったまったからだよ」
咄嗟に出た言い訳は一切誤魔化しきれていなくて、俺はまた笑ってしまった。
俺のすんなり出た褒め言葉は、想像よりヨルに効いたようだった。
ふと空を見上げると、コンビニの入り口に飾られているクリスマスの装飾が目についた。百円ショップに売られていそうな安価なものだが、街灯に反射してキラキラと光っていた。
もうすぐクリスマスか、と頭の中でカレンダーを思い浮かべる。あと数日でクリスマスがやってくる。ヨルとならクリスマスを楽しく過ごせるに違いない。クリスマスならどんなところに行くのがいいだろうか。
と考えて、俺は閃いた。飲みかけのペットボトルの蓋を閉め、ヨルに顔を向ける。
「次のデート先、俺が決める番だよな」
「そうだね。行きたいところあるの?」
俺は落ち着かせるように息を吐くと、白い息が風に流れていった。
「次のデート、イルミネーションを見に行かないか」
クリスマスと言ったらイルミネーション……かは分からないが、行くのなら定番の場所のはずだ。冬の街にもところどころイルミネーションは輝いているが、きちんとイルミネーションを見に行くのはまた違う。
「いいね。イルミネーション見に行くの初めてだから楽しみだな」
俺の提案にヨルは笑顔で頷く。声の調子もどこか弾んでいた。
「どうせ行くなら、クリスマスでどうだ?」
「もちろんいいよ。イブでいいかな?」
「そうしようか」
次の予定も簡単に決まった。お互い暇と分かっているから提案も気兼ねなくできる。
俺は二十二日、ヨルは二十三日に終業式を迎えると分かった。つまり遊び放題だ。一日中空いているなら、どこかでご飯を食べた後にイルミネーションを見に行くのがちょうどいいだろう。
行くならどこがいいか。ファミレスなら常に財布が寂しい学生にとっては手軽に食事を楽しめる場所だ。しかしクリスマスにファミレスに行くというのも味気ない。せっかくだからもう少しいい場所に行きたいと思ってしまう。
「あ」
「どうしたの?」
「またパンケーキ、食べに行かないか?」
また今度。前に言っていた言葉が俺の中で鮮明に蘇る。せっかくの思い出を一度きりで終わらせたくない気持ちが強かった。
俺が言うと、ヨルはもちろんと言った風に頷いた。
「この前とは別のお店に行こっか」
こんなすぐに次の機会が訪れるとは思わなかった。またヨルとパンケーキを食べに行ける機会ができて、俺は静かに浮き足立っていた。
行きたい店を調べて待ち合わせ場所も決まっていく。イルミネーションを見に行く場所もこの辺りからは少し離れているが、近郊では一番有名なロケーションだった。この機会に行ってみようと俺もヨルもすぐに意見が合った。
全ての予定が決まる頃には、買っていたココアはすっかり冷めていた。だが、盛り上がった俺たちの気分は非常に暖かかった。
「じゃあ、またクリスマスに」
「うん。楽しみにしてるね」
駅に着き、いつものように俺の帰る方面のホームまで見送ってくれた。帰宅ラッシュで駅は混んでいたが、それでもヨルは見送ると力強く言っていた。
ヨルの姿が見えなくなるまで窓越しに小さく手を振り、姿が見えなくなると俺はドアに寄りかかる。
クリスマスを過ごす相手がいる。しかもそれがヨルであること。これまでは短い時間だったが、夜まで一緒に過ごせる。喜びが込み上げてきて思わずニヤけてしまい、周囲に変な目で見られないように欠伸をして誤魔化す。
クリスマスまでは時間がない。当日までにやることはいくつかあるが、その中でも重大なことが一つある。
ヨルにクリスマスプレゼントを渡すことだ。
クリスマスに会うのにプレゼントを渡さない理由がない。終業式の後は時間があるから、終わり次第買いに行こう。
決意した俺は、早速クリスマスプレゼントのリサーチを始めた。
「このあとどうする? どこか行きたい場所があれば――」
「えぇ、それほんと?」
俺の言葉を遮ったのは、フロアに響く明るい声。
俺はその声に聞き覚えがあった。
「……えり」
心臓が、不意に跳ねた気がした。
視線の先には、元カノ――えりの姿があった。明るい茶色に染められた髪が歩く姿に合わせて揺れていた。
その隣には――恐らく新しい彼氏。俺と同じ制服を着ているが、俺たちの学年にはいない。前にクラスメイトが言った通り、一つ上の学年の先輩なのだろう。爽やかな見た目で、いかにもスポーツができそうな雰囲気をしている。
二人は腕を組んで歩いていて、俺たちに気がつかずに楽しそうに会話を続けている。俺に向けられていたときと同じ笑顔が、今は別の誰かに向いている。
俺たちの関係は完璧に終わり、もう完全に別れてしまったのだと改めて思い知らされた。
「朝日、どうしたの?」
呆然としている俺の陰からヨルが覗き込み、二人を見つめる。
「朝日と同じ制服だね。私たちが二人でいるところがバレたらまずいし、一旦離れよっか」
ヨルに言われて、俺たちは早足でゲームセンターを後にする。
あんな棒立ちで二人を見つめていて、バレたらどうしようということまで頭が回っていなかった。ここまで不用心だったかと、俺は自分自身に呆れ果てた。
ゲームセンターから少し離れたコンビニまで行き、ヨルはぼんやりとしている俺を通り過ぎる。
「飲み物買ってくるね。寒いけど少し待ってて」
と言って、ヨルは店内に入っていく。俺は生返事をしてヨルを見送った。
「……っ、あぁ〜!」
耐えきれず、俺は大きな溜め息をついてその場にしゃがみ込む。
あの公園のときに未練は断ち切ったはずなのに。本人を見ただけで簡単に揺らぐなんて、情けないし呆れる。俺はなんてダサい人間なんだ。このままではヨルに顔向けできない。
ヨルが戻ってきたら、どんな言葉で迎えればいいだろうか。悪かった。今はヨルだから。元カノのことは忘れるから。どれも違う。思考がまとまらずに頭を掻きむしる。
「……本当、ダサいな」
呟いた俺の頭の上にコン、となにかが置かれる。見上げると、ヨルが優しい笑顔で俺を見下ろしていた。
「お待たせ」
置かれたのはペットボトルのココアだった。購入してすぐだからか、受け取ったペットボトルはやけに温かく感じた。
「で、あの人たちは知り合いだったの?」
ヨルの問いかけに俺の肩がピクリと動く。
ペットボトルを両手で持ったまま――申し訳なさからヨルの顔は見られず――俯いて俺は口を開く。
「……元カノだよ」
「……そっか」
落ち着いた声色のヨルはそれ以上なにも言わなかった。ペットボトルを開けてココアを飲む音だけが俺の耳に響いた。
ヨルは俺に寄り添うようにしゃがみ、「でもさ」と明るい調子で言う。
「私の方が可愛いでしょ?」
顔を上げると、ヨルはニンマリと笑っていた。夕方にもかかわらず、笑顔は太陽のようにとても明るかった。
「元カノさんも可愛いけど、私の方が何倍も可愛いよ。だって朝日の彼女だもん」
人差し指を頬に当てて、どこか得意げな決めポーズを取る。
ヨルなりに俺を元気づけようとしてくれているのだとすぐに伝わった。胸の奥がじんわりと暖かくなり、自然と笑顔を取り戻していく。
「……そうだな。ヨルは可愛いよ」
褒め言葉は、意外と素直に口から出た。
ヨルは一瞬きょとんとして、それから無言で顔を逸らした。
「ふーん……朝日、そうやって可愛いとか軽々しく言える男なんだ」
誤解だ。軽々しく言ったつもりはない。それに、これまでのやり取りで俺を軽い男だと思えるわけがない。俺は堅実な男だ。ただ少し揺らぎやすいだけで。
ようやく落ち着いた俺はココアを飲み、未だ顔を逸らしているヨルに視線を向ける。
表情は見えないが、ヨルの耳が赤くなっていることに気がついた。
「耳、真っ赤だぞ」
俺に指摘されて、ヨルは慌てて耳を押さえる。
「えっと、ほら、ココア飲んであったまったからだよ」
咄嗟に出た言い訳は一切誤魔化しきれていなくて、俺はまた笑ってしまった。
俺のすんなり出た褒め言葉は、想像よりヨルに効いたようだった。
ふと空を見上げると、コンビニの入り口に飾られているクリスマスの装飾が目についた。百円ショップに売られていそうな安価なものだが、街灯に反射してキラキラと光っていた。
もうすぐクリスマスか、と頭の中でカレンダーを思い浮かべる。あと数日でクリスマスがやってくる。ヨルとならクリスマスを楽しく過ごせるに違いない。クリスマスならどんなところに行くのがいいだろうか。
と考えて、俺は閃いた。飲みかけのペットボトルの蓋を閉め、ヨルに顔を向ける。
「次のデート先、俺が決める番だよな」
「そうだね。行きたいところあるの?」
俺は落ち着かせるように息を吐くと、白い息が風に流れていった。
「次のデート、イルミネーションを見に行かないか」
クリスマスと言ったらイルミネーション……かは分からないが、行くのなら定番の場所のはずだ。冬の街にもところどころイルミネーションは輝いているが、きちんとイルミネーションを見に行くのはまた違う。
「いいね。イルミネーション見に行くの初めてだから楽しみだな」
俺の提案にヨルは笑顔で頷く。声の調子もどこか弾んでいた。
「どうせ行くなら、クリスマスでどうだ?」
「もちろんいいよ。イブでいいかな?」
「そうしようか」
次の予定も簡単に決まった。お互い暇と分かっているから提案も気兼ねなくできる。
俺は二十二日、ヨルは二十三日に終業式を迎えると分かった。つまり遊び放題だ。一日中空いているなら、どこかでご飯を食べた後にイルミネーションを見に行くのがちょうどいいだろう。
行くならどこがいいか。ファミレスなら常に財布が寂しい学生にとっては手軽に食事を楽しめる場所だ。しかしクリスマスにファミレスに行くというのも味気ない。せっかくだからもう少しいい場所に行きたいと思ってしまう。
「あ」
「どうしたの?」
「またパンケーキ、食べに行かないか?」
また今度。前に言っていた言葉が俺の中で鮮明に蘇る。せっかくの思い出を一度きりで終わらせたくない気持ちが強かった。
俺が言うと、ヨルはもちろんと言った風に頷いた。
「この前とは別のお店に行こっか」
こんなすぐに次の機会が訪れるとは思わなかった。またヨルとパンケーキを食べに行ける機会ができて、俺は静かに浮き足立っていた。
行きたい店を調べて待ち合わせ場所も決まっていく。イルミネーションを見に行く場所もこの辺りからは少し離れているが、近郊では一番有名なロケーションだった。この機会に行ってみようと俺もヨルもすぐに意見が合った。
全ての予定が決まる頃には、買っていたココアはすっかり冷めていた。だが、盛り上がった俺たちの気分は非常に暖かかった。
「じゃあ、またクリスマスに」
「うん。楽しみにしてるね」
駅に着き、いつものように俺の帰る方面のホームまで見送ってくれた。帰宅ラッシュで駅は混んでいたが、それでもヨルは見送ると力強く言っていた。
ヨルの姿が見えなくなるまで窓越しに小さく手を振り、姿が見えなくなると俺はドアに寄りかかる。
クリスマスを過ごす相手がいる。しかもそれがヨルであること。これまでは短い時間だったが、夜まで一緒に過ごせる。喜びが込み上げてきて思わずニヤけてしまい、周囲に変な目で見られないように欠伸をして誤魔化す。
クリスマスまでは時間がない。当日までにやることはいくつかあるが、その中でも重大なことが一つある。
ヨルにクリスマスプレゼントを渡すことだ。
クリスマスに会うのにプレゼントを渡さない理由がない。終業式の後は時間があるから、終わり次第買いに行こう。
決意した俺は、早速クリスマスプレゼントのリサーチを始めた。
